王国兵士の猛攻
グルガンド王城、玉座の間にて。
兵士に取り囲まれた俺。すべてはアレックス将軍に肉体転移を果たしたカルステンの謀略。
俺は魔具を渡すつもりはないし、自らが魔族であるというつもりもない。一方で兵士たちやコーニーリアス宰相も、まさかこの大軍をもってしても俺が従わないとは思っていなかったらしい。どうしていいか戸惑っている様ですらある。
結果、どちらも動きを止めたまま小康状態が続いた。
「やれ」
奇妙な膠着状態を破ったのは、玉座に座っていたアレックス国王――もといその肉体を奪ったカルステンだった。
「大軍を目にして、逃げようともしないこの危機感のなさ。『愚かな人間』と私たちを嘲る魔族たちそのものだ。前線に立つことの多かった私なら分かる。奴は魔族、もしくはそれに組する者だ。遠慮はいらん、当初の予定通りだ」
アレックス国王は腰に掛けた剣の抜き、天上に掲げた。
「魔族は敵だっ! 殺せっ!」
国王の号令を聞き、兵士たちの殺気が増した。始まってしまう。俺とこいつらの……凄惨な戦いが……。
俺はクレーメンスの大軍に一人で突っ込んでいった男だ。こんな兵士たちが何人いてどんな攻撃をしてこようが、完全に防ぎきる程度の魔具を持っている。
だが、強引に突破口を開くためには、確実に何人かを殺さなければならない。
殺す。
俺は今まで魔族を何度も殺してきた。奴らは常日頃から俺の敵だったから、そのこと自体に良心の呵責を感じたことはない。
だがこいつらは人間だ。それも、カルステンのせいで俺と戦わざるを得なくなった……そんな同情できる兵士たちだ。
何の罪もないこの男たちを殺すのか?
リーザやローザリンデは俺をどんな目で見るだろうか? もしかすると藤堂君やサイモンの知り合いがいるかもしれない。下手をすると、ムーア領で一緒に戦った奴らも混ざっている可能性もある。俺は……許されるのだろうか?
一瞬の逡巡。先に動いたのは、兵士たちだった。
隊長格の兵士が剣を構えると同時に、他の兵士たちも一斉に俺へと剣を向けた。こちらに駆け寄ったりはしてこない。
ただ、兵士たちは一斉にこう言った。
「アクセルっ!」
は?
この……言葉は?
この……剣は?
なんで? だって、魔王バルトメウスは、まだ技術供与をしてない……はず……。
「コンバート・エクスプレッション!」
思い出した。
あの剣はアースバイン帝国で生み出された。だけど、その技術を生み出したのは、シャリーさんと…………カルステン自身じゃないか!
奴ならアースバインのアンデッドを経由しなくても作れる。
精霊剣をっ!
既知のあらゆるスキルを扱うことのできる剣。そのスキルレベルは精霊の密度に影響し、本人の技量とは関係ない。大抵は、高レベル化する。
「〈風竜の牙〉っ!」
総勢百人以上。おそらくはレベル100を遥かに超える威力のスキルが、一斉に俺へと襲い掛かった。
四方から押し寄せる風の刃。避けることなどできるわけがない。
「ぐ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺は死ぬほどの攻撃を受けた。
ダメージ換算で言えば、何度も死んでいる状態だ。魔具、〈身代わりの宝石〉がなければ、俺の命はここで潰えていただろう。
「そんな……ヨウ様。私たちの……救世主様が……こんな……」
ローザリンデは涙を流し流しながら地面へと崩れ落ちた。あれだけの攻撃だ、俺が死んだと思ってもおかしくない。
「お前たちいいいいいいいいいいいいいいい、よくもよくもよくもリィのご主人様をっ! 絶対に許さない! 殺してやる、お前たち全員皆殺しだ! 男はペットにして女はみんな魔族に売り飛ばしてやるっ! 西方大国10万の軍勢で、この国を砂漠になるまで蹂躙してやる!」
リーザの苛烈な物言いとは裏腹に、その表情は涙で歪んでいた。
殺し切れなかったスキルの衝撃に、わずかなめまいを覚えながら立ち上がる。
「ヨウ様っ!」
「ヨウっ!」
リーザたちに構っている心の余裕はない。
自分の情けなさに反吐が出た。
人間如きが、俺に敵うはずがない。
そんな雑魚魔族が言いそうな糞ったれな台詞を真剣に思い浮かべてすらいた。人間の弱さを、一緒に戦ってきた領主として誰よりも知っていたからだ。
それが、このざまか。
迷って、追い詰められて、絶望してる。
おまけに女の子たちまで泣かせている。
「アクセルっ!」
第二波が来た。
あと3回はくらっても平気だろう。だがそれ以上は真剣に命に係わる。というかこの身代わり魔具は来るべき決戦のために用意したものだから、こんなところで無駄に消費するわけにはいかない。
殺すか?
