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ペットになって

 グルガンド王国、東の岬にて。


 この世界のヨウ――藤堂は階段を駆け上がっていた。

 冒険者ギルド所属の冒険者として、いくつもの依頼をクリアしてきた。そんな彼をもってしても、今回は油断ならない敵が相手なのだ。


「ひぃ、ひぃ、藤堂君。速すぎでやすよ」


 後ろから荒い息を漏らして付いてくるのは、一人の男。

 彼の名はサイモン。藤堂と同じく冒険者であり、今回の依頼を共同で請け負っていた。


「サイモンさん、気を付けてください。ここにいる魔物は、ベテランの冒険者を何人も殺してきたって話です」

「……藤堂君、俺にはきっと無理でやすわ。危なくなったら、守ってくれないっすかね?」


 情けない声を上げる男であるが、どこか愛嬌のある雰囲気を出している。もとより守るつもりだ。

 階段を上り切った藤堂は、目の前のドアを開けた。


「冒険者ギルド所属、藤堂だっ! お前たちの……」


 剣を構えて突撃した藤堂は、途中で言葉を止めてしまった。


「い……ない?」


 姿もなく、音もなく。開いた扉のきしむ音が響く、ただそれだけの部屋。目標とされていた魔物は、影も形もなかったのだ。

 

「この灯台にいる、って話だったんだけどな」


 藤堂は部屋の中でしゃがみ、地面を凝視した。

 拾ったのは、長い髪。

 おそらくは例の魔物が残したものだろう。だとするとここを拠点にしていたという話は本物。


「逃げられた、か?」

「ふぃ、緊張したでやす」


 とりあえず危機はないらしい、と判断したサイモンが大きなため息をついた。彼ほどでもないが、ヨウもまた緊張を緩めた。


「とりあえず、冒険者ギルドに戻ろう」


 確かに、今回戦うことはなかった。

 だが、ここにいた魔物が倒されたという報告はない。魔王クレーメンスの死亡が噂されるこの状況で、魔王傘下の魔物たちがどこへ向かうのだろうか?

 どう転んでもろくなことにならないだろう。


「これは、長期戦になるかもしれないなぁ」


 藤堂は頭を抱えた。


 

 和平交渉を失敗してしまった俺は、とうとうリーザ女王のいる王城まで戻ってきた。

 俺は負けていない、とは心の中で思っているものの、そんな言い訳が通用する相手ではない。それ相応の覚悟をしなければ……。

 兜を脱ぎ、玉座の前に跪く。

 

 眼前の玉座に座り、俺を見下ろす少女。

 西方大国女王、リーザ。

 ウール製の上着に付いた勲章を、暇そうに弄っていた。しかし俺の姿を認識した途端、花の咲いたような笑みを浮かべた。

 どうでもいいけどこの上着とスカート、勲章を除けば学校の制服みたいだよな。


「ヨウくんっ!」


 リーザは玉座から立ち上がり、ツインテ―ルを揺らしながら俺に駆け寄ってきた。


「リィ、超心配したわ。怪我はない?」 

「このたびの和平交渉、失敗に終わり申し訳ありませんでした。リーザ殿の采配がなければ、今頃俺は魔族相手に苦戦を強いられていたことでしょう」


 建前としてはこんなところだろう。


「真に申し訳ありませんでした。考えの甘さを呪うばかりです」

「ヨウ君の命には代えられないわ。でも、リィの兵士も何人か死んじゃった。分かってるわよね?」

「……理解しております」


 リーザはその口角を釣り上げた。


「責任、とらなきゃね」


 やはり、そういう話になるよな? あるいはこの話にもっていくため、俺に和平交渉を一任したのかもしれない。


 謝罪とかだけで済むか?

 賠償か?

 領地をくれ、なんて言われるのか? 

 

 緊張した空気の中、先に口火を切ったのはリーザだった。


「リィはね、ヨウ君のこと超気に入ってるの。あまり大事にしたくないなー」

「はい」

「ペットになって」


 は?


「今、なんと仰いましたか?」

「ヨウ君がリィのペットになってくれたら、許してあげる」


 理解が追い付かない。

 ペット? なんだそれは? 何かの隠語か?


