戦勝記念の宴会
世界大戦終結。
俺たち反グルガンド同盟軍は戦勝に沸いた。
そして、宴会が始まった。
宴会は戦場となった国の首都で行われた。薄い白雪に覆われた広場には、人、魔族と様々な者たちが集まっている。
武器を持っている者はいない。戦勝に浮かれて、誰もが友好的な空気を出していた。
「ヨウ殿、このような席に私も招いてくれたこと、感謝するよ」
そう言ってやってきたのはバルトメウス会長。グラスにワインを注ぎ、俺に差し出した。
酔うと何かあったときに対応できないからな。ほどほどに味わう程度にしておこう。
「おいしいですね、これ」
「我が商会で 近日販売予定だ。必要とあらば、是非我がメリーズ商会にお声かけを」
バルトメウス会長はワインボトルを持ったまま、次々とテーブルを移動していく。近くにいる人たちの声をかけ、自分のワインを注いでいった。
そのうちの一人が、ローザリンデだった。
「これ、おいしいですね」
「お口に合ったようだね」
「こんなものを生み出せるなんて、あなたは変わった魔族なんですね。隣国ながら、これまでずっと何も知りませんでした」
「それは私も同じことだよ。魔族は人間の敵。そう思いながら友好的な関係を築いてこなかったのは事実だ」
魔王バルトメウス領とロンバルディア神聖国。隣国同士でありながら、最初は敵対関係にあった。
俺の忠言を聞いたローザリンデが、多少は国交を持つようにしたものの、せいぜいその程度だ。心の中では、やはり抵抗が強かったんだと思う。
「同盟軍の勝利に」
「我らの友好に」
「「乾杯」」
これを機に、仲良くなってくれたらいいと思う。
「このワインは近日商会で販売予定だ。今後とも、我がメリーズ商会を御ひいきに」
会長、自分とこの商品宣伝しちゃってるよ。
いいのかな? まあ会長も功労者の一人だし。ちょっといい目を見ても問題ないよな。
「もらえるかしらぁー」
まるで寝起きのように気だるげな声を発したのはリーザ女王。すでにいろんな酒を飲んで出来上がっている。
リーザはバルトメウス会長から奪い取ったワインボトルを、直接口付で飲み始めた。
「ヨウも飲んでいいわよ」
そう言ってワインボトルを差し出した方向は、俺でなく犬だ。
どうやらリーザ女王、酔い過ぎて野良犬が俺に見えているらしい。
「ヨウ~、んー、すきー」
リーザが子犬を抱きしめキスをした。子犬は嬉しそうに彼女の唇周りをペロペロと舐めている。
まあ、本人たちが幸せならそれでいいんじゃないでしょうかね? 俺は見なかったことにしよう。
「ささ、ヨウ殿もどうかどうか」
料理を持ってきたのはパウルさんだった。どこかのテーブルから持ってきたらしい。
俺があまり酒を飲んでいないことを察したのだろうか。中々気が利く人だ。
「ありがとうございます」
俺はてんぷらのような食べ物を頬張った。なんだか俺の知ってるそれよりもずいぶんと粉っぽいが、これはこれで美味だと思う。
「いやはや、人間というのも意外に悪くないものですな。ずっと隣国の人間と争っていたゆえ、どうにも見下したり侮蔑したりするきらいがありました」
「今は違うってことですか?」
「ヨウ殿のおかげで、人間に対する見方が変わりましたな。これからは手を取り合って頑張っていきたいものですぞ。今後ともよろしくお願いしますぞ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「どれ、友好を記念して人肌脱ぎましょうかな」
そう言って、正面に設置されたステージへと上った。
「皆様方、こちらを注目ですぞっ!」
ステージに上がったパウル。魔王である彼は、人間、魔族ともに多くの人の目を引き付けた。
「でたあああ、パウル様の必殺」
「パウルっ! パウルッ!」
部下たちの声援が厚い。ちょうどよい感じで拍手が高まっていく。
パウルは両手を額に添えて、変なポーズをとった。
「フラああああああああッシュっ!」
うおっ、まぶし!
