助言の対価
魔王バルトメウス領、スツーカにて。
魔王会議を終えたバルトメウス会長は、自らの居城へと戻っていた。
そしてそれは、彼にずっと付いていた俺も同様だ。
そう、俺は魔王バルトメウスの従者としてあの会議に参加していた。鎧を変えて、魔族のふりをしてあの部屋でもずっと立っていた。
まさか、俺の話題で集まっていたとは思ってもみなかったがな。俺がオリビアの代わりになってたのか……。
執務室の椅子に深く腰掛けた骸骨魔王バルトメウスは、思い出したかのように顔を上げた。
「君が気にしていた魔王カルステン殿はいなかったね」
「…………」
そう。
俺は何も好き好んで魔王たちの前に姿をさらしたくなかった。一応鎧は変えていたが、何かの拍子にばれてしまう可能性すらあった。
にも関わらず、俺がバルトメウス会長に付いていったのには理由がある。それこそ、宿敵カルステンと決着をつけるためだった。
奴なら必ずあそこに来る。そう確信してのことだった。
だから正直、あそこに奴が姿を現さないとは思っていなかった。
一体何をやってるんだ? 俺の知らないところで、人造魔王に殺されてしまった……とか?
分からない。
ただ、言葉に表せない不気味さが残っている。俺の知らないところで、何か取り返しのつかない失敗が進行しているかのような……。
悩んでいても仕方ない。何もできないのであれば、この件はいったん忘れることにしよう。
「君の助言、助かったよ。パウル殿には悪いことをしたが……」
「それはよかったです」
俺は魔王バルトメウスに助言をした。
魔王イルマの性格を伝え、彼女の怒りを買わないようにと警告したのだ。
俺が直接その場にいたわけではないが、前回の世界でバルトメウス会長はイルマの不興を買ったらしい。オリビア相手に情けない発言をすればどうなるか、彼女を知る俺からしてみれば当然の帰結だ。
助言はバルトメウス会長によく働いた。もっとも、その反動でパウルさんは可哀そうなことになってしまったが。
「それで、ヨウ君。わざわざ私のところまで出向いて助言をしてくれたのだ。何か考えあってのことなのだろう?」
彼は商人だ。タダほど高いものはないことをよく知っている。これなら、交渉もスムーズに進むだろう。
「精霊剣の技術を、俺の国に伝えてくれないだろうか?」
ぴくり、とバルトメウスはその手を震わせた。俺が『精霊剣』という単語を知っていたことに驚いたのかもしれない。
「なるほど、こちらの手の内はお見通しというわけか」
「俺もいろいろと情報源がありますからね。国を強くできるなら、ぜひその技術を伝えていただきたい」
バルトメウスは顎に手を当て、深く考え込むような仕草をしている。
「……君は確かに素晴らしい助言をしてくれた。その点に関しては深く感謝している」
「……と、言うと?」
「しかし、しかしだ。その助言一つと精霊剣の技術は、少々釣り合わないのではないかね?」
目、どころか皮膚すらも存在しないバルトメウスの髑髏から、水色の煙が怪しげに漏れ出した。
まあ、別にイルマを怒らせても殺されるわけじゃない。前回の世界でも、バルトメウス会長は文句言われただけだったみたいだからな。今回は恩を売る形になったが、案外俺の助言がなくても話はスムーズに進んだかもしれない。
「もちろん、私は君の助言を高く評価している。それ相応の報酬を支払うことは約束しよう。しかし精霊剣は素晴らしい技術だ。一国の、否、この世界の勢力図すらも変えることができるだろう」
この主張には一理ある。
無論、精霊剣一つでイルマやエグムントを倒せるわけではない。しかし、中小規模の魔物が治める領地であれば、容易に切り取ることが可能だろう。かつて俺の配下であったサイモンが〈大地の王〉でムーア領を切り崩していったように……。
「人口、土地、富、様々なパラメーターを総合的に判断した結果、もっともふさわしいのはグルガンド王国であると思うのだよ。君の国、リービッヒ王国は遠い。人口もそれほど多くはない。そもそも精霊剣の構造を理解できるだけの教養を持つ人間が何人いるのかね? 君の国が西方大国の属国だ、というのであれば話は別であるが……」