「それはつまり、あなたの配下として王城で働けということですか?」

「ううん、ペットになるの」

「……?」


 困惑する俺のことを無視して、リーザが指を『パチン』と鳴らした。


 すると、玉座の裏から一人の若い男が現れた。

 愛団動物のように首輪を着けた、裸の男。割とイケメンだ。


「……は?」


 俺は、どんな反応をしていいか分からなかった。

 奇妙な男が、四つん這いになりながらリーザの元へと駆け寄っていった。脚が悪そうには見えない。あえてそういう歩き方をしているのだろう。


「にゃーん」


 ……と、男が言った。

 うん?

 リーザは彼の鳴き声(?)を聞くと、嬉しそうに手を叩き、彼の頭を撫でた。


「うふふ、いい子ね」


 うううん?

 恍惚の笑みを浮かべたリーザは、裸の男から首輪を外した。


「飽きたからもう帰っていいわよ」


 うううううん?

 首輪を外された男は、恥ずかしさと嬉しさを混合させたような奇妙な顔をしながら、玉座の後ろへと足早に逃げ去っていった。


「これ、着けて」


 そう言って、俺にその首輪を差し出した。


「ヨウ君は……うーんっと、子犬かな。鎧と服は脱いで。トイレはここで。ご飯もここ。たまに散歩に連れて行ってあげるわ。ここで貴族や他の国との会談があるけど、その時も一緒にいてね」

「そ、それは、俺も先ほどの男みたいに動物のまねごとをしろということですか。しかも他人にその姿を晒せと」

「偉いわね、ヨウ君。大正解よ!」

 

 ここに来て、俺は彼女が何を言っているのかを理解してしまった。

 こ……こいつっ!

 俺にこんな、恥ずかしい変態行為をさせようってのか? トイレはここ? 裸になれ? これは……あまりに屈辱的過ぎる。


「リーザ女王、少し冗談が過ぎるのではないですか? 俺は仮にも一国の王ですよ。いくらあなたが大国で、俺がミスを犯したといっても限度があります。この件はいったんリービッヒ王国に戻り、大臣たちと協議して改めて回答を……」


 瞬間。

 リーザが脚を突き出し、俺が抱えていた兜を蹴り上げた。


「はぁ? あんた自分の立場分かってるの?」


 とっさのことに判断が遅れる俺。短めのスカートから漏れた彼女の太ももが、俺の頬に触れる。


「今、西方大国の軍7000人が軍事演習名目で北東の荒野に集まってるわ。リィの声一つで、すぐにでも国境を越えてリービッヒ王国になだれ込める」

「……なっ!」

「王国、占領しちゃおっかなー」


 まるで明日の朝食を決めるかのように、何の躊躇も戸惑いもなく発言するリーザ。

 本気なのか?

 本気で、俺を飼いたいがために王国を潰そうっていうのか? 


 俺がどれだけ強くても。

 ここから逃げることができても。

 王国の民は守れない。戦争になれば決して少なくない人が死ぬ。

 俺には分かる。この女はやる。絶対にやる。それはかつて英雄として多くの魔王や人間に触れてきた、俺の判断。


 恐ろしい未来を想像し震える俺の顎を、リーザの手が持ち上げた。

 

「あはっ、今の顔かわいい! 本気にした? 冗談よ冗談。リィはヨウ君のことだいだいだーい好きなんだから、そんなにいじめたりしないわ。でもでも、冗談は冗談のままにさせて欲しいって言うか―、超空気読んで欲しいかなぁ」

「…………」

「そ・れ・にぃ。リィ美少女でしょ? かわいいでしょ? いっぱい可愛がってあげるから、ヨウ君だって悪い気分じゃないと思うけどなぁ」


 西方大国女王、リーザは美少女である。

 年齢はおそらく俺と同程度、金髪ツインテールにミニ王冠型のアクセサリーを身に着けた……ゲームか何かに出てきそうな美少女。

 だが、俺にとっては小悪魔どころか悪魔そのものだった。クラーラの件に介入したのは……間違いだった。


 俺は彼女の首輪を受け取った。


「……着替えてきます」


 次善策はある。

 今はとりあえず、素直に従っておこう。


何かが始まった……。


魔王の奴隷を思い出させるネタ。

イルマの時はさらった流しましたが、今回はちゃんと話に盛り込みましょう。

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