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イルデブランドの生まれ変わり

 氷塊王エヴァンスの人造魔王を倒した俺は、次なる目的地へと向かうため再び馬を走らせた。


 たどり着いたのは、ロンバルディア神聖国。


 ここは目的地ではない。しかしタターク山脈から目的地へと進んでいくと、通ることは避けられない場所だ。

 山ばかりの荒地と比べ、ここは人間が住む国だ。食べるものもあれば宿もある、過ごすのには困らないところ。

 今日は何を食べようか、なんて考えながら街を歩いていた俺は……あるものを見つけて立ち止まってしまった。


「は……?」


 そこには、俺がいた。

 否、正確には俺の姿をした石像が立っていた。


 おかしい……。

 ここは創世神を祭る国。したがってその使徒であるイルデブランドを称えるため、多くの石像が設置されていたはずだ。

 しかし今、そういったイルデブランド像は数を減らし、それに代わって俺の石像が乱立していた。


 え?

 なんで? 俺?


 石像の下には説明書きのような石のプレートが設置されていた。勇者イルデブランドの生まれ変わり、リービッヒ王国国王ヨウと書かれている。


 どうやら国王ヨウは勇者イルデブランドの生まれ変わりらしい。何を言ってるんだが分からないが、この国の人はそう思ってるようだ。


「み、見てあの人」

「ヨウ様だ」


 周りの人々が一斉に俺のことを拝み始めた。


「え、いやちょっと待って」


 俺は生き仏か何かか?


「ひ、人違いじゃないですかね?」

「腰に下げたその剣は、まさに勇者イルデブランドが身に着けていたとされるもの。伝説の剣、精霊剣、何を隠す必要がありましょうか?」

 

 と、俺を拝んでいた一人が説明してくれた。


 どうやらこいつらのねつ造歴史の中では、アースバイン帝国の精霊剣までイルデブランドの業績になっているらしい。まったく迷惑な話だ。


「ありがたや~」

「ありがたや~」


 続々の拝む人が増えていったため、俺は困惑してしまった。このままでは人に囲まれて動けなくなってしまうぞ。

 走り出そう、と足に力を入れようとした俺だったが、どうやらもう遅かったらしい。


 手を合わせる人々が、まるで潮が引くように一斉に左右へと下がっていく。

 その中央から、一人の少女が現れた。巫女服を身に着けた彼女の名は……そう……。


 大巫女ローザリンデ。


 眼前に立った彼女は、俺の両手を握り近づいてきた。


「なぜ、あの時仰ってくれなかったのですか? あなた様がイルデブランド様の生まれ変わりであると」

「……いや、俺その生まれ変わりって奴じゃないと思いますよたぶん。どこにでもいる普通の国王です」

「まままあ、なんと謙虚なお方。まさしく勇者イルデブランド様そのものです」


 仮に「そうです僕生まれ変わりです」って言ったら、「やはりそうなのですね!」と言ってたんじゃないのかな? つまり八方ふさがりというやつだ。


 俺がどうしようかと思案している間にも、ローザリンデは話すのを止めようとしない。


「西方大国での大立ち回りは私の耳にも入ってきております。森林王クラーラを退けたそのお話、まるで物語の英雄譚のようです。私はそのお話を耳にしたとき、年甲斐もなく大はしゃぎしてしまいました」


 ペットの真似してたって話は聞いてないのかな? あえて話題に出したりはしないけど。


「ヨウ様は奇跡のお方。それなのにあの国の愚かな女王は、ペットにしたとかおもらししたとかトイレに行かせたとか、な、ななな、なんと卑猥な妄言を! 私のヨウ様がそんなことをするはずがありませんっ!」

「……あ、うん」


 まああれは俺じゃなくて〈鏡の人形〉がやったことだし、この子の言い分は正しい! 圧倒的正しさ。


「でもよかった。私たちの不眠不休の祈りが通じ、やっとこの国を住まいとしてくださるのですね。住まいはすでに用意しております。ささ、どうぞこちらに」


 そう言って俺の手をひくローザリンデ。なんだか彼女の中では俺がこの国に住むことになっているらしいが、そんなつもりは全くない。


「え……あの、今回はそういう感じではなくて。ただ通りかかっただけなので」

「え……」


 愕然としたローザリンデは、力なく握っていた俺の手を落とした。


「な……何がお望みですかっ! 私は創世神、ひいてはその意向を持つヨウ様であれば、どのような命にも従います。よ、夜伽の相手もやぶさかではありません」


 ローザリンデは真っ赤にした顔を巫女服の袖で隠した。恥ずかしいなら言わなくてもいいのに……。


「あ、いや、俺は特になんも望んでいないから。用事があるので、今日はこのあたりで失礼します」

「私にはヨウ様が必要なんです! お願いします、行かないでください!」


 無理やり走り去ろうとした俺に縋りつく大巫女様。こ、この人、この国で一番偉いんだよな? 


