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錬金術師の決断

 魔王バルトメウス会長から精霊剣の技術供与を約束された。

 これで一歩前進だ。


「その剣、精霊剣ですよね?」


 そう言ってシャリーさんが指さしたのは、俺の腰にかけられた剣。

 まあこれ、前の世界でシャリーさんが設計した剣だからな。


「この剣は、アースバイン帝国の遺跡で……」


 と、そこまで言いかけて俺は考えた。

 いつもなら、並行世界のことを隠して適当な言い訳を考えるところだ。

 だが、シャリーさんはアースバイン皇帝の関係者だ。疑似魔法だって使えるし、決して大悪人でないことは俺が知っている。

 むしろ、協力を求めた方がいいんじゃないのか?


「遺跡? それにしてはずいぶんと新しいように見えますが」

「……いや、さっき言ったことは忘れてくれ。それより、シャリーさんに見てもらいたいものがあるんだ」


 彼女には聞いておきたいことがある。


 俺は魔王カルステンの記憶を保持している。

 だからこそ、この魔法陣を書き写すことができた。

 あの日、魔王カルステンとアースバイン皇帝が共同で作り出した、〈グラファイト〉の魔法陣だった。

 急いで書いたため、詳細なところは省略してしまったが、これで俺の言いたいことは伝わるだろう。


「この魔法陣について、詳しく教えてくれないか?」

「それは……」


 ぼんやりと応えるシャリーさん。彼女もこの魔法陣を見たことがあるから、それをゆっくりと思い出しているのだろう。


「そう、確かあの日。私は陛下のところへ、行って、それ、で……」

 

 シャリーさんは肩を震わせ、その瞳孔を大きく開かせた。

 それだけではない。腹部を抑え込むシャリーさんの手が、まるで出血を抑えているかのように血に染まっていた。


「あ……あぁ……ああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「ま、まずい! 魂の崩壊が始まってしまった」


 魂の崩壊。

 シャリーさんはアンデッドとして現世に蘇った。彼女が死ぬこととなった原因は、愛する皇帝陛下に剣で刺殺されてしまったことである。

 衝撃的な記憶は彼女のショックを呼び覚まし、その力で魂が破壊される。それは魂をよりどころにするゴーストとしての死を意味している。


「シャリーっ!」


 叫び声を聞きつけたらしい女騎士が、シャリーのもとへと駆け寄ってきた。

 金髪の長い髪をリボンでまとめたポニーテール。金属質の胸当てを身に着け、大剣を背負っている。

 クレアだ。

 懐かしい。


 クレアは死にゆくシャリーを抱きかかえた。


「お姉ちゃん」

「シャリー! 一体何があったの? 体が……消えて……」


 泣き叫ぶクレア。死を覚悟したシャリー。

 その、死に至る魂を。

 

 俺は掴み取った。


 魔具、〈脱魂の指輪〉。

 この指輪をはめれば、霊体である魂を直接触ることができる。

 シャリーさんの体、その中心にある核となる魂。まるで割れたガラス細工のように崩壊しかけていたその球体を、俺はそっと握りしめた。


「ゴーストは魂の力で現世に留まる弱い生き物だ」


 ゆっくりと、崩壊が収まっていく。

 消えかけていたシャリーさんの体が、徐々にもとに戻っていった。


「遅かれ早かれ、シャリーさんはこうなっていた。少し苦しかったかもしれないが、悪気はなかったんだ。不意打ちみたいなことをしてすまなかった」


 崩壊する魂を、物理的に圧縮する。

 それが幾多の並行世界から導かれた、魂の救済法。


「わた……しは、生きて?」

「シャリーっ!」


 クレアはシャリーに抱き着いた。シャリーはそんな彼女の姿を見ながら、呆然としている。


「まったく、君にはいつも驚かされる。魂の崩壊をあのように防ぐなどという話は、聞いたことがない」


 魔王バルトメウスは深いため息をついた。アンデッドの王として。これまで何度も魂の崩壊を経験してきた彼である。この奇跡のような事態に驚きを隠せないのだろう。 

 上手くいって良かった。

 

 しばらく待って、落ち着いた様子のシャリーさんに話しかける。


「思い出してくれましたか?」

 

 シャリーさんはゆっくりと俺を見上げた。

 

「そうですね、私は……確かに陛下と話をしました。その魔法陣は見覚えがあります。あの日、見せられた大型疑似魔法……」

「アースバイン皇帝は帝国の民を生贄に捧げ〈グラファイト〉を完成させた。そしてそれは、今も続いている」


 この言葉に驚いたのは、シャリーではなくクレアだった。


「陛下が? そんなまさか……」

「お姉ちゃん、この人の言ってることはたぶん本当です」


 察しがよくて助かる、シャリーさん。


「〈グラファイト〉はアースバインと創世神との戦い。俺は……奴のところまでいかなきゃならないんだ」

「あなたは……まさか……」


 魔法陣を理解したシャリーさんだ。俺の言わんとしていることを、なんとなくではあるが察しているのかもしれない。


「あんたは皇帝に会いたい。俺も皇帝に会いたい。たとえ求める結果は違っていたとしても、進む道は同じなはずだ。俺に力を貸してくれないか?」

 

 皇帝は〈グラファイト〉を続けている。

 しかし、一度勝利した男の気まぐれだ。いつ何時、勝負が終了扱いとなってもおかしくない。

 できることなら、〈グラファイト〉以外でアースバイン皇帝のもとへと到達できる手段を開発したい。無理かもしれないが、シャリーさんにこの件を何とかしてもらえたらいいと思っている。


 シャリーさんは一瞬だけ杖を揺らしながら思いを巡らせていたようだが、すぐに決断した。


「あなたは私の命を救ってくれた。陛下は私の命を奪った。そして、私は陛下に話をしなければならない。なら、答えは決まったようなものです」

「……ありがとう」

「精霊剣の技術支援には私が行きましょう。あなたの国で、同時に魔法陣の研究を行います」


 決まった。

 ここまで上手く話が進んでくれるとは思ってもみなかった。シャリーさんに協力してもらえたらいいな、とは思っていたが、まさか俺の国までやってきてくれることになるとは。


 ただ、この件でシャリーさんがバルトメウス領から抜けることになってしまうのか……。

 俺はバルトメウス会長に向き直った。


「一応は警告しておきます。今から二か月後、会長のところにオリビアという女が現れる。そいつは『魔王の天敵』って呼ばれてて、会長のことを殺そうとする敵です」

「ああ、シャリー君の言っていた件か」

 

 そういえば、オリビアに関する統計をもってたのはシャリーさんだったな。


「私はこれでも魔王なのだよ? 最弱とはいえ他の魔族たちよりはるかに強い。その『オリビア』、などという人間に負ける気はしないのだが……」

「現代の奴は少し強いんですよ」


 この世界ではクレーメンスが死んでいないせいか、オリビアへの警戒心が薄すぎる。元人間であるバルトメウス会長であるから、自分が人間に殺される未来を想像できないのだろう。


「時期になったら俺の領地に来てください。対策となる封印術を確保してますから」

「君が言うなら、信ぴょう性はあるか。心にとどめておこう」


 なんとか理解してもらえたようだ。



 こうして、シャリーさんが仲間になった。

 俺は彼女を連れて、リービッヒ王国への帰路についたのだった。


対応話、第59部分100年前の幻影

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