過去の遺恨
帰国したちょうど初日、俺は気が付いたらここにいた。
周囲は暗闇、足元の白い床だけが妙に目立つ空間。
創世神の空間だ。
グルガンドが世界大戦を引き起こそうとしている、と報告を受けたばかりだ。おそらく、その件に関係してここに招かれたのだろう。
前に進み、創世神の部屋にたどり着く。
「やあ」
創世神は椅子に腰かけながら、こちらに手を振った。
「あのさ、もっと俺がピンチの時ここに呼んでくれないか? この間、グルガンドで精霊剣食らったときは大変だったんだぞ?」
「そんなルール違反が〈グラファイト〉で許されると思うか?」
「……それもそうか」
ピンチのとき逃げられるなら、仮面の男だって死ななかったはずだ。神の力がうまく行使できないというのは、これまで何度か聞いてきた話だ。
「必要とされてる、と判断してここに呼んだが」
「世界大戦の件だよな? ああ、その通りだ」
今まで、俺は初回こそ水晶やフローチャートを頼りに物語を進めてきたが、最近はここをあまり活用しなく……否、できなくなってしまった。
これまでいくつもの並行世界で、ずっと失敗し続けていたのだ。今更過去の記録を振り返って真似たところで、行きつく先は死だけだ。なら自分で道を切り開くしかない、という決意があった。
だが世界大戦は〈グラファイト〉とは直接的に関係ない。ここでむやみやたらに新しいやり方を模索する必要はないのだ。
先人の例に習い、この騒乱を収拾するのがベスト。
俺は水晶の部屋に入った。俺の世界ではなく、別の世界を記録したものがある部屋だ。
数多く存在する並行世界の記録から、望みの展開を探していくこととしよう。
その結果、いくつか世界大戦らしき展開に陥っている世界を見つけた。
CASE1。
国王クレーメンス「すべての国家に宣戦布告するっ!」
アレックス「グルガンド王国に栄光あれっ!」
リーザ「ヨウ、あんたを連合軍総大将に任命するわ。リィを失望させたらどうなるか、分かってるわよね?」
ダレース領領主ヨウ「はっ、おまかせください女王陛下。必ずやご期待に応えて見せましょう。もう犬の真似したくないし……」
CASE2。
シャリーさん「すべての魔族に宣戦布告しますっ!」
クレア「任せてお姉ちゃん! 魔族なんてみんな倒してやるんだからっ!」
クラーラ「パウルさんとバルトメウスさんから手紙が来たよ。一緒に戦おうだって。頼めるかな?」
クラーラのパートナー、ヨウ「任せろクラーラ。お前の敵は俺の敵だ。ここで待っててくれ」
CASE3。
リーザ「あの男が……グルガンド王国領主のあの男が欲しいっ! リィのペットにしたい! 超戦争!」
エグムント「手伝ってやってもいいぜぇ? ソイツ、俺にも半分貸してくれりゃな」
アレックス「ヨウ殿は私が守るっ!」
ヨウ「ひぃ……」
と、いう感じだ。
うーん、少し突っ込みどころがあるような話の展開ではあったが、今はとりあえず細かいところは無視。
まあ、当然であるが世界によって敵や味方が入れ替わる。どんな進路を取るとか戦術をとるとか、そういったことを参考にはできない。
だが、気が付いたことがある。
王国包囲網。
人類連合軍。
東方大同盟。
人類、魔族共に一枚岩ではない。どこかに巨大な敵ができれば、団結して戦うという話になるらしい。
つまり、今回もまたそういう展開になる可能性が高いということだ。
ただ、カルステン主導というのは珍しい展開。というかそもそも、アレックス国王に肉体転移したこと自体が俺には信じられなかった。
奴は奴なりに転移先を選り好みしている。親近感とかそういうのが重視されるようだ。
