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精霊の善意

 俺はクラーラの放った精霊に触れた。

 サラマンダーたちの警告を無視して、つい手が伸びてしまったのだ。クラーラのことを考えると、どうにも感情が乱されて冷静な思考ができなくなってしまう。


 別に、精霊に触れたから死んだなんてことはなかった。意識を失うなんてこともなかったし、体を操られたりもしていない。そんな目に見えた変化があるのであれば、俺以外の兵士たちが悲惨な目にあっていただろう。

 

 ただ、気持ちが少しだけ変化した。

 心に生まれたのは、深い悲しみ。

 慈愛の心。


「あ……」


 気が付けば、俺は目から涙を流していた。無性に悲しさがこみ上げてきてしまったのだ。


〝大丈夫?″


 サラマンダーが俺の涙を拭いてくれた。


「ああ、ありがとう。あの精霊は……一体何なんだ? 俺に何をしたんだ?」

〝彼女の気持ちを伝えたの″


 そう言って、サラマンダーはクラーラの方を指した。彼女は今も、必死に頭を下げながらその綺麗な声で和平を訴えている。

 そして、そんな彼女の姿を徐々にではあるが受け入れようとしている兵士たち。涙こそ流していないが、明らかに心打たれて感動している様子。

 リーザは拒絶の意思を変化させているようには見えないが、クラーラに目を奪われているようだ。


〝争いが悲しい、慈しむ心を伝えたい。そういう気持ちが精霊を介して伝わったんだと思う″

〝ふふっ、あまり良くないわね。他人の心に干渉するなんて″

〝守るー、守るー″


 どうやら、あの精霊たちはクラーラの感情を周囲に伝播させているらしい。

 俺は精霊を見て感動を覚えた。だが、精霊を視認できない兵士たちが見てるのは、未だ声を止めていないクラーラだ。彼女を見ながらあの気持ちが心に生まれたとしたら、どうなるか?

 きっと深く感動する。

 心を動かされる。

 精霊ではなく、クラーラに対してだ。

 それは、きっと彼女に手を貸す原動力となるのだろう。


「心に干渉? クラーラが俺たちを洗脳しようとしたってことか?」

〝精霊たちに悪意を感じなかったわ。違うんじゃないかしら?″

〝無自覚ねきっと。周りの精霊たちが過保護なのよ、きっと″


 …………落ち着け、俺、話をまとめよう。

 クラーラは無自覚に精霊を使って感情を伝播させていた。兵士たちはそのことを知らずに、何となく心に悲しい気持ちや慈愛の心が生まれる。彼らはクラーラを見ながらそういう感情を抱くため、当然であるがその気持ちは彼女へと向けられる。

 これは彼女の感情誘導。


「……なあ、この効果ってずっと続くのか? 本人がいなくなっても、干渉し続けるものなのか?」

〝一時的なものよ、時間がたてばすぐに消えるわ。記憶は残るけどね″

  

 その言葉に、俺はひどく安心した。

 ひょっとすると、俺が彼女を好きだった感情や守りたいと思っていた心も、偽りのものではないかと思ってしまったのだ。

 だが、この効果は一時的というならその可能性は消せる。

 それはいい。

 その点については、安心した。


 しかし、同時に別の懸念が芽生える。

 この感情は兵士たちの本意ではない。リーザだって、決意を変える気はないようだが変な気持ちに戸惑っている様子すらある。

 何より、クラーラが無自覚に行っていることこそ問題だ。


「お前ら、ちょっと俺から離れてろ」

〝ちょっとヨウ! あたしたちの話聞いてたの? この精霊がダメなんだって!″

「問題ない。すぐ終わらせる。だから頼む」

〝サラマンダー……″


 ウンディーネがサラマンダーとシルフを連れ、俺から遠ざかった。

 俺はすぐさまガントレットを外し、素肌を露出させた。

 スキル〈モテない〉。

 このスキルはあらゆる女性、メスに嫌われるスキル。シルフ、ウンディーネ、サラマンダーとてその例外ではない。

 綺麗な精霊の花吹雪は、一瞬にして霧散してしまった。俺の〈モテない〉が女精霊を散り散りにさせたのだ。

 まだ地面には男精霊ノームが残っているが、この数ならたいして問題にはならないだろう。


「な……」


 スキル〈大精霊の加護〉を持ち、精霊を視認しているクラーラは当然この光景を目の当たりにしている。彼女の目線で言うなら、突然自分の友人たちが逃げるようにいなくなってしまったのだ。戸惑いも当然だろう。