バルトメウス会長の主張は間違っていない。
俺だってグルガンド王国の領主だったら同じことを考えるだろう。もっとも効率よく精霊剣を活用できるのは、人類国家の中心たるグルガンド王国だ。
人類規模で考えるなら、この選択は正しい。
だが俺は今、あの国ではなくリービッヒ王国の国王だ。
グルガンド王国は他国であり、巨大な国だ。もし万が一、精霊剣の力が魔族ではなく人類国家に向かってしまったら、なすすべもなく倒されてしまうだろう。
精霊剣で俺の国が滅んだ、なんて悲しすぎるからな。考えすぎかもしれないが。
バルトメウス会長にやんわりと断られた。
まあ、これは想定の範囲内だ。
「分かりました」
こくり、と頷く俺。
「では、もう一つ会長に恩を売りましょう」
――もう一つの手札を切ろう。
「そこにいるんでしょう? シャリーさん。こっちに来てもらえますか?」
執務室のドアをすり抜け現れたのは、一人のゴースト。
錬金術師風の少女。少し癖のあるショートヘア。メガネをかけたローブ姿で、手には杖を持っている。
アースバイン帝国筆頭錬金術師、シャリー。
スキル、〈大精霊の加護〉による精霊探知によってその存在は把握していた。こちらの様子をうかがっていたようだ。おそらくこれまでの会話もすべて把握されているだろう。
「私、あなたと会ったことがありましたか?」
不思議そうにメガネを整えるシャリーさん。
「き、君は一体どこでシャリー君の情報を得たのかね?」
「それは秘密です」
俺は一つの魔具を起動された。
魔具、〈隠れ倉庫〉。
こいつは常駐型の魔具だ。俺が起動を念じると、手の近くに黒っぽい入口を発生させる。そこに手を突っ込めば、事前に収納したあらゆるものを取り出すことができる。
俺は収納されていた〈拘束の筒〉を取り出した。
筒の蓋を取り、中に封印されていた『そいつ』を取り出した。
「紹介するよ。こいつが魔王クレーメンスだ」
黒い靄のような体が、徐々に空間を侵食していく。そしつは弱々しい息をしながら、その宝石のような双眸でこちらを睨みつけていた。
紫の謀略王、クレーメンス。
「キサマ……よくも……よく……も……」
相当長い期間封印していたのだ。この魔王にとってしてみれば、俺は憎くて仕方のない存在なのだろう。
俺はすぐにクレーメンスを〈拘束の筒〉に戻した。あまり放置していると体力を回復されて逃げられてしまうからだ。
「まさか……君が?」
「あの会議でも言ってただろ? 俺が魔王クレーメンスを倒したって」
「あ……あれは真実だったのかね? わ……私はてっきり、噂に尾ひれはひれがついてこんな話になったのかとばかり……」
バルトメウス会長が露骨に怯えているような気がする。
前回の世界で、この人はオリビアに対しひどく警戒していた。だからこそシャリーさんを蘇らせたわけだが。
ならばこの世界でオリビアの代わりとなる俺を恐れても仕方ないだろう。
「落ち着いてください、バルトメウス会長。俺はいきなりあなたを襲ったりはしません」
「ま、まあそうだね、その通りだね。まったくだ」
「さて、シャリーさん」
俺はシャリーさんに向き直った。
「恩のある魔王バルトメウスから〈水糸〉を奪うよりも、多くの人間から恨まれているこいつを使った方がいい。その方がシャリーさんも気分がいいだろ?」
疑似魔法には魔王が必要。そして不死王バルトメウスは7人の魔王中最も弱い。
この後何が起こるかは、火を見るより明らかだ。
「参りましたね」
シャリーさんは深いため息をついた。
「バルトメウスさん、このお話は受けるべきです。私のためにも、そしてあなたのためにも」
この人、前回の世界ではバルトメウス会長に襲い掛かったりグルガンド王国制圧したり散々だったからな。その芽は今のうちに摘んでおいた方がいいだろう。
「……よかろう。ヨウ君、君の提案はすべて受け入れよう」
まずは一歩前進。