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???「男の方から誘ってきた、冤罪! リィは悪くない」


 俺たちは世界会議のためグルガンド王国へと向かった。

 馬車はそれほど速くないものの、街道が整備されているため障害物は少ない。護衛は少数精鋭であり、大軍隊の移動みたいに余計な時間がかかることはないだろう。

 俺の見通しでは三週間以内にグルガンドへ到着するはずだ。

 

 馬車は揺れるが、自分で馬を走らせるよりはかなり楽だ。

 俺とリーザは二人きりの空間で、彼女といろいろな話をした。


 移り行く景色。

 大きく揺れた馬車。

 足止めされた関所。

 

 今までずっと、一人で馬や徒歩で世界各地を移動してきた俺だ。こうして何の労力もなく人と話しながら移動をするのは新鮮な気分。

 軽く旅行気分だ。


 だが景色が変わっても、中にいる人間が変化するわけではない。やがては口数が少なくなり、俺はぼんやりとしていることが多くなったと思う。


 出発して一週間ぐらいたった頃だろうか。


「リィはずっと我慢してます」


 突然、リーザはそんなことを言った。

 なぜか丁寧語だった。


「そろそろわがままの一つぐらい叶えてくれてもいいんじゃないかと思います」

「うん」


 リーザは背後からあるものを取り出した。

 なんだか最近こそこそ準備をしていたのは知っている。

 四角いトレーだ。容器には砂のようなものが敷き詰められている。


「ここにトイレがあります」

「うん、それトイレじゃないから」

 

 それペットのトイレだろ(しかも猫の)。人間のトイレじゃないだろ。


 リーザはトレー俺を目の前に置き、俺の方を向いた。


「…………(じー)」


 と、なんだか期待するような目でこっちを見ている。いや、何を期待してるのかは知っているが、俺は君の期待に応えられないよ?


 西方大国、リーザ女王は誰がどう見ても美少女である。流れるような金髪をツインテールでまとめ、短めのスカートと勲章のようなものが付いた制服っぽい服を身に着けている、そんな女の子。頬を赤く染めた彼女に見つめられること自体に悪い気はしない。というか気分が良くよくすらある。

 でも俺を見つめるその目が、なんだか血走っているように見えるのは気のせいだろうか?


「…………(ムラムラムラ)」


 ……大丈夫なのかな、この子。



 それは、ロンバルディア神聖国にたどり着いたあたりからだっただろうか。

 リーザ女王が挙動不審だ。

 妙にそわそわしていると言うか、俺のことをじっと見つめながら何かを我慢してるように見える。いや、何を我慢しているかは知っているから、そのままなんとか耐えて欲しい。


 と……考えていたのだが。

 突然、リーザに押し倒された。


「……見たいの」

「……あの? リーザ女王?」

「見たいのぉ。ヨウがペットみたいにリィに懐いてるところが、また見たいの。ねえ、どうしたらしてくれる? リィなんでもするよ?」

「え、なんでも?」

「うんうんなんでも! お金だって領地だってエッチなことだってなんでもなんでも……。だからぁ、ねぇ、もう我慢できないの」


 俺を押し倒したリーザは、そのままの勢いで体を擦り付けてきた。


「はぁ、ご主人様のにほい。くんくんくんペロペロペロ」

「ちょ、リーザ落ち着け」

「はぁはぁはぁはぁ」


 お、落ち着けリーザ女王、そして俺。いくら彼女が美少女で迫られていると言っても、ここは多くの人に護衛されている馬車。変な考えを起こしてはいけない。いけないのだ。

 体を摺り寄せてくるリーザ女王から、まるで花のような甘い香り。正直言うと、ちょっとだけ興奮した。

 いや、いいのか? 