俺としては信じがたい話ではあるが、奴は自分のことを『不幸な事故でお姉さんを失った悲劇の主人公』と思っているらしい。したがってこれまで肉体転移の被害にあった俺は、どこか不幸な要素を抱えていることが多かった。
そして奴には、もともとは気持ち悪い姿をしたイービルアイであったことへのコンプレックスもある。だから、あまり老けた人間や醜い容姿の者は選ばれない。
今回、アレックス国王に肉体転移したのは例外中の例外。俺はいくつかの水晶とフローチャートを確認したが、こんな展開は一度もなかったと記憶している。
どうやら俺はよっぽど奴を本気にさせてしまったらしい。〈邂逅の時計〉を破壊したことが衝撃だったんだろうな。まあ、壊したことを後悔はしていないが。
「すまないな、あまり手伝えなくて」
創世神がそんなことを言った。出会った時とは違い、こちらを気遣う姿すら見せてくれる。
「いいさ。あまり親切にされると逆に疑ってしまうからな。それぐらいがいい」
これ以上は時間の無駄になると判断した俺は、元の世界へと戻ることにした。
元の世界に戻った俺は、矢継ぎ早にもたらされる世界情勢の報告に耳を傾けていた。
魔王バルトメウス領制圧。
ロンバルディア神聖国での騒動。
一部ムーア領の占領。
タターク山脈南方制圧。
シェルト大森林占領。
破竹の勢い、といっても差し支えない。エグムント領やイルマ領で善戦している結果を見る限り、カルステンが魔王側に手を回している可能性すらある。
脅威だ。〈グラファイト〉においても、この世界の秩序においても。
もはやグルガンド王国は、俺にとっても目と鼻の先にある国に等しいのだ。
だが直接俺の国が攻撃されているわけではないし、今のところはリービッヒ王国が敵認定されているわけでもない。
ここは玉座の間。
グルガンド王国の動向へ耳を傾けていた俺だったが、唐突に部屋に入ってきた兵士によって報告が中断される。
「こ、国王陛下にご報告っ!」
「言ってくれ」
「黄の閃光王、パウルがこの城に侵入いたしましたっ」
「何っ!」
と、報告を聞いて瞬きすらもしていないその時、玉座の間に一体の魔族が侵入した。
パウルだ。
閃光王パウルは、ボロボロだった。シャツとズボンはまるで獣に引っかかれたかのように生地が剥げ、自慢の禿げ頭には生々しい傷跡が刻み込まれている。
それでも王としての振る舞いを忘れていなかったらしく、一礼をして俺に向き直った。
「閃光王パウル、俺に何の用だ?」
「貴殿が魔族に寛容だという話は、私の耳にも届いておりますぞ。どうか、私の配下をこの地に住まわせてはいただけないですかな?」
「…………」
パウルの国、ラーミル王国は人類国家のオルガ王国と争っていた。俺の国からも何人かが援軍として向かっていたが、彼らはこの間帰国してきた。
オルガ王国はグルガンド王国から支援を受け、パウルの国を叩き潰したらしい。
シェルト大森林を突破したグルガンド王国第二軍は、ラーミル王国へと攻撃を開始した。かねてよりの敵であるオルガ王国との二面攻撃にさらされたパウルたちは、とうとう国を滅ぼされてしまったらしい。
近隣の魔族国家へ逃げた、という話は聞いていたが、まさかここまでやってくるとはな。
グルガンドは他の弱小魔族国家にも攻撃を仕掛けているらしいからな。結局のところ西へ逃げるしかなかったということか。
「ここは人類国家だ。確かに俺は魔族に寛容だが、差し当たって無関係な魔族を助ける義理はないぞ? それなりの覚悟はできているんだろうな?」
「配下の命を保証してくださるのなら、私の首を差し上げますぞ。ヨウ殿、どうか寛大な処置をっ!」
「……本気か?」
自分の命を捨てる? こいつが?
