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ダレース領領主

 サキュバスは倒された。

 あっけない最後だった。俺がしっかりと最初に倒しておけば、ここまで大事になることはなかっただろう。


 藤堂君はサキュバスが残した体の一部をもって、グルガンド王国に戻っていった。冒険者ギルドにクエストの顛末を報告するのだろう。


 そして――


「…………」


 西方大国女王、リーザ。

 思えば、一番の被害者はこの子か。

 玉座に座る彼女の表情は、やはりどことなく精彩を欠いている。周囲の大臣たちが時々政務に関する質問をしているのだが、どうにも上の空のようだ。


「…………」


 リーザは何も言わず、俺に近づいてきた。


「……怪我がなくてよかった。何人か知り合いの衛兵を傷つけてしまったが、問題ないよな? 緊急事態だったんだからさ」

「…………」


 リーザは言葉を返さない。


 よくよく考えれば、別に俺とリーザ女王の力関係が変わったわけではない。恩はできたかもしれないが、国としてはこちらが小国。あまり失礼な物言いが癇に障ってしまったのかもしれない。


 俺はすぐさま姿勢を整え、口調を正した。


「不躾な物言い、失礼しました女王陛下。しかし緊急事態に付きどうかご理解を」


 頭を下げる俺。リーザの近づいてくる音が聞こえる。

 無言。

 何だろう俺、叩かれたりとかするのかな? まあ、そのぐらいのわがままは受け入れて……とにかくこの場は……。

 などと考えていた俺だったが、唐突にその思考は遮られた。


 リーザはゆっくりと腰をかがめると、俺の腰辺りに手を伸ばした。

 カチャカチャ。

 

「え?」


 リーザは俺のベルトを緩めていた。

 

「今まで、わがまま言ってごめんなさい。リィは超反省しました」

「じょ、女王陛下! 一体何を?」

「今度はリィがヨウのペットになります。いっぱいいっぱいご主人様に超奉仕します。今までやってきたこと、全部リィがやります」


 とろん、とその琥珀色の目をうるうるとさせているリーザ。半開きの口からは涎が垂れている。


「ちょ、何やってるんですかあなたはっ!」


 そのまま18禁的な展開になりそうな勢いだったため、俺は勢いよくリーザから離れた。

 ベルトを締め、元の状態に戻る。


 俺がベルトあたりに気を取られている隙に。


「くぅーん、ペロペロペロ」


 リーザは俺の首筋を舐めてきた。それはまるで、かつてペットとして俺の身代わりをしていた〈鏡の人形〉のように。

 こそばゆく、それでいてどこか鳥肌の立つような変な気持ちになってしまう俺。


 あわ……あわわわわわわわわわ。

 これ、どういうこと? ど、どど……どうすればいい?


 俺は立ち上がり、リーザの肩を掴んだ。


「いいか、リーザ。良く聞いてくれ」

「ワンッ」

「俺はあのペットの真似をすごく恥ずかしいと思っていた」

「……ワン」

「だからあのペットの真似をリーザにもして欲しくないと思ってるんだ」

「……やだ」

「あのペットはリーザに気持ちのいいことをしてくれたかもしれないが、俺はちょっとそういう気持ちになれない。恥ずかしくて気分が良くなれない。ついでに言うなら人前でペットみたいにトイレ済ませたりとかもう忘れたい。あと俺のことをご主人様と呼ぶのは控えて欲しい、それでは国としての示しがつかない。どうか俺の気持ちを理解して欲しい」


 沈黙。

 肩を掴まれたリーザは、俺の顔を見ながらきょとんとしている。

 どう見ても俺の気持ちを理解しているようには見えない。


「ワンッ! リィ、いいこと思いついた」


 ぱん、とリーザは両手を叩いた。


「ヨウにダレース領をプレゼントするわ」


 ダレース領?


