王国の影
グルガンド王国、到着。
この間バルトメウス会長と通りかかったのは、首都とは程遠い街道の一つだった。だから、こうして城下町を歩くのは、クレーメンスを倒して以来ということになるだろう。
まず関所が正常に機能していたことに驚いた。クレーメンス時代なら 外国からの使節と分かったら問答無用で金をせびられていただろう。
ちらりと見たが、貧困街への裏道が消失してる。この世界でクラーラと出会った『黄昏の小道』のような場所はもう存在しないのかもしれない。
まあ、分かりやすく言うととても良くなっている。これ以上の表現はないくらいにだ。
「これがグルガンド王国、ですか。ずいぶんと人が多いです」
ぼんやりと馬車の外を眺めるローザリンデ。ロンバルディア神聖国はあまり大国とは言えない、田舎国家だ。この活発な人の往来が新鮮なのだろう。
「思ったよりもずっと人がいるわね」
名前の通り西の強国――西方大国女王であるリーザが褒めたたえるのだから、この発展ぶりは本物だろう。
「城ではどのようなもてなしをされるのでしょうか? 私、期待と不安でどうにかなってしまいそうです」
「料理や誉め言葉なんて超退屈。リィは技術や関税に関する話の方がずっと……」
城でのことについて、いろいろと話こんでいる二人。大国への訪問というイベントを前にして、これまでのいがみ合いは一時休戦といったところだと思う。
さて、と、俺は。
「すまないが二人とも、先に行っててくれ。俺は少し寄るところがあるからな」
俺は馬車から降りて、すぐに駆け出した。
すでにリービッヒ王国からの従者にはこの事を話してある。彼らは俺がグルガンド王国出身であることを知っているため、抜け出すことを快諾してくれた。
「あ、ヨウっ」
「ヨウ様っ」
俺は二人から離れ、目的の場所へと向かっていった。
町の活気が変わったと言っても、建物や大通りの配置が変化したわけではない。俺は記憶を頼りに目的の場所へと到着した。
向かった先は、冒険者ギルドだった。
両開きの扉を開くと、そこには見慣れた光景が広がっていた。
テーブル周りで談笑している冒険者たち。
コルクボードにはクエストの依頼用紙が貼られている。ここから見る限り、あまり依頼が多いとは言えないだろう。
そして、俺は受付へと目を移す。
いた。
タイミングが良かったな。
「Sランクの俺がですか?」
「大きなクエストはありませんからね。よろしくお願いします」
「そうですね」
ゆっくりと近づき、手を軽く振った。
「久しぶりだな、藤堂君」
「先輩」
ギルドの受付嬢と話をしていた少年が、こちらを向いた。
今回の世界の俺、藤堂君だ。
俺のあげたスキル付きの武器は未だに持ってるみたいだ。まああれ、優秀だからな。
「ずいぶんと活躍してるみたいじゃないか。Sランク冒険者? もう俺を超えてしまったんじゃないか?」
「またまた、変なこと言わないでくださいよ。ギルドの中に魔王倒せる人間なんていないですから。先輩は特別ですよ」
おどける藤堂君。笑う俺。
魔王を倒す、なんて話が本当に周りに知れてしまったら、それこそ大パニックだろう。しかし、冒険者や受付嬢はこの件を冗談だと受け取ったらしい。少しだけ笑い声が聞こえた。
俺と藤堂君は、そっと人気のないスペースへと移動した。
「今日はどうかしたんですか? ひょっとして、例の世界会議絡みで? 先輩、もう国王なんですよね」
「まあ、そんなところだな」
「うわ、ほんとすごいですよね。会議とか、ホントお偉いさんって感じですよね。俺が俺じゃないみたいです」
「ははっ、なんだよそれ。……と、それよりそっちはどうだ? この国、ずいぶんとよくなってるように見えたけど」
「アレックス国王、優秀ですね」
藤堂君は窓の外を見た。そこには、活気に溢れる街の大通りが映っている。
「あのモーガン公爵がいなくなってから、いいことばかりです。犯罪者がいなくなって、軍に徴兵されてた人たちが戻ってきて。この前も、前国王時代の役人が何人か捕まってました。なんでも税金を横領したとか」
「……へぇ」
ちゃんと国王やってるんだな、アレックス将軍。
あの人、心の中では国王嫌がってると思うんだけどな。俺みたいな国王押し付ける人間がいないから、まじめに王様やる気になっちゃったのかな?
