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世界情勢(前編)

 ――魔王バルトメウス領、スツーカにて。


 城の執務室で、魔王バルトメウスは眉間に深い皺を寄せていた。

 事の発端は、グルガンドから届いた一枚の手紙だった。

 メリーズ商会グルガンド支店からだ。馬を買いたい、と支店にやってきたヨウから預かった手紙らしい。


 アレックス国王は魔王カルステン。

 精霊剣はすでにグルガンド王国軍全体に配備されている。

 戦争の気配あり。最初に狙われるのは、国境を接する魔王バルトメウス領ではないか?


 このようなことが書かれていた。


 確かに、バルトメウスは知っていた。

 最近、グルガンド王国で新兵器の開発が盛んであることを。ただ、それは『精霊剣』という名前ではなかったから、気にも留めていなかった。

 だが、もしこの新兵器こそが『精霊剣』であるとしたら? 

 魔王バルトメウスは7魔王の中で最も弱い。手始めに戦争を仕掛ける敵としては申し分ないだろう。


 とは言え、前国王時代にこっぴどく倒されていたグルガンド王国軍だ。今更魔族相手に戦争を吹っ掛けるとは、バルトメウスには信じられなかった。

 おまけにアレックス国王が魔王カルステンなどとは、にわかに信じがたい。ヨウは信頼のおける人物ではあるが、何か勘違いが存在するのではないか? 


 つまり、ヨウの手紙を見た時点では、半信半疑だった。


 だが、時間が過ぎるとともに状況は一変する。

 かねてより親交の深いグルガンド王国貴族たちから、矢継ぎ早に手紙を受け取ったのだ。王国で大きな動きがあるときは、連絡をするようにと頼んでおいた危機管理ネットワークである。もちろん、それ相応の金銭と引き換えにだが。

 そこには、ヨウの手紙に書かれていたものと同じ……戦争に関する記述が多々存在した。それほど数は多くないものの、アレックス将軍への違和感の記述もいくつか見ることができた。


 ここに至って、魔王バルトメウスは己の置かれている状況を把握した。


「王国に精霊剣を授ける、か。これでは私はとんだ道化ではないか? 商機どころか命すらも失ってしまうらしい」

「……会長」


 すでにグルガンド王国軍はグルガンドを出立した。おそらく、二日もしないうちにこの都市へと到着するだろう。

 バルトメウスは決断に迫られている。


「ダニエル君、クレア君。ここはもう危険だ。我々だけでは、精霊剣を持つグルガンド王国兵に勝てない」

「そんなっ、あたしは!」

「クレア君、これは個人の問題ではないのだよ。は勝てるかもしれないが、私の兵たちは勝てない。理解してくれたまえ」


 クレアは強い。

 精霊剣への適性が一般の兵士たちを遥かに凌駕している。その高スキルは百人力といっても差し支えないだろう。

 だが百人では万を超える敵には勝てない。精霊剣もまだ生産が始まったばかりで、とてもではないが数が揃っていない。残念ながら、準備が足りなかったのだ。


「会長、どうするんですか?」

「もともと、オリビアが現れる時期にヨウ君のところへ訪問する予定だった。ここは彼の言葉に甘えることとしよう」


 バルトメウスは立ち上がった。

 

「金はある。そして我々はアンデッドだ。何、問題ない。リービッヒ王国南の荒地を少々貸して頂こう」


 執務室の扉を開け、近くにいたアンデットたちに向け声を放つ。


「これより、ロンバルディア神聖国を経由して、我々はリービッヒ王国への亡命を行う。急げっ! もたつけば討伐軍に追いつかれるぞっ!」


 後日、アレックス国王率いる魔族討伐軍がスツーカを占領した。

 そこに、魔王バルトメウスたちはいなかった。



 ――ロンバルディア神聖国にて。


 魔王バルトメウス領を占領したグルガンド王国第三軍は、すぐに北西のロンバルディア神聖国へと進路をとった。

 無論、この度の軍は魔族と戦うために創り上げたものだ。人類国家であるロンバルディア神聖国を占領するつもりなどない。本当に戦うべき相手はその北、アストレア諸国魔族国家やシェルト大森林クラーラ領であり、ここはただの通過点だ。

 

 とはいえ、大陸の諸国家にグルガンドの威光を示す機会でもある。大軍を整列させ、大通りを進んでいた。

 大した戦力を持たない田舎国家にとって、大軍は恐怖以外の何物でもない。大衆は緊迫した面持ちで軍を見守っている。


 そんな政治的な背景を理解しながらも、アレックス国王――もといその肉体を奪ったカルステンはどこか上の空だった。

 カルステンはぼんやりと馬の上から周囲を眺めていた。そして、先ほどから気になって仕方ないことを隣の兵士に問いかける。


「あの石像はなんだ?」

 

 カルステンが指さしたのは、精霊剣のようなものを構えた男の石像だった。まるで神か何かのように崇められているらしく、この国のいたるところに建っていた。


「は、国王陛下。あれは勇者イルデブランド様の石像であります」

「はぁ?」

 

 思わず、アレックス国王らしからぬ返答をしてしまった。石像が全く似ていなかったからだ。

 ごほん、とわざとらしく咳払いして誤魔化す。


「なぜイルデブランドの石像が? ここは彼の生誕の地か何かか?」

「この国では創世神様、そしてその使徒たるイルデブランド様が崇拝されているのです。魔王殺しの英雄ですからね」


 カルステンは思い出した。かつてお姉さんの側に寄生虫のようにまとわりつき、その愛情を一身に受けてきた気弱な男の事を。


(魔王を倒したのは僕なのに……。人間ってやつは、どうしていつもこう……)


