捜索隊
俺たちは城の外へと移動した。
仮にも玉座の間だ。いつまでもあんなところにいて、誰かに見つかってしまってはまずい。クラーラを逃がすなんて、この国的には大犯罪だからな。
大通りから少し離れた、公園の中。まだ早朝ということもあり、あまり人は多くない。
「ここまでくれば、すぐには追手が来ないとは思う」
「……(こくり)」
鎧の端を握っていたクラーラの手が、そっと離れた。
「体は大丈夫か? カルステンに何かされてないか?」
「…………」
「クラーラ?」
返事がない。
「へ、あっ、大丈夫、大丈夫だよ。何もされてなくて、力も戻ってきたから」
あの精霊封じの魔具、〈除精の磔台〉はやはりクラーラにも有害だったようだ。弱体化していない今の彼女であれば、人間や魔族程度に後れを取ったりはしないだろう。
「そうか、それは良かった」
「…………」
じっと、クラーラが俺を見ている。
「あなたは、私の味方なんだよね?」
「そうだ。だから助けに来たんだ」
「そっか、味方か。味方、味方、味方……、えへへ、味方」
ぶつぶつと、独り言を呟いている彼女。
大丈夫か?
やはり叡智王によって何かされてしまったのではないだろうか。
「手」
「……え?」
「手、出して。こっちに」
俺が右手を差し出すと、彼女はその手を掴み、小指同士を絡ませた。
それはまるで、指切りをするように。
「創世神オルフェウスよ。我ら二人に祝福を」
クラーラの言葉とともに、足元から植物の蔦が生えてきた。
指に、蔦が絡まっていく。
この指輪は……。
思い出すと涙が出てきそうだ。
あの日、クラーラからもらった蔦の指輪だ。
ぼんやりとその指輪を眺めていると、クラーラは俺が何か変なことを考えていると思ったらしく、大慌てで弁明を始めた。
「か、勘違いしないで。こ、これはその、あなたの健康とかそんな感じを祈ってます的なおまじないなの! 好きとか、愛してるとか、絆がどうとかいうものじゃないの」
クラーラ的にはこの指輪は健康祈願のものらしい。あまり前回の世界での事は話さない方がいいかもな。
「俺の事を考えてくれてるってことだよな。ありがとう」
「あ、あなたに感謝はしてる。そのぐらいは当然だよ」
すれ違っていた俺たちだけど、今日、確かな絆が生まれたんだ。
俺はそれが嬉しかった。
嬉しくてクラーラの事を見つめていると、彼女は顔を真っ赤にして「あわあわ」と両手を振った。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよ」
などと、髪を弄りながら頬を膨らませる彼女を見ていたちょうどその時、俺たちを邪魔する来訪者が現れた。
厳つい男だ。兵士のような武装はしていない。
冒険者か?
「いたぞ、こっちだっ!」
男が声を荒げた すると、彼の声に従って続々と新たな仲間が集まってくる。
まずい。
ついさっき抜け出してきたばっかりだぞ? もう追手がかかってしまったのか? あまりに早すぎる。
通路を挟み込むように囲まれてしまった俺たち。普通の人間だったら、逃げ道はない。
〈跳躍の靴〉を使い、ジャンプして逃げるのがベストか。
クラーラも〈大精霊の加護〉を使えば、俺の動きに対応できるはず。
「クラーラ、ジャンプして逃げるぞ。手を貸してくれ」
「うん」
俺はクラーラの手を握った。
「先輩っ!」
人々をかき分けやって来たのは、藤堂君だった。
俺は逃げようとしていたのをすぐに取りやめた。
「藤堂君か?」
冒険者ギルドを使って俺を探していた? グルガンド王国とは別口か。
何のために? というか藤堂君は、俺と一緒に戦勝記念の宴会に参加してたはずだ。ここまで来たのか?
バルカやクラーラとのやり取りがあったといっても、一日にも満たない短い時間だ。俺と出会うためには、かなり必死にここまで来ないと追いつかないはずなのだが。
「俺を探してたのか? 何かあったのか?」
藤堂君は疲れた様子で、息も荒い。俺の事を必死に探し回っていたことがよくわかる。
「せ、先輩、大変なんですっ! いいですか、落ち着いて聞いてください」
それは俺に向かって言った言葉ではあるが、彼自身を落ち着かせる結果になったのかもしれない。藤堂君は呼吸を整え、ゆっくりと声を発した。
「リーザ女王とローザリンデ様が……」
ローザリンデとリーザが行方不明になった。
その凶報を聞いた俺は、すぐさまグルガンド王国からアストレア諸国へと戻った。
宴会会場があった国の広場には、かつて同盟軍として協力し合った指導者たちが集まっていた。どうやら、そのまま捜索隊のようなものを編成しているらしい。
「申し訳ないですぞ。これから友好を結ぼうという方々を、まさか失踪させてしまうとは。魔王として、否、戦友として恥ずかしい限りですぞ」
「君が帰るまでにはと、パウル殿と一緒になって捜索していたのだが……。どうにも思わしくない……」
パウル、バルトメウス会長が頭を下げてきた。彼らなりにリーザたちを探してくれたのだろう。
「ああ、ありがとう」
彼らに罪がないのは分かっている。
このタイミング、この人選、もはや疑うまでもなく、失踪は叡智王の差し金。魔具を駆使したその手口、弱小魔王程度では看破できない。
俺と仲の良さそうな人々を捕らえ、何かの悪い企みをしているのは容易に想像がつく。これからよくないことが起こる、それは間違いない。
背中に寒気を覚えた。
彼女たちを傷つけられるのか? 洗脳? 人質? あるいは殺される?
なんて恐ろしいことを。俺がもっと慎重に行動していれば……。
でも、あの時俺が行かなければクラーラは死んでいた。一体どうすれば良かったって言うんだ……。
「ヨウ君、落ち着いて」
隣のクラーラがそう言った。
彼女は一緒にここまで来てくれた。緊迫した俺のやり取りに不安を感じ、協力を申し出てくれたのだ。
「とりあえず、俺も探してみる。他の人たちも捜索を続けて欲しい。二人とも、必ず俺が……」
言葉を、そこで切ってしまった。
広場に現れた第三者に、俺の目が釘付けとなったからだ。
「……ひっ」
俺は思わず情けない声を上げてしまった。
それは、人だった。
確かに人だった。
だが、あまりに歪なその姿を、直視できなかったのだ。
彼女を一言に例えるなら『ミイラ男』。
包帯。
装身具。
靴。
服。
拘束具。
これが幾重にも複雑に絡み合い、奇怪な姿を生み出している。おそらくはかなりの重さなのだろう、歩く様子も非常に緩慢だ。
俺が彼女を彼女だと理解できたのは、顔の部分だけが露出しているからに他ならない。いつもの巫女服は身に着けていないが、その黒髪と顔は良く知っている。
だが俺を驚かせたのは姿形だけではない。彼女が身に着けていた――魔具にある。
〈血縛の鎖〉、〈隷属の首輪〉、〈破滅の靴〉、〈影の包帯〉、〈腐食の耳飾り〉、〈小毒の布〉、〈微痛の指輪〉、〈催眠の指輪〉、〈洗脳の手袋〉、〈衰弱の香水〉……。
見える。
スキル、〈叡智の魔眼〉によって表示される解説が、捕えきれないほどに目に飛び込んできた。
彼女の名前はローザリンデ。
100、いやそれ以上の呪いの魔具に身を包んだローザリンデだった。
ここで世界大戦編は終了になります。