反王国同盟
グルガンド王国、冒険者ギルドにて。
あわただしく出入り口をへと向かっていく冒険者たち。怒声が飛び交う部屋の中。受付では女性が汗を散らしながら仕事をしている。
大盛況、といえばよく聞こえるかもしれないが、それを喜んでいる者はこの場に誰もいなかった。
そんな様子を椅子に腰かけながら眺めている冒険者がいる。
この世界のヨウ、藤堂である。
彼だけではない。顔なじみの冒険者たち数人で、最近のことを話し合っていたのだ。
藤堂は力任せにテーブルを叩いた。
「俺たちは頑張ってたんだ。この国は平和になって、クエストだって平和な内容ばっかりだった。それなのに……」
グルガンド王国の討伐軍は、国内に様々な影響をもたらした。
すべての魔族に宣戦布告、というアレックス国王の号令に基づき、軍は魔族を挑発しながら三方向へと進んだ。その結果、多数の敵対的な魔族が領内に侵入し、破壊活動を活発化させたのだ。
治安維持、侵入阻止に重要な役割を果たす軍は、今、討伐軍として国外へ出払っている。今、この地を守るのは冒険者ギルドの冒険者たちだけだった。
その上、新しく占領した領地にも仕事の手が伸びた。これまで以上に活動範囲が広がったのだ。
クエストの依頼を示すコルクボードの紙は、所せましと貼られている。どれもこれも比較的高難易度だ。
とてもではないが、これまでと同じ人員でどうにかなるレベルではない。はっきり言って、一部地域は無視している状態ですらある。
「……俺たちの努力は何だったんだ?」
藤堂は力なく項垂れた。彼だけではない。連日の依頼に疲れ切った冒険者たちは、同様に深いため息を漏らした。
藤堂は先輩から聞いていた。
アレックス国王が魔王であることを。これから、この国にとってよくないことが起こるだろうと。
『一緒に俺の国へ行かないか?』、と誘われた。しかしそれは断ったのは、冒険者ギルドに対する思い入れがあったからに他ならない。
もはや先輩が話をしていた〈グラファイト〉は、藤堂にとっても無関係なことではなくなってきているのだ。
個人的には、この騒乱を終わらせるために、先輩の手伝いをしたい。
だが、この冒険者ギルドが忙しいのも事実。猫の手も借りたいほどだ。こんな状況で、Sランク冒険者である自分が抜けてもいいのだろうか?
「行ってきてくれよ、藤堂さん」
冒険者の一人が、そんなことを言った。
「いいのか? 俺が抜けたら、今、この冒険者ギルドはきっと」
「分かるさ、その目を見たらな。何か考えがあるんだろ? 藤堂さんは俺たちとは違う、もっと広い視点で物事を考えられる人だ」
「で、でも……俺は」
「任してくだせぇ」
サイモンだ。
「サイモンさん……」
「できないものは、何人いてもできないでやすよ。藤堂さん一人抜けても、人員不足は変わらないでさぁ」
決して優秀な冒険者とは言えない、いつも藤堂が助けていたはずのサイモンの言葉。
その声に、藤堂は決意した。
「……俺はいかなきゃいけない。この状況をどうにかできる人を知ってるからだ。あの人を手伝えば、きっとこの状況もよくなると思う」
こくり、と頷くサイモン。
汗を拭う受付嬢。
親指をサムズアップする冒険者たち。
「すまないっ! 俺に時間をくれっ!」
藤堂は駆け出した。
その日、一人のSランク冒険者がリービッヒ王国へと向かった。
リービッヒ王国、会議室にて。
広めの会議室には、未だかつてないほどに様々な人物が集まっていた。
アストレア諸国、人類国家7カ国、魔族国家20カ国代表。ロンバルディア神聖国ローザリンデ、そして西方大国女王リーザ。
「待ちくたびれちゃったから、もう始めるわね? 今来てない人たちはしーらない」
西方大国女王、リーザ。
この集まりの中では、明らかに格が違う大国の指導者。実質的な会議の主催である。
『待ちくたびれた』、といったリーザだったが、これは彼女が短気を起こしたわけではない。
すでに開始の時間は過ぎている。にもかかわらず、未だこの国にすら来ていない指導者がいる。つまり、初めから訪問するつもりがないのだ。
すでに滅ぼされた魔族国家、様子見を決め込む国家、そして……グルガンドに与する人類国家だ。
オルガ王国のディードリッヒもグルガンドに与する側である。招待状は送ったのだが、ここにはやってこなかった。
「まず、被害国の現状が聞きたいわね」
リーザの言葉に呼応して立ち上がったのは、ローザリンデ。
「グルガンド王国は私の国を通過しました。国内の像が数多く破壊され、その過程で民の命が脅かされました……」