俺はにわかに信じられなかった。
「陛下っ!」
俺は玉座から立ち上がり、閃光王パウルの首筋に〈降魔の剣〉を這わせた。
一瞬の動作。俺がほんの少し力を加えるだけで、こいつの首と胴は真っ二つに引き裂かれるだろう。
パウルは仮にも魔王だ。俺の動きに反応できないわけがない。
にもかかわらず、こいつは避けなかった。
俺は剣を収めた。
本気だ。
本気で、命を捨てる覚悟できている。
「本気で配下のために命を捨てようとしているのか?」
「私がいなくても国を回せる、優秀な配下たちですぞ。私など飾りに過ぎない……」
改めてパウルは頭を下げた。その姿は嘘をついているようには見えなかった。
俺は感動してしまった。
なんだよ、こいつ。
あの時、クラーラを見捨てたくせに。俺のことを殴りつけてきたくせに。こんなところでは自分の身を犠牲にして仲間を助けようってのか?
クラーラなんかより、よっぽど魔王してるじゃないか。
……ああ、そうだ。
俺はパウルのことを恨んでいた。こいつに裏切られたせいでクラーラが死んだ。ループはあと3回耐えれば終わっていた。カルステンの謀略を打ち破ることができた、そのはずなのに……。
だが、前回の世界でのことは忘れるべきだ。クラーラの件で俺はそのことをよくよく思い知った。
あれはループという歪みが生み出してしまった、間違ったパウル。今目の前にいる男こそが、本物の閃光王なんだ。
遺恨は忘れよう。
「確かに、俺は魔族に寛容だ。あんたの要求を呑んでやってもいい」
「真ですかな?」
「だがもちろん善意というわけじゃない。あんたにはそれ相応の働きをしてもらわないと困る。俺の命令に従い、この国のために働いてもらう」
話の途中、側に控えていた大臣が耳打ちした。
「……陛下、オルガ王国の件は?」
オルガ王国の件。
オルガ王国には閃光王パウルとの戦いを支援するよう頼まれている。ついこの間まで人員を送っていたのもそのためだ。
パウルをここへ引き入れることは、オルガ王国への裏切りを意味する。
「あれは閃光王パウルと戦うときに支援する約束だ。こちらに亡命してきた時の取り決めではない。義理は果たしたんだ、放っておけ」
「はっ」
まあ、嫌な顔はするだろうがな。こっちだってカルステンとの戦いが控えてるんだ。グルガンド王国に与する者へ、いい顔をする必要はない。
「それで、私は何を手伝えばよいのですかな?」
「あんたには魔族国家の盟主として、他の魔族国家への交渉を行ってもらいたい。同盟の交渉だ」
俺はパウルへ一枚の手紙を渡した。
「まもなく、反グルガンド王国同盟が結成される。こいつに他の魔族勢力が参加するよう、交渉して欲しい」
反グルガンド王国同盟。
それはつい先日、西方大国リーザ女王からもたらされた手紙に記されていた。西側諸国で力を合わせ、グルガンド侵攻軍を打ち破ろうという話だ。
すでにグルガンド王国は、散発的に西方大国領へ侵入している。これは魔族国家へ向かうため通っただけであり、占領されたというわけではない。しかし、素行の悪いグルガンド王国軍は道中の村々に少なからず被害をもたらした。
シェルト大森林やアストレア諸国を占領されたことによって、西方大国と多数の面で領地を接することになった。緊張が高まっているのだ。
加えて、ロンバルディア神聖国からの難民は、リーザ女王の敵対心を煽る一因となっている。混乱からくる魔族、貧民の流入が決して無視できなくなってきているのだ。
「単純にグルガンドと敵対するという意味なら、交渉なんて必要ない。でも、俺たちは団結しなければならないんだ。あんたも王なら理解してくれるだろ? 交渉を手伝ってくれるな?」
「敗残の将である私ですが、粉骨砕身働きますぞ。お任せください」
「パウルさん……」
俺たちはしっかりと握手をした。協力関係の成立だ。
あの日以来、ずっと心に抱えてたわだかまりが、まるで光を浴びた氷のように解けていった……気がした。
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一体何があったんですか?