 ふつふつと、怒りが沸き上がってきた。

 

 それは、想い人を奪えなかった怒りか。

 手柄を横取りされた恨みか。

 はたまた、気弱な男にかつての自分を重ねたのか。


「壊せ」


 気が付けば、そう言っていた。


「国王陛下?」

「イルデブランド伝説など迷信だ。そのようなたわごとは百害あって一利なし。この国を正しく導くために、少し荒治療が必要。あの男の像を破壊するのだっ!」

「しかし国王陛下、この国は人類国家。みだりに破壊活動を行うことは、外交上問題がっ!」

「王命であるっ! あの目障りな像を破壊しろっ!」


 国王としての言葉ではあるが、周囲の軍人たちは動こうとしなかった。

 グルガンド王国正規軍は規律の行き届いた軍人たちの集団である。他国の物や民間人をむやみやたらに傷つけたりはしない。

 その上に立つ将軍たちは多少なりとも政治を理解する者である。彼らは必死にアレックス国王を宥めようとしている。

 だが、その外で何人かが石像に近づいていった。


「へへへっ。あれを壊しゃいいんだろ? さっきから何文句垂れてんだよ」


 アレックス国王の治世下で、貧困街は消滅した。しかしその場所が消滅しても、そこにいた犯罪者たちや浮浪者たちがいなくなったわけではない。

 彼らは軍の兵士として雇われたのだ。

 かつてモーガン公爵によって徴兵されていた者たちの穴を埋めるため、アレックス国王肝いりで用意された代替人員だった。


「うるぁああああああああああああああっ!」


 彼らに躊躇などない。外交とか政治などは分からないし、そもそもグルガンド王国の事を愛してるとか忠誠を誓っているとかそういった感覚すらない。

 石像は首から真っ二つに折れてしまった。


「な、なんてことをっ!」


 固唾をのんでその様子を見守っていた市民たちは、悲鳴にも近い声をあげた。


「後ろの方にも像があったな、俺が壊しにいくぜっ!」

「イルデブランド狩りだああああああっ! 野郎ども、俺に続けっ!」

「おい、そこの女。死にたくなかったら、像のある場所を教えろや」


 一部の兵士たちが、まるで犯罪者のように動き回っている。カルステンは像が破壊さえできればいいので、止めようともしない。


「お、お前たち、止めんかっ! 誰か、あの男どもを止めろっ!」

「な……なんてことを」


 正規軍人たちは一斉に制止させようとした。しかし、すべての男たちを捕らえることは不可能に近かった。

 大通りの混乱は、しばらくの間ずっと続いた。



 ロンバルディア神聖国、中央大神殿にて。

 中央大神殿の一室には、この国の政務を担う高級神官たちが集まっていた。むろん、その中には帰国したローザリンデも含まれている。


 他国の軍を招き入れることに、反感がなかったわけではない。しかし常備軍が5000人を切る神聖国において、完全武装約3万人のグルガンド王国軍は巨象そのものだ。ひとたび敵となれば、きっとなすすべもなく蹂躙されてしまうだろう。

 ゆえに、通行を許可した。この判断自体は間違っていない……はずだった。


 神官たちが口を開く。


「グルガンド王国軍は何を考えておるのだ?」

「あの野蛮な兵。あれは浮浪者か犯罪者の類ではないか?」

「我らの国を食い物か何かと勘違いしているかのような無礼。何が魔族だ、何が聖戦だ! 我が国を併合する魂胆なのでは?」

 

 ローザリンデは祈るように両手を合わせた。

 イルデブランド像を壊して回るグルガンド王国軍の蛮行は、すでにローザリンデたちの耳にも入っていた。神をも恐れぬ所業だ。

 しかし大軍を持つ大国に表立って逆らうことは難しい。バルトメウス領が併合された今、グルガンド王国は隣国なのだから。

 身近に迫る、グルランド王国軍の狼藉。不安は増すばかりだった。


「ヨウ様のところに逃げられたら、どれだけ幸せか」


 と、つい国主に相応しくない弱音を吐いてしまった。ローザリンデはすぐに首を振り、否定しようとした。


「それは素晴らしい」


 しかし、神官たちは全く予想外の返答をした。


「ヨウ殿は西方大国との繋がりもある。大巫女様が訪問している、ということになれば、野蛮なグルガンド王国へのけん制になりますな」

「そもそも世界の魔族を相手にするなどあまりに無謀。大国のグルガンドや西方大国は良いが、挑発を受けた魔族たちと国境を接する小国の事を考えていただきたい。魔族に寛容と噂されるヨウ殿の仲介を経て、我々も戦争の先の布石を打ちましょう」

「流石は大巫女様。慧眼です」


 ローザリンデは全くそのつもりがなかったのだが、神官たちはこの提案を気に入ったらしい。

 言われて考えてみると、確かに悪い案ではないように思える。少なくともこのまま泣き寝入りするよりは、よっぽど有意義だ。 


「これが国のためになるのなら……」


 こうして、ローザリンデは秘密裏にリービッヒ王国へと向かうこととなった。


ここからが世界大戦編になります。

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