どうやら魔法を使ってハゲ頭を光らせているらしい。まあ一言で言うなら太陽拳だ。
「なんだよあれ、禿げ頭が光ってやがるっ!」
「ハゲ! ハゲっ!」
……めっちゃうけてる。
彼の配下だけではなく、西方大国や俺の国の将軍たちが手を叩きながら大笑いしている。
「フラあああああああシュっ!」
酔った他の奴らがパウルの真似を始めた。
なんだか、こういうのいいな。
敵も味方もなく、魔族とか人間とか関係なく、皆で喜び合って肩を並べて宴会三昧。
前回の世界では、こんなことなかった。魔族と人間、あるいは魔族同士は常に殺伐とした関係で敵対していた。
それが今はなんだ? 魔王がハゲ頭使って芸をして、それが人間にうけてるなんて。
信じられないぐらい、感動的だと思ってしまった。
しばらくすると、盛り上がっていた宴会も徐々に落ち着いてきた。
幾人かは酔いつぶれて近くのベンチで寝込んでおり、メイドたちは料理の片づけを始めた。
楽しかった宴会も、どうやらそろそろ終わりらしい。
すでに酔いが冷めたらしいリーザ女王が、兵士から報告を受けていた。戦争の事後処理関係かな。
俺の視線に気が付いた彼女は、にっこりと笑った。
「朗報よ、グルガンド王国で森林王クラーラが処刑されるらしいわ」
嬉しそうに、そう言った。
え……。
クラーラが、処刑?
「戦争で不満のたまるグルガンドのガス抜きかしらね。まあ、そのぐらいの成果を奪ったりはしないわ。この前の和平交渉の件もあるし、いいきみね!」
「悪い魔王は倒されるべきです。かつてイルデブランド様がそうしたように……」
「クラーラ殿は分からない人だ。この度の大戦でも協力を頼んだのだが、まったく応じてくれる気配がなかったからな。まあ、自業自得ということなのだよ」
「領地も配下も気にせず、自分の事ばかり。子供なのですな。もともと魔王にはふさわしくなかったんですぞ」
育んでいた友情が。
高まっていた一体感が。
一気に、はじけ飛んでしまった。
さっきまで、一体感を感じていたはずのバルトメウス会長やリーザ女王が、急に遠くなったような気がした。
この人たちが、悪いんじゃない。魔王同士は基本的に協力したりしないし、人間と魔族は言わずもがな。だから彼女たちの反応は当然で、憤ってる俺の方が異端者なんだ。
ああ……そうか。
この世界には、クラーラの味方なんていないんだ。
俺の世界では、オリビアという脅威を前にしてクラーラは怯えていた。
そういう前提条件があったから、協力関係を築けたし、死んでかわいそうだと思えた。
でも、今のクラーラにはそれがない。『平和』とか『平等』とか口では言うけど、そこには切実さや悲劇性は全くない。
俺だ。
俺のせいでオリビアがいなくなった。俺が……彼女の運命を捻じ曲げてしまった。
……でも俺は何も悪いことをしていない。
これがクラーラの正しい姿なんだと思う。
閃光王パウルがループによって俺を裏切ったように、彼女もまたクラーラフラグやオリビアによって歪められてしまったんだ。
ああ、そうさ。
俺はこの世界で何度も彼女と出会った。でも、一度として好意的な感情を抱くことができなかった。
空気を読まずに俺の事を叱りつけたり。
部下の掌握ができてなかったり。
無意識に精霊を使って感情を操ったり。
正直言うと、ちょっとイライラしてた。あの日、オリビアに殺されてしまった彼女の死が冒涜されているみたいで、耐えられなかった。
この世界のクラーラは、俺の知ってるクラーラじゃない。そう思って無視した方が、俺にとってどれだけ楽だっただろうか。
だけどっ!
ここで彼女を見捨てたら、もう二度と俺はクラーラに顔向けできなくなる。
たとえ〈グラファイト〉を制し、クラーラを生き返らせれたとしても、負ってしまった罪は消えない。
後悔はするなっ!
あの日、己の弱さを憎んだ俺は……もういないっ!
俺は剣を掴み、立ち上がった。
「クラーラを助けてくる」
「はぁ?」
リーザが変な声を上げた。彼女だけではない、バルトメウス会長やパウルさんもまた変な目で俺を見ている。
「ヨウ殿? 正気かね?」
「ははは、面白いですぞ。酔いが残っているのではないですかな?」
「ヨウ様、お気を確かに」
半信半疑、といった様子の皆を背に、俺は駆け出した。
ここからが本番だ。