悲痛な表情は、見る者の心を少なからず刺激した。俺もまた、彼女の国を訪れたことのある者の一人だ。あれだけ大量の石像を破壊されたとなると、もはや暴動といっても差し支えないレベルだろう。
彼女に引き続き、被害国が次々と名乗りを上げていく。
「俺の国は領地を制圧された。体の弱い者や子供は皆殺しにされ、国を脱出することしかできなかった」
「俺の国は森を焼かれた」
「火事の火はその国だけでなく、我ら人類国家の村まで焼いた。いかに日頃から魔族と争っている我々とて、このように無計画な虐殺が許せるはずなどない」
「グルガンドは罰を受けるべきだっ!」
例を挙げればきりがない。堤防の決壊したダムのように矢継ぎ早に不満を漏らす指導者たちだったが、リーザが両手を叩いてそれを止める。
「はいはいはーい、野蛮なグルガンド王国許せないわよね? リィの国にもいっぱい難民が来て超迷惑してるの。だ・か・らぁ」
だん、とリーザが円卓を叩いた。
「反グルガンド同盟をここに結成するわっ!」
周囲から一斉に拍手が起こった。
もとより、同盟を結ぶと言って集まった者たちだ。今更この宣言を否定するはずもなかった。
満足顔のリーザは、次なる議題に話を進める。
「それじゃ次に、具体的な戦争の日程を決めるわ。いつ、どこで、どうやってグルガンド王国軍を叩き潰すか、その相談よ」
「……我が国の針葉樹林地帯がよいのではないかと」
そう言ったのは、金色の髪を持つエルフ。彼は確か、アストレア諸国北側中央部に国を持つ王だったはずだ。
「中央部に平原があり、周囲を森や崖が囲む立地です。待ち伏せにはうってつけかと。どうかご検討を」
必死だな。
すでにグルガンド王国軍はアストレア諸国中部を刺激し始めている。彼の国はその最前線、ではないものの限りなくそれに近い場所だ。
ここで軍を引き入れておけば、都市の中央部が侵略されることはない。だが国土が戦場になってしまうわけだから、苦渋の決断といったところだろう。
リーザが唇を釣り上げた。どうやらこの提案に満足しているらしい。
俺も口を挟まないとな。
「問題はどのようにしてそこに誘い出すか、だと思うが……」
俺は声を上げた。
「私が囮になりますぞ」
立ち上がったのは閃光王パウル。
魔王。しかも敵の中にはオルガ王国もいるわけだから、囮としては申し分ない人材だ。
「いいのか、パウルさん? 危険な仕事だぞ?」
「はっはっはっ、ヨウ殿、心配いりませんぞ。ここで身を削らなければ、戦後肩身の狭い思いをしてしまいますからな。それに私は魔王なのですぞ。奥の手の技を持っていますから」
「その技、副作用とかあるんじゃないのか? 例えばそう、切れたら激痛で動けなくなるとかさ」
「……っ!」
パウルがあからさまに狼狽を示した。
少しわざとらしすぎたか? 前回の世界で知ったことだからな。
「ま、まあ、パウルさんがやる気だって言うなら俺も止めるつもりはない。でもあんたが死んだら魔族たちの士気も下がるだろうから、ほどほどにな」
「肝に銘じておきますぞ」
……俺がパウルの体を気遣うことになるなんてな。ホント、世の中何が起こるか分からないな。
「……では、私の出番だね」
そう言ったのは、さきほどからずっと話を聞いていたバルトメウス。
つい先日、リービッヒ王国へと亡命を果たした魔王だ。
「グルガンドは兵装を精霊剣に変えた。そのため、これまで使用されていたスキル付きの剣や弓が市場に溢れているのだよ。相手が売りたがっているものを安く買いたたくことは容易だ」
「俺たちに武器を売ってくれるってことか?」
「何を言うのかね? 私たちは同志だ。むろん、無償で提供するよ」
この人からこんな言葉を聞くとは思わなかった。領地を制圧されたことがよほど頭に来ているのだろう。
「私の領地は制圧されてしまったからね。このような支援しかできないことを不甲斐なく思う」
「感謝する」
その他、大小さまざまな国が具体的な支援や援軍についての話を固めていく。
アストレア諸国の人々。
西方大国。
ロンバルディア神聖国。
魔王パウル。
魔王バルトメウス。
ここまで多種多様な勢力が一同にまみえる光景は、中々感慨深いものがある。人、魔族が手を取り合う姿は、クラーラが望んでいた姿に近いかもしれない。
リーザが両手を叩いた。
「決戦の日は二週間後、アストレア諸国の森林地帯で行うわ。グルガンド王国を追い払うのよっ!」
こうして、反グルガンド王国連合軍は結成された。
俺たちは、来るべき大戦に向けて準備を始めたのだった。