ぞくぞく魔族
魔王イルマの来訪から一週間後。
あの時、なぶり殺しか奴隷かと問われた俺は……屈してしまった。奴隷になるということで、生きながらえてしまったのだ。
いや確かに、王国を復興させたいとか魔族を倒したいとか漠然と考えてましたよ。でも俺死にたくないし。転生じゃないから、転移だから! 死んだことないから怖いんだよっ!
というわけで、俺は魔王の奴隷になってしまった。
今はまだ雌伏の時。きっかけが見つかればすぐにこの状況から脱出し、必ずや魔王を追い出して……もとい倒してみせる。
と、自分を奮い立てつつ内心ではびくびくして過ごしていたが、特に大きな変化見られなかった。
魔王は公爵令嬢と身分を偽りこの領主の館で暮らすこととなった。魔王の副官を名乗るマティアスという魔族は、その執事役。
時々、思い出したように俺をいびったりするが、それだけだ。この土地の人間を殺しまくったりとかそういうつもりだったのなら、その時は今度こそ本当に俺が全力で止めていただろう。
それくらいの正義感はある。
ただ今は、緊張して損した。
「おい、人間。暑い。扇を持て」
「は、はい、イルマ様」
くううううううっ! この領主まで上り詰めたスーパー成り上がりの俺様が、まさかこんな小娘のお世話をすることになるなんて。屈辱&屈辱うううっ!
ゆるさーん! 絶対に許さんぞおおおっ!
「……じわりじわりと嬲り殺してくれるわー」
「人間、何をさっきからブツブツと呟いている。恐怖で頭がおかしくなってしまったか?」
はっ、まずい。怒りのあまり心の声が表に出てしまっていた。お……俺はとんでもないことを口走ってはいなかっただろうか?
「はいぃ、イルマ様を称える歌を考えておりましたぁ」
「それは殊勝な心掛けだな」
魔王イルマはさして気にする様子もなくそう言った。
ふっ、所詮は『力』なんて二つ名を付けられた脳筋魔王。いつか俺の知略で出し抜いてくれるわ……。
ま……まあ、今は雌伏の時ということで。
「……ん、この絵本は?」
そう言って、イルマは机の上にあった本を取った。
それはアレックス将軍からもらった『勇者イルデブランドの冒険』。勇者イルデブランドが聖女オリビアとともにイルマたち魔王をボコボコにする話である。
「あ……ああ、イルマ様、その絵本は……」
無言のまま、イルマは例の絵本を読んでいる。
ま、まずいぞ。あの絵本って確か、イルマが理性のない怪物みたいに描かれていたはずだ。
「……人間は、自分たちに都合よく話を改変するんだな」
「はいいいいい、イルマ様の描写がおかしいですよね! そうですよね!」
「そちらの話ではないんだがな」
「……?」
何の話だろう。
とりあえず、イルマはもう絵本に興味を失ったらしく、ソファーの上に放り投げた。
「くくく、人間。いいものをやろう」
そう言って、イルマは隣に控えていたマティアスから何かを受け取った。
メガネのようだ。
「魔具、〈賢者の魔眼〉。このメガネ越しに相手を見れば名前、種族、戦闘力が一目瞭然になる」
「は、はぁ。ありがとうございます」
なんだこいつ。レアアイテムくれたぞ。
試しに俺はそのメガネを装着してみた。イルマの隣にいたマティアスへと目を合わせる。
マティアス。
種族、ヒューマンデビル。
戦闘レベル99999。
これは……いわゆるスカ〇ター的な奴らしい。ちなみにマティアスさんの戦闘レベルはぶっちぎりでカンストしているようだ。やばいよ……やばいってこの人。
イルマに至っては眼鏡の映像にノイズが走って何も見えない。カンストを超えるカンストなんだろうなきっと。スカ〇ターだったらぶっ壊れてるパターンか。
「我が傘下の魔族たちの力。その魔具をもって知るがいい」
と、魔具を身に着けた俺を見てイルマは言った。
……? 何言ってるんだこいつ? 敵地まで魔族を見てこいってことか? 一人で行った殺されちゃうぞ?
