謁見の藤堂君
散歩を終えた身代わりヨウは、自らの住処……すなわちリーザが座っていた玉座の近くまで戻った。
しかし、住み慣れた自室に戻っても彼に(というか俺に)安息の時は訪れない。なぜなら、この部屋はリーザが人々と対面する場なのだから。
〝あれ欲しい! 欲しいわ!〟
〝まったくねサラマンダー。あれは素晴らしい魔具ね。ふふふ、私ならヨウではなく自分をペットにしてもらうかしら〟
〝ペット! ペット!〟
俺の気持ちを知ってか知らずか、精霊たちが〈鏡の人形〉を欲しがっている。俺に一体何をさせたいというのだろうか。
とにかく、今は精霊たちのことは忘れよう。
リーザは今日も誰かと対面するらしい。彼女はそういったまったく無関係な人にペットを見せつけることによって、悦に入る変態だ。
アストレア諸国の貴族。
陳情に訪れた大商人。
自らの戦果を報告した大将軍。
いずれも、俺の姿(をした〈鏡の人形〉)を見て『またか』、といった目線を送った。どうやらリーザの趣味は有名らしい。それでも俺の耳に入っていなかったのは、小国の情報収集能力を呪うところだろう。
時々、リードを引っ張って身代わりヨウを見せつける。
そして――
「通して」
次の来訪者がやってきた。
ミスリル製の鎧とスキル付きの剣を身に着けた、黒髪黒眼の少年。
恭しく片膝をつき、リーザにこう言った。
「グルガンド王国冒険者ギルド所属、トウドウです」
おお……藤堂君。
まさかこんなところで再会することになるとはな。俺と似た姿をした男が礼儀正しくしている姿を見ると、なんだか誇らしい気持ちになってしまう。
柔和な表情を崩さないながらも、どことなく隙のないその振る舞い。一流の冒険者として大いに成長した証だろう。
対するリーザは、金髪を暇そうに弄りながらヨウのことを見下ろしている。頭のミニ王冠の位置を調整しているのかもしれない。
「ギルドの推薦状を持ってたから、面会したけど。ただの冒険者が、リィに何の用かしら? 珍しいわね」
「はい……」
確かに、リーザの指摘はもっともだ。
冒険者ギルドは、基本的にその国に根を張る組織である。俺も決して短くない期間席を置いていたが、グルガンド王国以外に行ったことなどない。
まあ、クレーメンス国王時代は治安が悪いから、国内の依頼が捌ききれないという現状もあったが……。
「魔王クレーメンス傘下の魔物が、この国に逃亡した恐れがあります」
クレーメンス?
「とても強力な魔物。かつて灯台を根城として何人もの冒険者を殺した、サキュバスの三姉妹です。調査の許可をいただきたい」
ん? サキュバス三姉妹?
なんだか昔、そんな奴を倒したような倒していないような……。〈モテない〉スキルで女系魔物を倒しまくるんだ―、時代の話だ。
俺が倒さないと、こんなことが起こるのか?
西方大国は始まりの地であるグルガンド王国から遠い。これまでの並行世界においても、ここに所属した例は比較的少ない方だ。その上この時期にクレーメンスが行方不明なのはかなりレアケース。
どうやら俺の与り知らないところで何かが起きているらしい。やり直し系の定番だな。
「ワフンっ!」
シリアスにあれこれ考えていた俺を、唐突に現実へと引き戻す声。
身代わりヨウの鳴き声だ。
「え……先輩?」
う……あ……。
そうだった。
魔具、〈鏡の人形〉は俺とうり二つの姿。それを見た藤堂君が、どんな反応をするか目に見えている。
ま、まずい! 止めなければ! どどどどどどうすれば!
「この子、リィのペットなの」
恍惚の笑みを浮かべて、リードを引っ張るリーザ。四つん這いの身代わりヨウは、嬉しそうに彼女へと駆け寄っていった。
リーザはその顎を優しく撫でる。
「先輩、どうして?」
「顔が似てるわね、親戚か何かかしら?」
藤堂君と身代わりヨウの顔を見比べながら、そんなことを言うリーザ。
対する藤堂の顔は、信じられないとでも言いたげだ。
「ペロペロペロ」
身代わりヨウ、何を思ったのかリーザのスカート近くへと駆け寄り、太ももを舐め始めた。
「ひゃうっ!」
「せ、せせせっ、先輩! 何やってるんですか?」
あ……あぁ……あ……。
恥辱に頬を赤めるリーザが、甘い吐息を漏らしながら苦しそうに呟く。
「……ん、あぁ……い、いやぁ、こういうこと、お部屋の中だけだって、言ったのにぃ。こ、こんな……皆が見てるところで、駄目、駄目だってば。だ……だめぇ……」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
てめぇこのクソ人形が! やってはならないことをやってしまったな! っていうか部屋の中でってなんだよ! ふざけんな!
いつか必ず神罰を下してやる!
……と、心の中では悲鳴を上げていた俺だったが、さすがに実際声を荒げてしまえば見つかって立場が悪くなってしまう。
ここは涙を呑んで堪えよう。それが一番。一番……なんだから。
とりあえず、この部屋を出た藤堂君に後で接触することにしよう。