ロンバルディア神聖国
オルガ王国への訪問を終えた俺は、次の国へと向かった。
広いアストレア諸国。そのうちの人間国家を回っていくのが、俺の目的だった。
正直言って、オルガ王国以外は俺の国と同じかそれ以下の小国。たいして目新しいこともなく、そこそこの魔具を補充するに留まった。
そして、アストレア諸国を抜けた俺は、新たな国へと向かった。
ロンバルディア神聖国。
リービッヒ王国から広い荒野地帯を抜けて南、魔王バルトメウス領の西方に位置する国である。
創世神を信奉する神権国家。大巫女、と呼ばれる少女ローザリンデが国の頂点に立ち国政を担っている。
軍事、経済ともにお世辞にも良い状態とは言えない。この国が生き残ってるのは、領土的な野心の薄い隣国バルトメウス領とあまり豊かでない国土のおかげだろう。
祈りの間、と呼ばれるこの部屋に俺は足を運んでいた。
いくつもの柱が森のように乱立した吹き抜けの部屋で、周囲には山から引かれた清水が流れている。
綺麗で、それでいて心を洗われる場所だ。
「お初にお目にかかります、大巫女ローザリンデ殿。俺はリービッヒ王国国王ヨウ。以後、お見知りおきを」
目の前には、一人の少女がいた。
闇夜に溶け込みそうな色艶を持つ黒髪は足首近くまで伸びるロングヘア。ホクロ一つない雪のような肌とのコントラストが映える。一言で言うなら美人。
白と赤の巫女服は、まるでそれ自体が浮遊力を持っているかのように宙を舞っている。
〈羽衣〉と呼ばれる魔具。とてもレアではあるのだが、実戦では何の役にも立たない。欲しいと言ってもくれないだろうし、欲しいと思ってすらいない。
ローザリンデは祈りを捧げていた。彼女の目の前にあるのは、そのたくましい腕で剣を高らかに掲げている――勇者イルデブランド像である。
俺やカルステンからすれば『お前誰だよ?』って突っ込みたくなるような男性だ。もはやイルデブランドは実在の人物ではなく、人々が何となく希望を抱きたくなるような勇者様なのだ。
ま、本当に容姿を再現したらそれはカルステンの姿だからな。そんな銅像が祈られてたらそれはそれで問題だ。
祈りを終えた彼女が、こちらを向いた。
「ようこそ、新国王様。遠路はるばる、このような僻地までよくやってきてくださいました。あなたにも、創世神様の加護を……」
と、俺に向かって再び祈りを捧げる少女。どうやら俺に創世神の加護を授けてくれるらしい。
……今頃本当の創世神は椅子に座ってブツブツ独り言いってるだろうがな。加護とかそういうのしてる心の余裕はないと思う。
「歓迎いたします」
この人、要注意人物。
俺は創世神の部屋にあった映像記録水晶を見た。そのいくつかの世界では、俺を信奉する彼女の姿があった。
というか前の世界でも俺の知らないところで俺の信者だったらしい。アレックス将軍とそんなやり取りをしている映像を見てしまった。
まあ、単純に俺を慕ってくれるとか言うこと聞いてくれるとかいうだけなら全く問題なかったんだが……。
他の世界では、非常にうざそうにしている俺が印象的だった。神のように俺を崇め奉り、俺の何気ない動作一つで戦争起こしたり法律を作ったり大臣を罷免したりなどとやりたい放題。頭がおかしいとしか思えない。
信仰心、という名の狂気。今は初対面だから何となくまじめで優しそうな人に見えているが、ちょっと付き合い長くなるとヤバイ。ヤバイ人なのだ。
ここへは魔具回収と簡単な挨拶のためにやってきた。それ以上の深入りをするつもりは……ない。
とにかく、こいつからイルデブランドの生まれ変わり認定されてしまったら大変なことになる。
フラグを踏まないようにしよう。
などといろいろな今後の予定を考えていたら、ローザリンデが俺のことを見てほほ笑んでいた。
気が付かなかった。
「あなたはどこかイルデブランド様に似ています」
「え……」
おいおい、なんだか知らない間にフラグが立ってるのか? やめてくれよ、絶対良くないことになるからな。
「お、俺があのイルデブランド様に似てるだなんて……そんな恐れ多いことを……」
「いえ、私は感じるのです。あなた様から、そう、他の人からは感じないオーラを」
これは危険な兆候なのではないだろうか? な、なんとかしなければ……。
そ、そうだ。
「と、時に大巫女様。隣国のバルトメウス領についてどのようにお考えですか? 外交方針などをお聞かせ願えますか?」
「外交方針? おかしなことを聞きますね。魔族は敵です。今は小康状態を保っていますが、もしこちらに攻めてきた時は…」
「俺はそうは思いません」
これは本音だ。
「知性を持つ魔族は多いです。特に人の上に立つ魔王や強い魔族などではその傾向が顕著です。場合によっては、魔族と和平や取引の交渉を行うべきだと思っています」
ローザリンデは俺の声に反応することを忘れ、一瞬呆然としていた。それほどまでに信じられない言葉だったのだろう。
「……失礼ながら、あなた様の思想、私にはまったく理解できません」
そらきた。
「魔族は敵です。勇者イルデブランド様も、邪悪な魔王を打ち倒しました」
「俺はイルデブランドではありませんからね。彼の考えは分からないですよ」
「しかしそれでもっ!」
ローザリンデは一瞬だけ声を荒げたが、すぐに元の温和な表情に戻った。
「……失礼、お忘れください」
「いえ、俺も少し熱くなりすぎました。あなたやこの国が嫌いなわけではない、それだけは理解していただきたい」
「ええ、承知しております」
このあたりでいいだろう。
「今日はこのあたりで失礼します。大巫女様、今後とも我が国と良き関係を築きましょう」
「その点については私からもお願いするところです。今日の話は大変有意義でした」
良くもなく、悪くもなく。プラスマイナスでほどほどの印象を与えれた、ってところかな。
まあ、良しとしよう。
俺はこの部屋を出ることにした。
ローザリンデは見ていた。
リービッヒ王国、新国王ヨウ。彼がこの部屋を立ち去っていく、その姿を。
(不思議な方……)
それが後に残った印象。どこかイルデブランドに似ていて、しかし魔族と和平を結ぶなどという妄言を吐く。
理解できない。
だからこそ、不思議な人。
そんな風に、あれこれと考えながら彼の姿をぼんやりと見ていた。
その後ろ姿を見て――
「あ……あれはっ!」
ローザリンデは『それ』を見つけてしまった。
「ま、まさか……あのお方はっ!」
皆さん、目を瞑って顔を伏せてください。
この話に出てきた、大巫女ローザリンデを覚えていない人は手を上げてください。
…………。
…………。
…………。
はい、もう目を開けていいですよ。
いやー、よかった、皆さん覚えててくれたんですね。
良かった良かった。
……(´・ω・`)ショボーン