「なっ、な……何をしたのあなた? 精霊たちが……一瞬でっ!」

「気持ちよかったか?」


 焦るクラーラの前へ、俺は歩いていく。


「信じてください、平和が一番、愛は世界を救う。そんなきれいごとばかり喚き散らして、楽しかったか?」

「あなたが何を言おうと、みんな私の話を聞いてくれてた。これで分かったでしょ? 愛は世界を救うんだよっ!」


 俺は天上を指さした。そこには、俺の〈モテない〉スキルによって近寄れなくなってしまった精霊がいる。


「この精霊たちはお前の感情を伝えていた。俺は精霊が守ってくれてたからいいが、そうでない奴は直接攻撃を受けていた。分かるかクラーラ、兵士たちはお前と強制的に感情を共有させられていたんだ」

「は?」

「お前は話し相手の感情を誘導して……もっと悪く言えば洗脳・・して話を言い聞かせていた。感情を共有するってことは、感動を誘発しているのと同じだ。それがお前の本意なのか? 一時的に、その場限りの拍手喝采で気持ち良かったか?」

「え……? 何、言ってるの? そんなこと……私」


 俺はスキル抑制魔具、〈罰の紋章〉で〈モテない〉を抑え込んだ。すると今までこの場に近寄れなかった精霊たちがクラーラのもとに集まってきた。


「みんな、今の話は本当なの?」

〝その……クラーラに喜んでもらいたくて″

 

 どうやら、精霊たちは俺たちの会話を遠くから聞いていたらしい。


〝話を聞いてもらえないって、悲しいことでしょ? 私たち、無視されて傷つくクラーラが見たくなかったの″

〝皆クラーラのことを思ってやってるの〟

〝人間だって平和が一番なんだから、悪いことじゃない……わよね?″

「嘘……嘘ぉ……」


 愕然とするクラーラ。ここに至って、何が起こったかを理解したようだ。

 少し、残酷な言い方をしてしまったかもしれない。だが、生ぬるい言い方では俺の話を聞いてくれなかった可能性がある。

 ここははっきりと伝えるべきなんだ。


「国と国との関係は、お前が思ってる以上に簡単じゃない。そこにいるリザードマンがお前のことを裏切っていたように、リーザだってすべての部下の心を掌握してるわけじゃないだろう。口だけですべてを解決するのは難しいんだ」


 びくん、と肩を震わせるリザードマン。


「別に、お前のやったことが間違ってるとは言わない。交渉のために精霊を使って洗脳したってなら、それも一種の外交だ。この国の人間でない俺なら、無視してもいいくらいだ」

「…………」

「だけどこれだけは言っておく。お前のやり方じゃあ、絶対に人間の心は動かせない。もしお前が、自分の行動に変な達成感ややりがいを感じて気持ち良くなってるんだとすれば、すぐに止めろ。それでは何も変わらない」


 前回の世界で、オルガ王国はラーミル王国を滅ぼした。クラーラが説得した、にもかかわらずだ。

 それは、国王ディートリッヒが殺されたという大義名分もあっただろう。しかしそれと同時に、一時的な感情誘導がなくなったらどうなるかという結果を示していると思う。

 

 俺の言葉を黙って聞いていたクラーラ。唇を震わせ、青い顔をした彼女は、ゆっくりとその口を開いた。


「わ、私はっ! 皆のために、平和で、幸せな世界を築きたいって、そう思って……」

「ならもっとうまくやってくれ。理想ばかり見てないで、まずは足元の魔族たちたちから説得したらどうだ?」

「あなた何なの? いっつも私の邪魔ばかりしてっ! 嫌い……嫌い嫌い嫌い大っ嫌い! もう二度と顔を見せないでっ!」


 癇癪を起した子供のように、目にうっすらと涙を浮かべたクラーラは広場から立ち去って行った。 


「お、お待ちくださいクラーラ様っ!」


 リザードマン、バルカがそのあとを追いかけていく。


 後に残ったのは、その場に立っている俺とリーザ、感情誘導が解け呆けている兵士たちだった。


「ヨウ……」

「騒がせたな、リーザ。クラーラを追い払いたかったんだろ? これで解決だ」

「そ、そうね、リィもなんだか変な気持ちになってたわ。きっとヨウが言ってた感情誘導が解けたんだと思う」


 頭を押さえながら、リーザがそんなことを言った。

 

 まあ、リーザぐらい強い意志をもってたら精霊なんて効果は薄かっただろうけどな。俺がこの話をしてもしなくても、きっとクラーラのことを拒絶していたと思う。

 なんとなく恩を売った形になってしまったが、これはこのままにしておこう。


 こうして、少し後味の悪さを残して……クラーラの来訪は終了した。

 俺はすべての仕事を終え、リービッヒ王国に戻ることとなった。

 長く続いた外交訪問が、ついに終了したのだった。


6話ぐらい前と同じ作者とは思えない内容ですね。

同じ作者ですよ。


今回の対応話、第70部分遺族の怨讐

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