秘策、鏡の人形
西方大国、リーザ女王からペットになれと言われた俺。
全裸になって目の前でトイレを済ませて、犬の鳴きまねをするらしい。いくら美少女の頼みとはいえ、そんな屈辱的な行動はしたくない。
しかし逆らえばリービッヒ王国は併合される。戦争できっと死人も出る。それだけは避けたい。
難題だ。
どうすればいいのか? 俺は次善策を考えた。
魔具、〈鏡の人形〉。
この魔具は特定人物の精巧なコピーを作ることが可能だ。おまけに命令をすれば、その通りに行動させることができる。
この〈鏡の人形〉で俺のコピーを作り、そいつにペットの代わりをさせるのだ。
適当に様子を見たら、俺は使節団と一緒に本国へとこっそり戻る。あとは『英雄ヨウ様が不思議な力で分身を生み出した!』とみんなに言いふらす。
戦争に備えれば、不意打ちは避けられる。上手くいけば戦争回避、そこまでいかなくても被害を最小限に抑えられる。
俺は伝説を増やして大勝利。リーザちゃんはハンカチ咥えて悔しがる。
そんなオチさ。
ふふふ、俺の〈叡智の魔眼〉は最強だ。
「最強スキル、〈叡智の魔眼〉を持つ俺に不可能なんてないっ!」
などと叫んでみる。
…………。
昔、同じスキル持ってて盛大に爆死した魔王がいたような気がするけど、俺はきっと大丈夫。
目の前には、調整を終えた〈鏡の人形〉、もとい身代わりヨウ君がいる。
「いいか、ペットの真似だ。犬の真似をするんだ」
「俺は藤堂ヨウだワン! ワンワンワン!」
よしよし、こんな感じでいいのかな。
さあ行くがいい、我が分身よ。俺の代わりに女王陛下に媚びてくるのだ!
魔具、〈隠者の衣〉によって姿を隠した俺は、身代わりヨウを観察した。
身代わりは俺の代わりに見事ペットを演じてくれた。犬のように鳴き、犬のように歩きまわった。
彼を眺めながら、俺が思ったことを言おう。
……死にたい。
俺があんなところで用を足してる姿、もう死にたいぐらい恥ずかしい。俺は何かを間違えてしまったのかもしれない。
まあしかし、良くも悪くも命令通り動いてくれたといったところだろうか。少々過剰なところもあるが、許容範囲内だ。
最初は、そう思っていた。
事件は深夜に起きた。
身代わりヨウ君が、お漏らしをした。
リーザと一緒に寝ていた身代わりヨウ(この状況がすでにおかしいが……)は、ベッドの中でお漏らししてしまったらしい。
なぜか目をキラキラと輝かせながら大歓喜していたリーザが印象的だった。
死ね。
俺はあの人形に殺意を覚えた。
何やってんだよ、あの人形。
俺がどんな目で見られるか、察して行動してくれ。頭がおかしいんじゃないのか?
そういえばクラーラが作ってくれた俺の〈鏡の人形〉、挙動がおかしかったよな。単純な命令だけだと、一般常識に欠けるような行動をとってしまうのかもしれない。
今にして思えば、カルステンは天才だ。アイツの設定した〈鏡の人形〉、どう見ても本人そのままだったんだからな。あのスペックをもうちょっと世の中に役立てれば、彼も仲間に囲まれて笑顔で毎日を過ごせるんじゃないのかな?
さて、これからどうしよう?
再調整したい。
そのためには近寄らなければならないが、今、身代わりヨウはリーザに付きっきりだ。いかに〈隠者の衣〉で姿を隠していると言っても、声を出したり近寄ったりすればバレてしまう。
うまく離れてくれれば、介入の余地があるのだが……。
いや、もういっそのことこのままでいいんじゃないのか? あの子が飽きるまで待つという手も……。どうせ後から偽物認定するのだから、これ以上何を失うと言うんだ?
いや、しかし、偽物でも俺の姿、俺の声。あんな奴が非常識な行動をしているこの状態、果たして許してしまっていいのだろうか?
などとあれこれ考えながら、俺はリーザと〈鏡の人形〉を監視し続けていた。
二人は王城近くの庭を歩いている。身代わりヨウは首輪に繋がれ、そのリードを持っているのがリーザだった。
どうやら散歩中らしい。
散歩中らしい。
散歩……さんぽ……。
はぁ。
当然ながら王城の近くを歩いているのは、二人だけではない。兵士やメイドや貴族や、とにかくいろいろな人から奇異の目で見られている。
「すごいわね」
リーザは身代わりヨウの頭を撫でた。
「こんなにちゃんとペットになりきってくれる子、リィ初めて見た。超感動」
「ワンっワンっ!」
身代わり君はとても嬉しそうだ。頼むから俺の顔で犬みたいに舌を突き出すのは止めろ。
不意に、リーザが立ち止まった。
「んー。ヨウ超かわいい!」
リーザは身代わりヨウをぎゅっと抱きしめた。その姿はまるで本物の子犬をかわいがっているかのようだ。
「わふんっ!」
ペロペロペロ。
身代わりヨウがリーザの頬を舐めた。
「ひゃん!」
あああぁあああぁぁあああああああ……もうやだ。いやだ。今すぐこの場から逃げ出したい。なんだよあの人形、俺のメンタル殺しにきてるだろ。
二人は仲良さそうに、散歩を続けるのだった。
「…………」
俺は何とも言えない気持ちになってしまった。
どうしよう、これ。