新・魔王会議
イルマ領、イルマ城会議室。
中央に円卓が設置されたその部屋に、魔王とその主たる従者たちが集まっていた。
そうそうたる顔ぶれに、従者たちは緊張を隠せない。しかし王たる魔王たちは、ごく一部を除いて平然さを保っていた。
「それじゃあ、始めるか」
まず口火を切ったのはイルマだった。この会議の主催者として、あるいは最古の魔王として、一目置かれる存在である。
「あ、話始める前にこいつを見てくれ」
自らの脚を円卓の上に置き、態度の悪い状態で話始めたのはエグムント。背後に控える若いオークから、布に包まれたボールのようなものを受け取り、それを円卓の中央へと投げつけた。
その中身が露わとなった瞬間、場の緊張が増した。
魔族の首だ。
「……アースバインの人造魔王か」
赤の力王イルマは張り詰めた空気に影響されたのだろうか、抑揚のない声でそう口にした。
「青の氷塊王エヴァンス。エグムント、お前の前に魔王だった奴だ」
「へぇ、そいつぁ知らなかったぜ。こいつ、強かったのか?」
「強さはクレーメンスのやや下といったところか。まあ、お前なら倒せるだろうな。なにせ、私の次に強いのだから」
「おいおい、一番はこの俺様だぜ? イルマ、お前は俺の次に強いんだろぉ?」
「…………」
「…………」
無言になり、空中で火花を散らす二人。一触即発の気配に、場の張り詰めた空気は最高潮に達したが、その緊張はすぐに霧散した。
青の破壊王、エグムントが一歩引いたのだ。
「まあ誰が最強かっつー話の前に、一言言っておく。その人造魔王? だかを倒したのは俺じゃねーよ」
「何? お前じゃない? 私も知らないぞ。いや、そうか……、待てよ、なるほどそういうことか」
イルマは得心がいったように頷いた。後ろにいたマティアスへと目配せをして、何かを命令している。
「この鎧の男が、人造魔王を殺した可能性がある」
マティアスは持っていた書類を魔王たちに配った。そこには、鎧姿で剣を構える謎の男が描かれている。
「この男はクレーメンス軍を単独で倒し、マティアスの追撃を退け、そして魔王クレーメンスを殺した。これは間違いない情報だ」
ざわり、と周囲がどよめいた。
クレーメンス個人の戦闘能力がかなり高いことは、魔族たちの共通認識であった。ゆえに彼を倒した人間ともなれば、その脅威度はどんな人間や上級魔族とも比較にはならないだろう。
まず間違いなく普通の魔族では勝てない。クラーラやパウルクラスでも勝つことは難しいだろう。
「すべての魔族に告ぐ。この男は脅威だ。まずはそのことを頭に叩き込め」
イルマは声を澄まし、そう宣言した。
魔王たちは一様にその紙を眺めている。
「あ……この人……」
紙を見た森林王クラーラが驚きの声をあげた。面識のある男であることに気が付いたのだ。
次に声を上げたのは、閃光王パウルだった。
「わ、分かりましたぞ。つ、つまり我々魔王が団結してこの鎧の男と戦おうという話ですな!」
パウルは立ち上がり周囲を見渡した。
「パウル殿、我々は魔王なのだ。己を鍛え、配下を鍛え武具を整えるのが強者としての矜持ではないのかね?」
魔王バルトメウスは 冷静にそう呟いた。そのポーカーフェイスから感情を読み解くことは難しい。
背後の従者にその紙を渡す。その瞬間、なぜか顔は少しだけ笑っているように見えた。
「この人が……嘘でしょ…」
魔王クラーラは紙を見つめたまま、独り言のようなことを呟いている。
「……む、無理ですぞ!」
パウルは首を横に振った。自らの戦闘能力を鑑みても、マティアスどころかクラーラにも遠く及ばない彼である。配下や自分の力だけで勝利をつかみ取るのは、あまりに難題だった。
「無理、だとパウル? ならば貴様は一体どうするつもりだ? 大人しく殺されてやるとでもいうのか?」
「す、少しであれば領地や金銭を差し出す準備があるんですぞ。私や、そして配下の命を救うためであれば、ぜひイルマ殿にその鎧の――」
言葉は、それ以上続かなかった。
魔王パウルの腹部にイルマの打撃が加えられたのだ。閃光王の綽名を持つ彼であっても捉えることができなかった、まさしく閃光のような一撃。
「がぐぁっ!」
石造の壁へと叩きつけられるパウル。人型で再生能力の低い彼であるから、この攻撃はたまったものではないだろう。
「あ、あんまりですぞ。なぜ……私が」
「ふんっ」
イルマは鼻で笑い、パウルを見下した。その目には確かな侮蔑のまなざしが込められている。
「まあ一度襲われて、倒せず瀕死の重傷を負ったというなら考えなくもない。その時は、鎧の男についての情報を私のところにもってこい。弱者を救うのもまた強者の義務なのだからな」
「そ……そんな……」
パウルは弱い。だがクレーメンスより実力が下なのは彼だけではない。
クラーラはクレーメンスのやや下。しかし彼女は紙を眺めながらぶつぶつと独り言を言っているだけで、パウルに全く賛同しようとしない。
この中の誰よりも弱い魔王であるはずのバルトメウスに至っては、彼らしからぬ好戦的な発言をしてすらいる。
パウルは意味が分からなかった。弱者を代表して発言したはずなのに、気が付けば殴られているこのありさまだ。
もはや、何かを求めようとする気などなかった。
そんな二人の様子を冷静に眺めていたバルトメウスが、機を見て己の口を開いた。
「ところで、魔王カルステン殿はどちらに? 以前魔具を購入した礼を言いたいと思っていたのだが……」
「知らん」
イルマはつまらなそうにそう答えた。
「あの男、何を考えているんだ? 自分で会議がどうとか言ってたくせに」
不機嫌そうに眉を歪めるイルマ。その視線の先には、空席となった円卓の椅子がある。
魔王カルステンが本来座るはずであった席だ。
彼は今、この場所に来ていない。この会議を提案した本人であるにも関わらずだ。
連絡が取れないのだ。
もともと、魔王カルステンは領地に滞在しない流浪の魔王。連絡を取ろうとしても上手くいかないことは日常茶飯事だ。
しかし、今回の会議は彼の発案なのだ。ここを訪れることなく、そして連絡すら取ろうとしないのは明らかにおかしい。
だがイルマにとっても、そして他の魔王たちにとってもその事実は些細なことだった。魔王カルステンが死んでいようが行方不明だろうが、気にするものなどいない。
彼らの関心は、新たなる強敵――鎧の男。前回の世界でのオリビアに代わる存在。
鎧の男――すなわちヨウを中心に世界が動き始めた。
ここからを新・魔王集結編とします。
対応話:第37部分 武闘派と共闘派
要するに前回の世界での魔王会議。