「あ……ああ……」
とあいまいに言葉を濁し、俺は部屋から出ていった。
魔王イルマの人を馬鹿にしたような笑いが気になったが、とりあえずもらえるものはもらっておくことにしよう。
部屋を出て、廊下を歩いていた俺は……気がついてしまった。
「え……?」
廊下を歩くあの執事も。
モンロー。
種族、ダークエルフ。
戦闘レベル6500。
「あ……?」
あの商人も。
アルフォンソ。
種族、ゴースト。
戦闘レベル4300。
「う……ぁ……」
あの兵士も。
アドニス。
種族、アイスドラゴン。
戦闘レベル。15000。
みんなみんな、魔族じゃないかっ!
「ひっひぃ……」
今、俺だけが気づいているこの異常。
このムーア領には猛烈な勢いで魔族が結集している。魔王傘下の魔物たちが、いつの間にかこの館に数多く紛れ込んでいるらしい。
ど、どういうことだ? イルマやマティアスは人間っぽい姿をしているが、他のやつらまで全員人型魔族だなんてどう考えてもおかしい。何か幻覚魔法のようなものを使っているのか?
「や、ヤバイってムーア領。魔族いっぱい」
ぜ……全然気がつかなかった。なんだか最近、いっぱいいろんな人が来ててこの街も発展したなー、としか思っていなかった。
こうして俺が驚いて恐怖を覚えることこそ、イルマの目的なのだろう。あの女はひどいサディストだからな。まあ……出会った時からなんとなく分かっていたけど。
「こらあああああ、アンドレアっ!」
階段の下からサイモンの怒鳴り声が聞こえた。下を覗くと、そこには彼と若い執事がいた。
ああ……アンドレア君か。
気弱そうなこの執事は屋敷内の掃除を担当しているのだが、その不器用さから時々花瓶などを割ってしまうんだ。
あの子、またやっちゃったんだな。俺も注意したんだけど、何度言っても治らないんだよな。またサイモンに怒られて、なんだかかわいそうになってきた。
名前、アンドレア
種族、鬼
戦闘レベル。45600。
いやああああああああああああああああああああああっ! え、なにこの人めっちゃ強いんですけど? 俺、この人の肩叩いちゃったことあるんだけど、え? え? やばい? 俺殺されちゃうの?
「この館はアニキのもの。花瓶一つ一つを大切に扱って貰わないと困りやすで」
「は……はい……」
サイモンに怒られるアンドレアは、まるで叱られた子供のようにプルプルと震えている。
……いや、違う。これ怖くて震えてるんじゃなくて、怒りに震えてるんだよ。我慢してるんだ……。
や、やべえよこの人。怒りが抑えられなくて……鬼の角っぽいやつ見えちゃってるよ。
「サイモオオオオオオン!」
俺は大声で止めに入った。
「あ、アニキ。こいつ、先輩に対する態度がなっていないでやすね。大丈夫 躾ときやすから」
「そそそ、そのお方は公爵令嬢様の関係者らしいから、ててててて、丁重に扱え」
「は? 何言ってるでやすか? 嘗められたら終わりですぁ」
やめろおおおおおおおおおおっ! その魔族はお前のレベル1000スキル付き武器使っても倒せないぐらいのレベルなんだ。
「まあ、アニキの言葉なら……」
でも一応領主である俺の言葉。サイモンはしぶしぶといった様子ではあるが従ってくれた。
立ち去るサイモン。そして震えるアンドレアは、そのままそっと顔を俺の耳に近づけそして……。
「命拾いしたなぁ、人間よぉ。イルマ様の命令でなければ、八つ裂きにして食っておるところだった……」
暗く、地の底から響いてくるかのような怒りを孕ませたその囁きは、俺は恐怖させるのに十分だった。
ひ、ひぃ、……もうやだこの領地。俺は王都の冒険者ギルドに戻りたい……。あの頃の適当に魔族倒して周りに褒められてた時代に戻りたい。
ここからが魔王奴隷編。
とうとう……このペースがしんどくなってきたかもしれないです
次以降、1.5日ペースに移行するかも。
※7月10日、絵本の話を追加。