磔刑のクラーラ
俺は駆け出した。
グルガンド王国に向かい、一心不乱に馬を走らせた。
リーザとローザリンデに止められた。
バルトメウス会長やパウルにも止められた。
しまいには、創世神までが止めておけという始末だ。
俺は何をやってるんだろうか? この行為は〈グラファイト〉に全く関係がない。クラーラが生きようが死のうが、もはや何の意味もないのだ。
だが、意味がないだけで、有害ではない。これはカルステンの罠ではないのだ。
俺はこの世界において、クラーラと仲良くした記憶がない。むしろ関係は険悪だと言っても差し支えないだろう。
カルステンは、あんな俺たちの関係を知って人質に使うだろうか? 俺が怒りに震えてグルガンド王国へと向かうなんて、想像ができるだろうか?
そんなわけがない。
見捨てて当然。むしろリーザ女王のように喜んですらいると思うだろう。
おそらく、カルステンは本当の意味でグルガンド王国のためを思ってクラーラを処刑するんだと思う。
奴は臆病な性格だ。人間たちから余計な怒りを買わないよう、気を使ったのかもしれない。
リーザ女王が言ってた『ガス抜き』って話は正しい。
グルガンド王国、王城にて。
魔具、〈隠者の衣〉で姿を隠した俺は、堂々と正門から侵入した。
時刻は夜。見回りの兵士たち以外は誰もない城を無言のまま駆ける。かつては何度か訪れたことのある場所だから、部屋の位置とかは把握してる。
真っ先に地下牢を探したが、こちらは外れだった。
次に確認したのは玉座の間。
大当たりだった。
クラーラは玉座の後ろにいた。十字架型の台に磔にされている。
まるで磔刑のキリストを見ているかのようだった。意識はあるようだが、ぼんやりとしていて抵抗する気力を感じさせない。
〈除精の磔台〉。
効果、周囲から精霊を除去する魔具。
あの台はどうやら魔具のようだ。
周囲、というよりもこの近くに精霊が全くいないのはこいつの影響らしい。
クラーラ対策か。精霊がいなければ彼女の力は大幅に制限される。……というか彼女自体が精霊に近い魔族だから、魔具のせいで弱体化しているのかもしれない。
王国戦勝の象徴として、ずっとこの場に飾られてきたのだろう。
そして、玉座には一人の男が座っていた。
大男だ。
面識はないはずだが、どこか見おぼえのある顔つきだ。
俺は魔具、〈賢者の魔眼〉を使用した。
名前、バルカ。
種族、リザードマン。
戦闘レベル、3500。
ああ……こいつか。
西方大国において、クラーラとの和平交渉で話をした魔族だ。
リザードマン、バルカ。西方将軍、なんて堅苦しい肩書を名乗っていただけあって、〈人化〉を使える高位魔族だったということか。
俺は〈隠者の衣〉を脱ぎ、その姿を露出させた。
「き、貴様っ! どうやってここに……」
「お前がここにいるとは思わなかった。クラーラを裏切ったのか?」
「俺はカルステンに付き、その女を見捨てた。王国の留守を預かる公爵、という設定だ」
バルカは深いため息をついた。
「まあ、いい。いずれはこんなことになるのではないかと思っていた。力ある人間が俺を見つけ、殺しに来るとな」
「予想してたのか? ならどうするつもりだったんだ?」
「これで手打ちにしないか?」
バルカはそう言って、玉座の下に隠されていた袋を投げつけてきた。
大量の黄金だ。
おそらく、広大な土地を丸々買えるぐらいの金額。
「こいつをやる。何も見なかったことにして、この場を退いてくれないか? 悪い話ではないだろう? 貴様は自分の国を豊かにし、俺はこの国の王になる。それで何も問題ない」
「王? 王になるのか? カルステンがそう言ったのか?」
「ああ、そうだ。あの魔王はこの地を俺にくれると約束してくれた」
「それで、カルステンのことを信じて殊勝にお留守番ってわけか? クラーラのところにいた時と比べて、ずいぶんといい子になったもんだな。あの魔王が信用できると思うのか?」