「確か、この国の東側だったよな?」

「そうそう、ヨウの国よりもずっと広くて都会。絶対絶対、いい暮らしさせてあげるわ。そ・う・す・れ・ば、ヨウもリィとずっと一緒にいれて嬉しいよね。超名案!」


 うんうん、とまるで世紀の大発見をしたかのごとく嬉しそうに頷くリーザ。自分の発言になんら疑問を抱いていないのだろう。


「領地なら、リィはいつでもヨウのところにいける。いっぱいいっぱいペットになれる!」


 いや、そういうのいいから。 


「へ、陛下……、私の領地を……」


 これまでずっと俺たちの様子を眺めていた男の一人が(当然ですがいるんですよね……)、震え声でそんなことを言った。


「ダレース公爵としての私の立場が……」

「あ? あんた辞職して。西の島に左遷」

「そ……そんなぁ……」


 どうやらダレース領主が空席だったわけではなく、この人から無理やり差し替えるつもりらしい。

 なんという強引さ。

 俺は、というか身代わりヨウ君は彼女にここまでさせてしまったのか? なんて恐ろしいことを……。


 このまま無言でいれば、話が変な方向に進んでしまう。

 俺は辛辣に罵倒される領主に代わり、リーザの前へと出た。


「好意は嬉しいけど、その申し出を受けることはできない」

「え……」


 笑顔から一転、リーザはまるで地獄にでも突き落とされたように表情を悲しみに染めてしまった。瞳が涙で潤んですらいる。

 なんだか俺がものすごい悪人になってしまったかのようで、あまり気分が良くない。


「確かに、ダレース領は俺の国より広くて都会かもしれない。それでも、俺は国王なんだ。あんただって仮にも一国を治める主なら、分かるだろ?」

「…………」


 同じように国の頂点に立つ王。俺の言おうとしていることは、誰よりも理解しているだろう。


「俺が必要だって言うなら、時間があればこの国に立ち寄るようにする。俺の国に来てくれてもいい。だからさ、もういいだろ? 俺はいったん王国に戻って、二国は今後とも良好な関係を維持するってことでさ」

「いやっ!」


 リーザは駄々をこねる子供のように首を横に振った。


「やだやだやだ、リィはヨウと一緒にいたいの! ワンワンワンッ! リィは子犬みたいに気まぐれだから、変な命令出しちゃうかもしれない。リービッヒ王国なんてリィが命令すればすぐに占領できるんだから。超簡単よ」

「俺はクラーラの件で失敗した。甘い情に流されてはいけないと教えてくれたのは、あんただったはずだ。それが国家だろう? 外交だろう? なら、答えはもう決まってるはずだ」

「…………」


 俺の返答に、リーザは言葉を詰まらせた。

 彼女も分かっているのだ。

 一応、迫りくるサキュバスを倒したのは俺なんだ。その辺りも考慮して欲しい。


 リーザは目にたまった涙をぬぐいながら、ゆっくりと首肯した。


「……ぐすん、分かった」


 ふう。

 一時はどうなることかと思ったが、これでなんとか話はまとまりそうだ。


 まあ、いろいろあった。

 サキュバスの件、ペットの件、藤堂君との話。アストレア諸国から始まった俺の外交訪問も、この国で最後だ。


 言うまでもなく長い期間だった。でも、実際よりもはるかに時の流れを早くも遅くも感じていたような気がする。

 いろんな国を訪問して、いろんな人にあって、新鮮な体験だった。

 これまでの出会いは、いつかきっと役に立つだろう。


 多くの問題には決着をつけた。後はリービッヒ王国に帰るだけ。


 そう……思っていた。


 どん、と静寂を貫く音が背後から聞こえた。

 兵士がこの部屋に入ってきたのだ。

 慌てている様子で、玉のような汗が額に張り付いている。


「……ちっ」

 

 リーザが小さく舌打ちした、見るからに不機嫌そうな顔をして兵士を睨みつけている。


「誰の許可を得てこの部屋に入ってきたの? リィの邪魔しないでもらえる? クビにするわよ?」


 いや、話聞いてやれよ。


「女王陛下にご報告申し上げますっ!」


 リーザの辛辣な返答にも気圧されず、兵士は報告を止めなかった。

 

「し、森林王クラーラが王城に侵入っ! 和平の交渉を求め、広場に占拠しています。どうかご指示をっ!」


 何っ!


「なんですってっ!」


 この報告、さしものリーザも他人に丸投げすることはできなかったようだ。

 クラーラがここに来る。ただでさえその力の恐れられる魔王が、よりにもよって城の中にいるというのだ。


 あの子は……そうか。


 

 俺は……理解した。

 まだ、この西方大国でするべきことが残っている……ということに。


5/7リーザの態度を修正。

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