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アレックスの意思


 リービッヒ王国地下、シャリーさんの研究所にて。

 

 俺が貸し与えた地下の一室は、シャリーさんの手によって見事研究所へと生まれ変わったらしい。


 周囲に張り巡らされた金属パイプ。

 ガラス製で濁った液体に満たされたカプセル。

 

 前回の世界でも思ったことだが、シャリーさんの研究室は世界観が崩壊している。ここだけ現代っぽい感じだからな。

 

 部屋の奥にシャリーさんがいた。

 金属質の椅子に座りながら、何やら書類を眺めている。グラフや数式がちりばめられた、よくわからない資料だ。


「ヨウさんですか?」

「苦労をかけるな、シャリーさん。精霊剣は間に合いそうか?」

「残念ながら精霊剣は間に合っていません。戦争までに数を揃えるのは無理でしょう」


 時期が遅すぎた。カルステンの方が俺たちよりはるかに早く精霊剣の作成に着手していたため、間に合わなかったのだ。

 先に量産体制へと入ったグルガンド王国を、追い越せるわけがなかった。

 俺が今からスキル付きの武具を作ったところで、焼け石に水だろう。つまり、武器の面で言えば完全に劣勢と言わざるを得ない。


 このあたりは想定の範囲内。

 次の一手は……。


「人造魔王は出せないか?」


 シャリーさんがメガネの奥の目を見開いた。


「何の話ですか?」

「クレーメンスはシャリーさんに渡したんだ。だったら、体組織を使って人造魔王を作っていてもおかしくないだろ?」

「……あなたはいつも私を驚かせますね」


 おそらくは公表するつもりもなかったのだろう。シャリーさんは警戒するように周囲を見渡して、そっと俺に耳打ちした。


「二体、完成しています」


 シャリーさんが杖を振るうと、カプセルの中に存在した濁った液体が徐々に澄んできた。

 露わとなったのは、その中に隠されていた生き物。

 黒い霧状の体を持つ魔王。

 クレーメンス、その人造魔王だろう。


「この度の戦争で使用しますか?」

「いや……あんなもの出されたら、敵も味方もショックで戦争どころじゃないだろうからな。そいつは最後の手段にしておこう」


 余計な混乱を招くかもしれない兵器だ。こいつは極力出さないでおいた方がいい。


「精霊剣は数が揃わない、って話だけど、具体的には何本ぐらいなら出せそうなんだ?」

「それは……」


 と、今後の事について深い話をしようとしていた俺だったが、会話はすぐに止まってしまった。

 第三者がやってきたからだ。


「先輩っ!」


 現れたのは、一人の冒険者。

 この世界のヨウ、藤堂君だ。


「藤堂君、君、この国に来てたのか」

「先輩から聞いたアレックス国王の事、そしてこの戦争。やっと、俺も理解できました。自分のやるべき事が……」


 藤堂君、とうとう俺のところに来てしまったのか。


「ああ、なるほど。彼が今回・・のあなたですか」


 納得したようにシャリーさんが頷いた。〈グラファイト〉を知る彼女だから、理解が早いな。


「まあ、そういうことだ」


 俺は藤堂君に向き直った。


「藤堂君、ギルドはいいのか?」

「戦争でそれどころじゃありません」


 だろうな。

 魔族関係で大変なことになっている、ってのは容易に想像ができる。

 藤堂君がここに来てくれたことは嬉しい。嬉しい……が……。

 

「大丈夫なのか?」

「……? 先輩、それはどういう意味ですか?」

「敵はアレックス国王に肉体転移した魔王だ。だけど、もう国王だけ殺してどうにかなる段階じゃない。運が悪ければ、討伐軍の中にいる君の顔見知りと刃を交えることにもなる。もう一度言うが、『本当に』いいんだな?」

 

 覚悟を測る。

 その意味で、殺気にも似た強い視線を乗せて問いかけた。 

 だが、藤堂君はそんな俺の様子にまるで気圧されない。


「馬鹿にしないでください。俺だって覚悟してここにいるんです」


 藤堂君は冒険者ギルドにずっといたんだ。それなりに修羅場をくぐってきている。

 馬鹿な真似をした。国を出てここまでくる、その決断は並大抵のことじゃないだろ?


「疑ってすまなかった。そうだよな、君だって俺だって、苦労してここにいるんだ。上から目線は失礼だった」


 俺は藤堂君の両手を握った。


「一緒にこの世界を救おう」


 こうして、俺たちは合流した。



 アストレア諸国、イマーリア王国東部針葉樹林地帯にて。


 反グルガンド王国連盟は、この地に結集した。

 俺の背後にはリービッヒ王国の兵士。総勢5000。バルトメウス会長からもらった武器を装備している。

 雪は積もっているが、身動きが取れないほどではなく足首にかかる程度。ただ木や岩などの障害物が多いため、誰も馬に乗ることはなかった。

 

 俺は崖下から眼下の様子を見下ろした。


「がああああああああああああああああああああっ!」


 獣のような雄たけびを上げ、敵陣へと突っ込んでいくのはパウルさん。

 閃光王パウルは囮としての役割をよく果たしてくれた。

 黄色い光のような矢が、戦場にいくつも降り注いでいる。あれはパウルの魔法、〈黄雨降矢〉とかいう名前だったはずだ。


「パウルぅうううううううううううううううううううううううううううううっ!」


 対するはオルガ王国国王、ディートリッヒ。軍服のような服は、どうやら防御スキルを付与した装備だったようだ。パウルの魔法を難なく弾き飛ばしている。


「行けっ」


 ディートリッヒの声とともに、彼の背後にいた兵士たちが一斉に大剣を構えた。

 なるほど、もう同盟国にまで精霊剣を供与しているのか。これは相当差をつけられてるな。


「アクセル、コンバート、エクスプレッションっ!」


 薄い粉雪の舞うこの地に不釣りあいな、灼熱の赤。兵士たちの剣から一斉に発生したのは、炎スキルだ。


「「「〈炎王の剣〉っ!」」」」


「ぬああああああっ!」


 パウルは悲鳴を上げながら後退した。彼は窮地を脱することができたが、側にいた魔族の何体かが犠牲になってしまう。

 

 戦況は今のところ拮抗している。だが、背後からはグルガンドの援軍が迫り、その上パウルは疲労困憊だ。

 このままでは、負ける。


 頃合いだ、合図を出すとするか。


 見ていてくれ、アレックス将軍。

 俺があんたを止めてみせる。それがこの国を、そして世界を陥れようとするカルステンへの反抗。

 カルステンに肉体を奪われて、きっともどかしい思いをしていると思う。奴の蛮行を眺めながら己の無力を呪う気持ちは、同じ経験をした俺が最もよく知っている。

 あれは地獄だ。

 もう、魂が消えて意識なんて残っていないかもしれないけど、俺は奴を止める。止めて見せる。

 アレックス将軍の意思をここにっ!


「〈大地の覇王〉っ!」


 俺のスキルは大地に巨大な亀裂を作った。パウル、ディートリッヒはその隙間を挟んでにらみ合っている。

 

 その瞬間。


 北西南、三方向から出現した反グルガンド王国連合軍が戦場に突撃した。


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