「いーかーなーいーでっっ! お慕いしておりますぅ!」


 泣いてる。

 巫女服着てすごい髪飾りで超美人の女の子が、俺の腰に抱き着きながら引きずられている。

 なんだか涙目になっている彼女を見ていたら、かわいそうになってきた。


 ここを離れるのは確定事項だけど、もう少し気を使ってもよかったかな。

 地べたに座り込んでいる彼女に目線を合わせ、優しくその両肩を抱く。


「……俺は今、創世神様の命を受け各地を一人で訪問しています。誰もついていくことは許されないのです。大巫女様、どうかご理解ください」


 ま、まあ、何もかもが嘘というわけではない。俺の行動は創世神の利にかなっているわけだからな。


「う……、それならば……仕方ありませんね」


 しぶしぶ、といった様子ではあるがローザリンデは納得してくれたようだった。

 だが、このやり方は後で尾を引くだろうな。適当な時期にフォローをいれておかなければ……。

 なんでこんなことになってしまったんだろう。


 その後、俺は逃げるようにこの国から立ち去った。



 そして――


 魔王バルトメウス領、スツーカにて。

 山の上にそびえたつ巨大な城は、魔王バルトメウスの居城である。 

 不死王として、多くのアンデッドたちの住まうこの城。しかし今、ここは大きな混乱に包まれていた。


「ひいいいいい、か、会長。逃げましょう。もう終わりですよ」


 ダニエルが悲痛な面持ちで部屋へと駆け込んできた。


「焦るなダニエル君。ここで逃げ出せば、配下に示しがつかない」


 と、努めて冷静であろうと心がけているものの、バルトメウスに何か現状を解決する策があるわけではない。

 はこちらよりも強く、あまりに強大だった。もはや時期を逸し、逃げることすら叶わない。

 ただ、相手は言葉の分かる人間だ。上手くいけば金銭で問題を解決できるかもしれない。

 

 ゆえにバルトメウスは座して待つ。

 やがて、執務室の扉が開かれた。


「久しぶりだな、魔王バルトメウスさん」

「……っ!」


 バルトメウスは驚愕に震えた。

 今、この男は自分のことを『魔王バルトメウス』と呼んだ。骸骨姿であれば話は分かるのだが、今のバルトメウスは〈人化〉を用い大柄な男性の姿をしている。

 人間たちには決して表に出るはずのない、正体がばれている。


 そして何より、バルトメウスはこの鎧姿の男に見覚えがあった。


「君は確か……グルガンドで魔具の取引をした、あの時の」

「覚えていてくれたか、なら話は早い」


 男は一歩前に出た。

 バルトメウスの警戒心は頂点に達した。ここにいたるまで、すでに数多くのアンデッドたちが倒されている。決して力強い魔物でない自分であるから、彼の攻撃を受けきることは難しいだろう。


 だが、今、バルトメウスは彼に効くはずの〈契約の書〉を持っている。右手を上げて、鎧の男に命令するだけでいいのだ。


「動くなっ!」

「その魔具、〈契約の書〉は俺に効かない」

「……っ!」


 命令が、効いていない。

 対象を書面通りに縛り付ける魔具、〈契約の書〉。命令に従え、と書かれたこの魔具の言いなりにならないのは……明らかにおかしい。


「な、何を言っているのかね? 一体……なぜ」

「書かれた名前は俺のものだが、書いたのが俺じゃない。そういう抜け道さ」


 理解ができない。

 だが、彼は強者であり頭も回るようだ。おそらく、何らかの抜け道を用意していたのだろう。

 完敗だ。

 バルトメウスは諦めた。もはやあらゆる抵抗は不可能だ。


「もうすぐイルマ城に行くんだろ? すれ違いにならなくてよかった」

「何が……目的かね?」

「情報を売りたいんだ」

「何?」

 

 バルトメウスは鎧の男と話をした。

 それはあまり信頼のおけない内容ではあったが、わざわざ無視するほどに大事というわけでもなかった。

 バルトメウスは、彼の『情報』を受け入れることにした。真実でも嘘でも、損はないだろうと踏んだのだ。


 一週間後、魔王バルトメウスたちはイルマ城へとたどり着いた。


 そして――会議が始まる。


ここでリービッヒ王国編は終了になります。

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