カルステンのせいでここを追い払われ、ずっと気になっていたからな。
……と、そういえば。
「念のため聞いておくけど、魔王カルステンと会ってたりしてないよな?」
「魔王? 会ったことないですけど、どんな人ですか?」
俺は藤堂君にカルステンについての説明をした。
「うーん、全然会った記憶ないですね。俺もギルドに顔が利くようになったんで、捜索依頼を出しておきましょうか?」
「いや、余計なことをしないでくれ。逆に目をつけられたら危険だ」
奴は臆病だからな。こんな些細なことでも、ばれれば殺されてしまう危険すらある。
そろそろここを立ち去ろうか、と思っていたちょうどその時、こちらに近寄ってくる人物に気が付いた。
冒険者だ。
「た、助けてくれよ藤堂さん。俺の仲間だけじゃあ、シーサーペント相手はきつ過ぎて……。あんたの力が必要なんだ」
禿げ頭の冒険者は泣き顔で藤堂君に飛びついた。
「仕方ないなぁ、分かった。俺も一緒に行くよ」
やれやれ、とでも言いたげに手を振りジェスチャーする藤堂君。こういうことは日常茶飯事なのだろうか。
「いや、すまなかったな。なんだか本当に忙しいみたいで……」
「いえ、なんだか最近ろくなクエストがなくて。だからか知らないですけど、皆俺を頼ってくるんですよね。暇なの知ってるから。でも、だからと言って先輩のことを無視したりなんてしませんから! いつか必ず、声をかけてください。力になりますから」
「ありがとう」
この世界の俺は本当にいい奴だ。
良くも悪くも、このグルガンド王国に俺の居場所はない。ムーア領はイルマの領地で、このギルドは藤堂君のテリトリー。王城のアレックス国王やコーニーリアス宰相は、俺のことを知らない。
少し寂しい気持ちになりながら、俺は冒険者ギルドを後にしたのだった。
藤堂君と別れた俺は、すぐに王城へと向かった。
正直なところ、城は窮屈であまりいたくない場所だ。モーガンやクレーメンスのことを思い出すから、気分もよくない。
しかしだからといって、無視してばかりはいかない。俺は国王なのだ。王として、城に出向き、要人と会話し、もてなされることもまた仕事。
「リービッヒ王国国王、ヨウだ。招待状はここに」
城門を守護する兵士たちに、招待状を渡す。
「はっ、確かに確認いたしました」
礼儀正しく一礼をする兵士。手慣れたものだ。リーザやローザリンデも同じように対応されたのだろうか。
「こちらでございます」
俺を誘導する兵士。
ま、案内されなくてもどこに何があるかは知ってるんだがな。辺に詳しいことがばれてしまったらそれはそれで問題だろう。ここは素直に案内されるのがベスト。
大理石の柱が並ぶ通路を歩きながら、俺はこれからのことを考えていた。
国王としての俺は、領主としての俺とは違う。
アレックス将軍、コーニーリアス宰相、そして他の貴族たちが俺をどんな目で見るだろうか? それは少し楽しみだった。
『ムーア領領主、ヨウ!』とか名乗ってしまったらどうしようか? 周りの人たちに白い目で見られるのは必至だ。まさか領土への野心を疑われたり……。
鎧姿で大丈夫かな? まあ、武術大会優勝した王だって向こうも知ってるわけだから、それぐらいは十分許容範囲内である……と思いたい。
ああ……なんだか不安になってきたな。リーザたちと一緒に入場しておけばよかった。一人って気軽なようで不安だな。
などとあれこれと考えていたら、いつの間にかずいぶんと進んでしまったらしい。
「こちらです」
兵士が扉の前で立ち止まった。
この扉の先は、玉座の間だ。
いよいよ、か。
そもそも俺は田舎の国王なのだ。ちょっとぐらい礼儀がなってなくてもそれは当然のこと。手紙だって『会いたいです歓迎します』って感じだったし、喜ばれて当然なのだ。
ええい、何を悩む必要がある!
俺は国王ヨウ! 胸を張って前に出るんだ!
腹を括る!
いくぞ!