もはや躊躇なんてしてられない。俺には俺の目的がある。〈グラファイト〉を制し、あの世界で失ってしまったものを取り戻すためにも……。
良心は忘れろ。
冷静になれよ、俺。
俺もたまには、敵から学ぶべきなんだ。
たとえば、そう、クレーメンスなんかがそうだ。
奴は保身のためにモーガンを犠牲にした。卑怯なまでに自らの利益を追求し生きながらえる奴の行動を、少しは見習ったらどうなんだ?
目的のためには犠牲が必要だ。そろそろ俺も、覚悟を決めるべき時が来て――
待てよ、クレーメンス?
クレーメンス、だと?
その瞬間、俺に天啓が舞い降りた。
あった。
この場を収める可能性のある、方法が。
俺は〈隠れ倉庫〉で取り出したその魔具を、すぐに使用した。
「控えろっ!」
怒声に、兵士たちは一瞬にして静まり返った。
「余を誰と心得る! この国の真なる統治者。国王である!」
先代グルガンド国王、クレーメンス。長い白髪を伸ばした老人だ。
俺は魔具、〈幻惑の鱗粉〉を使い先代国王クレーメンスに化けたのだ。もともと鎧と兜で全身を隠していたわけだから、『兜を外して正体を現した』風の演出をすることは容易だった。目の前で化けたことすら気が付かれていないだろう。
「モーガンの追撃を逃れ、リービッヒ王国のヨウ殿のもとに逃げていたのだ! 今日はヨウ殿の姿で身を隠し、会議の時に正体を明かすつもりであった。にも拘わらず、この謂れのない攻撃はなんだっ! グルガンド王国はいつから卑怯者の国になったのだっ! 答えよ、アレックスっ!」
先代国王、クレーメンスはこんなに饒舌ではない。しかし今は命を狙われて怒ってるという設定だから、この対応は問題ないだろう。
「お……おお……」
「陛下……まさか陛下なのですか?」
「生きておられたのですね」
この世界で、クレーメンスの正体は発覚していない。
未だ魔王クレーメンスはモーガンに騙されていた悲劇の王扱いなのだ。行方不明になった今でも、その人望は衰えていない。
無論、統治者として優秀であったカルステンの手腕は高く評価されている。先代グルガンド国王が有能だと思っている者は少ないだろう。また国を治めるという話になれば、反発は避けられない。
しかし王族とは全く無縁の血筋であるアレックス将軍と比較して、クレーメンスは王家の血を引く(ということになっている)。あまり無下にできない人材なのである。
俺のもとに、昨今のアレックス国王が不自然であるという情報は届いていない。藤堂君からもそんな話は聞いていない。
つまり、カルステンは今までずっとアレックスを演じてきたんだ。今更、彼が絶対に行わないような行動はしないだろ?
なら、分かってるよな? こういうとき、あのアレックス国王がどんなことをするか。
アレックス扮するカルステンは、その身を震わせ感動を演出した。
「お……おお……陛下、よくぞご無事で」
カルステンは、俺に跪き臣下の礼をとった。
この瞬間、戦いは決した。
アレックス国王はクレーメンスを慕っていた。偽りの王として君臨していたカルステンは、その設定を無視することができなかった。
慎重で臆病な奴の性格が幸いだった。
俺は命の危機を乗り越えたのだ。
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