オルガ王国包囲戦
戦場になだれ込む反王国同盟軍。三方向からオルガ王国主体の侵攻軍を囲んでいく。
俺はその中心にいた。
オルガ王国軍と肉薄していたパウルへと近づく。
「パウルさん、大丈夫か?」
息も絶え絶え、といった様子のパウルが汗を拭いながら答える。
「ヨウ殿、私はまだまだ……戦え、ますぞ」
「無理はしなくていい。ここはいったん退いて、他の魔族たちと合流してくれ」
こいつが死ねば士気にかかわる。もう十分働いたんだから、後方に退かせても問題ないだろう。
「ヨウ殿おおおおおっ! 貴様、我を裏切ったな! 魔族どもと手を取り合うなど、人類として恥ずかしくないのかこの愚か者めがっ!」
「そうやって魔族に恨みつらみをぶつけて何になる?」
短剣を振るい迫ってくるディートリッヒ。俺はその刃を精霊剣ではじき返す。
「大局を見ろっ! もはや倫理的にも政治的にもお前たちに利はない。これ以上いたずらに兵を失ってどうする? 退けっ! そしてこの戦争から離脱しろ」
「ならば死んでいった家族や恋人を持つ兵士はどうなるのだ? 彼らの意思を汲み取ることこそ、国王としての義務ではないか?」
「そんな気持ちを抑えて、国を豊かに平和に導くのが王の仕事だろっ! あんたはやり方を間違ってるっ! ここで俺たちに倒されることが、その証拠だ!」
「笑止っ!」
しかし、どれだけディートリッヒが踏ん張っても、多勢に無勢。この場では同盟軍の方がはるかに多く、おまけに囲んですらいるのだ。
じりじりと、オルガ王国側の兵士が削られていった。抵抗はあったが、優秀な武器の一つや二つでどうにかなる数ではない。
ディートリッヒは丸裸同然になり、俺たちに捕らわれた。
「なぜだ……なぜ我が……」
「あんたが正義じゃなかった。たぶんそういうことだろ」
だが局地戦を制したところで、戦争という大枠はまだまだ流動的だ。
俺たちはオルガ王国が突出していた針葉樹林地帯中央部にいる。
背後、南西側には西方大国の大軍、北西側にはアストレア諸国の残りが集まっている。いずれも弓や遠距離スキルで支援をしているが、決定打ではない。
そして、残る敵。グルガンド王国軍が急速に展開し始めた。どうやらオルガ王国の兵士ともども俺たちを包囲するつもりらしい。
オルガ王国兵を助けようとする気配はない。囮、というよりも捨て石か。
「進軍っ!」
包囲をさせまいと、俺は集まっていた兵士たちの一部を南北に追いやった、さして広くのない崖下の森である。両軍は包囲することもされることもなく、まるで川か谷に挟まれたかのように縦一文字で対峙する様相を呈した。
「あれはリービッヒ王国のヨウっ!」
「よくも、よくも国王陛下をっ!」
などと、グルガンドの兵士たちが殺気を高めた。
カルステン支配下のグルガンド王国から逃げ出した俺。あの時は前国王クレーメンスに成り済まして事なきを得たが、何も言わずに逃げたからその後どうなったかが気になっていた。
どうやら、俺が前国王クレーメンスを殺めた、もしくは連れ去ったという設定になっているらしい。ならこの場は、彼らにとって雪辱戦となるということか。
「アクセルっ!」
早い。
そして、ほとんど一斉に起動式を唱えるグルガンド王国兵士たち。おそらくは、事前に相当の訓練と打ち合わせを積んでのことだろう。
「コンバート、エクスプレッションっ!」
俺たちが何もしていないわけではない。スキル付与の武器を使ったり、遠方からの支援を受けて攻撃は加えている。
だが火力不足感は否めない。強力な武器である精霊剣に敵うはずもなかった。
「「「「「〈大地の覇王〉っ!」」」」
まずい。
大地系最強スキル、〈大地の覇王〉は巨大な地割れを発生させる。オルガ王国を囲んでいた俺たちの軍が、地割れによって分断されてしまう。
「あ……ああぁ……」
ごく少数の兵士は断末魔の叫び声を上げながら地割れの奥へと落ちていった。それほどではないにしても、地面に残った人々は狭いスペースの中で身動きがとりにくい状態だ。
このままでは、精霊剣でなぶり殺しにされてしまう。
「ノーム、やれるかっ!」
スキル、〈大精霊の加護〉によって地の精霊ノームへと語り掛けた俺。彼らは俺の声に従い、続々と地割れへと滑り込んでいく。
すると、傷ついた大地に変化が生じた。まるでその穴を塞ぐかのように、地面が隆起し始めたのだ。
地面の隆起に伴い、落下した人々が再び地表に戻ってきた。
精霊の見えない一般の人々には、俺の声とともに大地の傷が塞がったように見えたかもしれない。
「……おお、大地が、元に戻った」
「信じられない。まるで土が生きているかのようだ」
「ヨウ殿は……本当に創世神の使いか?」
口々に、そんな感想を漏らす。
これには精霊剣を行使したグルガンド王国側も驚いたらしい。呆気に取られ、追撃の手を緩めている。
「進めっ!」
俺は兵士たちを前に出した。
地割れのなくなった地面を進むことは容易だ。距離を詰めることによって、精霊剣の利点であるスキル活用を殺そうと考えたのだ。
味方の巻き添えが恐ろしければ、広範囲スキルを控えるようになる。人間の脆弱な体なら、スキルの威力が強くても弱くても狭い範囲なら関係ない。
すでに西方大国やアストレア諸国の残った軍勢が、背後から王国軍を包囲しようとしている。いかに精霊剣が高レベルのスキルを使える武器だったとしても、接近して戦う大軍と事を構えることは難しい。
「アクセルっ!」
グルガンド王国兵士が精霊剣の起動式を唱えようとした。しかし、その前にアストレアの兵士が彼を切り付けた。
精霊剣が起動するのに、ほんの少しだがタイムラグが存在する。その差をついての攻撃だ。
大戦の趨勢は決した、というのはあまりに言い過ぎではあるが、良い風が吹いているのは事実だと思う。
俺たちはグルガンド王国を相手に善戦している。
その事実に、少しだけ頬を緩めた……その時。
「先輩っ!」
藤堂君が兵士たちをかき分けて俺のもとへとやってきた。彼には戦場周辺の情報収集を行う斥候の役割を与えていた……はずだが。
「東の森林地帯に敵援軍がいっぱい来てますっ! グルガンド王国第一軍のようですっ!」
「……なんだとっ!」
王国第一軍。
イルマ勢力圏のムーア領で魔族たちと争っていたはずの、東方遠征軍だ。
この大戦を予想してたのか、それともただ単にムーア領を諦めたのかは知らない。最低最悪のタイミングで援軍として現れてしまったわけだ。
俺は東部へと目線を向けた。遠く離れた森の中から、ぞろぞろと鎧姿の男たちが姿を現している。
「放てっ!」
剣を掲げ指示を下した鎧姿の男。遠くからだから定かではないが、あれは……アレックス国王じゃないか?
一軍と合流していたのか?
「アクセルっ!」
第一軍が精霊剣の起動式を唱えた。近接している二、三軍と違い、スキルを放つための十分な余裕がある。
「ひ、ひぃ……」
情けない声を上げたのは、二軍三軍の兵士たち。彼らは精霊剣の威力を知っている。巻き添えくらう、と十分に理解しているのだろう。
「コンバートっ!」
放たれようとする、精霊剣のスキル。
その矛先は、間違いなく俺たちへと向いていた。