扉が開き、そして――
俺は、兵士に突き飛ばされた。
「な……おいっ!」
本当に、突然だった。俺は部屋の中で倒れこむという無様な体勢を晒してしまった。
振り返り抗議しようとするが、すぐに扉を閉じられてしまった。
そして、顔を上げたとき……新たな事実に気が付いた。
「は……?」
兵士が、いた。
一人、二人ではない。この玉座の間、ちょうど俺の立つ位置を取り囲むように兵士たちが剣を構えている。この広い玉座の間で多少距離を取っていることもあり、兵士たちは100人以上だ。
あり得ない。
こんなこと、前回の世界では一度たりともなかった。
「立つのじゃ!」
玉座の隣に立つブクブク太った男――コーニリーアス宰相が声を上げた。その隣で座る白髪交じりの中年男性――アレックス国王は、その鋭い視線をこちらに向けている。
「怪しげな魔具を使い、国王として成り上がった不審者めっ! 貴様が叡智王カルステンの支援を受けていることは知っておる! すべての魔具を国王陛下に献上し、己の罪を懺悔するのじゃ!」
「……なっ」
俺が、カルステンの仲間? 何の冗談だ?
「ヨウ、逃げてっ!」
「ヨウ様、これは罠ですっ!」
リーザとローザリンデは、部屋の隅に立っていた。
囚われている様子ではないが、兵士たちが周囲を固めているためこちらまで来ることは難しい。
なんだ……これは?
世界会議はどうしたんだ? コーニーリアス宰相はなぜあんな勘違いを? アレックス国王は……何を考えて。
え……。
嘘、だろ?
どうして、こんな……ことに……。
…………。
…………。
…………。
混乱はしていた。
だが、いつまでも思考不能のままではいられない。
俺は瞬時に心を入れ替える。
頭が冷えてきた。
そうか。
なんとなく、分かった。
俺は罠に嵌められたんだ。世界会議なんて嘘、もしくはあったとして初めから俺を呼ぶつもりなんてない。
誰かが、国王や宰相に言った。俺と魔王の関係、そして魔具を持つことの意味、俺が敵であると。
罠に嵌めたのは、俺の敵。
誰だ?
西方大国のサキュバスみたいに、クレーメンスの残党か?
それとも、カルステンが〈幻惑の鱗粉〉で誰かに化けているのか? それなら俺の〈叡智の魔眼〉が反応するはずだから、ここにはいないってことになるのか。
ここにいるとすれば、クレーメンス配下の高位魔族が人化しているって線が濃厚だ。ここに誰もいなければ、裏でカルステンが操ってるかもしれない。
そんな状態だろう。
やっかいなことになったな……。
俺は〈隠れ倉庫〉から魔具、〈賢者の魔眼〉を取り出した。この魔具は対象の名前、種族、強さを調べることができる。
俺はメガネ型の〈賢者の魔眼〉を身に着け、周囲を見渡した。
「…………っ!」
俺は今度こそ、驚きのあまり心臓が止まりそうになってしまった。
この魔具を、当てにしていたわけではなかった。
カルステンならばここにいない。クレーメンスの残党であれば、慌てるほどには強くない。つまりこの魔具を使ったところで何か重大な事実が発覚するわけではない。
そう、思っていた。
俺が彼を視界に収めたのは、偶然だった。
彼を疑っていたわけではない。むしろ信じてすらいた。騙されることがあったとしても、それは武官ゆえの気性の粗さが裏目に出てしまった結果なのだろうと、勝手に思い込んでいた。
俺が〈賢者の魔眼〉で覗き込んだのは、玉座に座るアレックス国王だった。
カルステン。
種族、人間。
戦闘レベル、1505。
一瞬、魔具が故障したのかと思ってしまった。
しかしすぐに、記憶を辿る。
そうだ。
俺は前に一度、これと似た表示を見たことがある。そう、あれは前回の世界での魔王会議の時、初めて叡智王カルステンと会った時だ。
奴はイルデブランドの肉体を乗っ取っていた。だから弱々しい彼の体を受け継いで戦闘レベルは1だったし、種族は人間になっていた。
つまり……奴は……
――やあ、僕だよ、カルステンだよ。
目の会ったアレックス国王の唇が、そんな言葉を紡いだ……ような気がした。
魔王カルステンはアレックス国王に肉体転移した。
やつは、ずっとこの王国にいたんだ。