「……あの男は王に興味などない」
バルカは吐き捨てるように言った。
「貴様は叡智王を知らないから分からないかもしれないが、奴は権力というものに全く執着がない。これまで王に成り代わっていたのも、宿敵を倒すための魔具を欲していただけということだ」
話を聞いてみると、意外と筋が通っていた。
俺はカルステンと肉体を共有していた時期があるから知っている。確かに奴は、権力とか領地に興味なんてない。もし本当に興味を持っていたとしたら、今頃グルガンド王国はカルステン領になっていたと思う。
このバルカの予想はまず正鵠を射ているといってもいいだろう。カルステンはこの魔族にグルガンド王国を投げ渡すつもりなのかもしれない。
「俺は王になりたいだけだ。あのカルステンみたいに戦争を仕掛けるつもりはないし、人間を虐殺して悦に浸るつもりはない。まあ、多少は仲間の魔族に便宜を図ったりするから、この国の人間は不幸になるだろうがな。貴様の国には迷惑をかけないと誓おう」
この中途半端に耳障りの悪い内容から察するに、嘘はついてないと思う。偽るならもっと反省や正しさを主張するだろうからな。
「勘違いするな。俺は金が欲しくてここに来たわけじゃない」
バルカは不思議そうに首を傾げた。
「不満か? では貴様はなぜここに来たのだ?」
「その子を助けにきただけだ」
そう言って、指さしたのはクラーラ。
「はぁ? 貴様正気か?」
「正気だ。それ以外の目的なんて、ない」
「くく、くくく、あっははははははっ! こいつは驚きだ。貴様、この魔王を助けに来たのか? 信じられないぐらいに愚か者だな。頭がおかしいんじゃないのか?」
心底意外だったらしく、バルカは盛大に笑っていた。いちいち癇に障る奴だ。
「それで、その愚か者の俺をどうするつもりだ? また腕をつかみ上げてやろうか? 俺に勝てると思っているのか?」
「無理だ。俺では貴様に勝てんよ。それぐらいの力量差は十分に理解している」
冷静だな。
「貴様には、そうだな、俺の見立ててでは魔王クラスの力がある。下手に手を出せば、すぐに殺されてしまうだろうな」
思えば、こいつに出会った時もそうだった。
和平交渉の席で、こいつは俺のことを裏切り包囲した。
あれは俺でなければ成功していた作戦だと思う。クラーラに媚びを売り、弱い人間を殺すそのやり方は、確かに魔族の指導者としては正しい対応だ。
俺の力が奴を圧倒してたから、そのせいで馬鹿っぽく見えていただけだった。
こいつは本来、油断ならない相手なんだ。
まあ、だからと言って今の俺が負けるとも思えないが。
「じゃあ、どうするんだ? 尻尾を巻いて逃げ出してくれるのか?」
「まさか」
どうやら、逃げる気もないらしい。
「叡智王はもしもの時に備え、この地に戦力を残していた。今こそ、その力を借りる時だ」
すっ、とバルカが静かに手を振った。おそらくはそれが合図だったのだろう。玉座の後ろから、二体の魔族が出現した。
「……驚け、人間。これは人造魔王というものだ」
魔族、と思っていたそれは……人造魔王だったようだ。
緑色の髪とローブを身に着けた美少女。
クラーラ型、人造魔王。
いつかの人造魔王と同じように、口を開くことはない。ただ無言のまま、俺に敵意を向ける存在。
カルステンはシャリーさんに錬金術を伝えた。あいつはアースバインの技術の源流なんだ。人造魔王だって、作れても不思議じゃない。
「貴様はそこの女と一緒に公開処刑だ。行け、その男を半殺しにしろっ!」
クラーラ型人造魔王が跳躍した。
俺は剣を構え、臨戦態勢に入った。
最近再びこの小説を一から読み直しているのですが、やはり誤字脱字が……。
何度か見直したはずなのにこれですからね。
きっと最新話付近になったらもっと増えてくるんでしょうね。
申し訳ない。