 あ……いけないいけない。そんなことダメだって。周りの護衛さんきっと聞き耳立ててる。

 でも……でも……。


「ヨウ様っ!」


 馬車のドアが開かれ、救世主が現れた。


「会いたかった」


 巫女服を身に着けた、黒髪の少女。

 ロンバルディア神聖国大巫女、ローザリンデ。

 ちょうど迫りくるリーザの間に割り込むように、俺へと抱き着いてきた。ナイス! ちょっとなんか俺も気持ちが傾きかけてた。

 ここはロンバルディア神聖国領だ。挨拶か何かでこの馬車までやってきてくれたのだろう。


 リーザはそんな彼女の様子を呆然と見つめ、そして――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 頭を抱えてのたうち回った。

 

「あんた何様のつもりなの! リィとヨウの邪魔するなんて、信じらんない! 誰の用意した馬車だと思ってるの? 死にたいの? ねえ」


 いつも気に入った人間以外には冷たい対応することの多いリーザではあるが、今回はマジで怒っているようだった。


「あなたこそ何のつもりですか? ヨウ様はこの国の象徴たる尊いお方。ふしだらな行為は止めなさいっ!」


 ぴしゃり、と指をさしたローザリンデではあるが、そんなことで興奮したリーザを止めることはできなかった。


「リィはもう一か月も我慢してるの! 今日はご主人様からご褒美をもらう予定だったのに、信じらんないっ! 超最悪。あんたの国なんか前時代的な神権国家のくせに、よくも大国の女王であるリィに歯向かったわね。いいわ、今からこの国のスパイに命令して、革命を先導してみんなみんな殺してやるっ! 震えなさいっ、超虐殺! 誰かっ、誰か大臣を呼びなさいっ!」

「お……おい……」


 いかん。予想以上に頭に血が上っているらしい。嘘や脅しをしている心の余裕はないと思う。スパイとか本当にいそうだよな。


「我が国は創世神と、ひいてはその使いであるイルデブランド様を称える国。その生まれ変わりであるヨウ様は、当然私たちの味方をしてくれます」

「馬鹿じゃないの? 生まれ変わりなんてあるわけないじゃない。大体イルデブランドって何? 人間のくせに魔王倒したってどう考えても嘘でしょ! きっとどこかの魔族か何かと話が混同してるのよ。あり得ない、あり得ないわ。超妄想上の存在でしょ」


 おお、リーザさんいいこと言った。まったくその通りだ。魔王倒したのはカルステンでイルデブランドじゃない。その調子でもっと世界に真実を広げてくれ。


「ロンバルディア神聖国、まずは北側の都市から革命を起こすわ。リィたちの国の方が税金少ないものね。不満も多いって聞くわ。次に難民保護と治安維持の名目で軍隊を駐留させて、徐々に南側の都市に反乱を拡大させて……。グルガンドや魔王バルトメウスに連絡を……」


 え、いや……。

 待てって、まずいってこれ。話が具体的になってきたぞ。まさか本当にこの国を亡ぼすつもりなんじゃないだろうか?


 ローザリンデがちょっと青い顔をしながらリーザを見ている。彼女なりに国力の差は理解しているのだろう。 


 俺は馬車から出ていこうとするリーザの手を掴んだ。


「り、リーザ女王陛下。少し頭を冷やしてください」

「皆殺しよ皆殺し……ヨウとリィは誰にも邪魔されないんだから……」


 駄目だ。

 興奮して言うことを聞いてくれそうにない。どこで冷静になるかは分からないが、すぐに矛先を収めてくれることはなさそうだ。


 そ、そうだ……。


 俺はそっと、リーザ女王に耳打ちした。


「……ワンワン」

 

 びくん、とリーザの肩が震えた。

 効いてるぞ! そもそもこういうことして欲しくてこんな話になったんだよな?

 も、もう一息だ。 


「ぺ……ペロペロペロ」


 俺はペットのようにリーザの手の甲を舐めた。


「あふぅ……」


 リーザが変な息を漏らした。


 こ、これだけ恥ずかしいことをしたんだ。言うこと聞いてくれなかったら、泣いちゃう!


「お、落ち着いてくださいリーザ女王。これが……その、望みだったんですよね?」

「うん、わかった。止める。リィはご主人様の言うことは何でも聞くの。はぁ~」


 口をぼんやりと開けながら、リーザはその場に座り込んだ。どうやら完全に熱気を喪失したらしい。

 そして――


「庇ってもらえた。やはり私とヨウ様は運命に導かれた……存在のようですね」


 ローザリンデは何か変な意味で俺の行動を解釈したらしい。まあ、大人しくしてくれるならもう何でもいいのだが。



 波乱はあったが、その後は三人で順調に旅が進んだ。


 三人で馬車に揺られながら。

 俺たちは、グルガンド王国へと到着した。


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