魔王たちの動向(後編)
シェルト大森林、中央部にて。
木々に囲まれた中に存在する、ひときわ広いスペース。クラーラが自らの住まいとして過ごしている場所だ。
「うー」
森林王クラーラはうなり声をあげていた。別に誰かを威嚇したりとかそういった感じではなく、ただ単に機嫌が悪いだけだ。
「私、ケンカしないでって言ったの。そしたらそいつなんて言ったと思う? 『頭の中お花畑なのも大概にしろっ!』っだって。あーもう、ホント信じられないよね。なんて野蛮人なんだろう。ああいう人がいるから世界から争いがなくならないんだよ」
普通の人間が彼女の姿を見たら、ぶつぶつと独り言を言っているように見えたかもしれない。しかし実際、彼女は周囲にいる精霊と話をしていた。
〝クラーラ、帰ってきてからずっとその人の話ばっかりよね〟
〝ふふっ、これは惚れちゃったのね″
〝はつこーい、はつこーい!〟
「はぁ?」
クラーラはわざとらしく眉を歪めた。
「いい、そういうのじゃないからね。何か変な勘違いをしてるみたいだから言わせてもらうけど、私、ほんっっっっっとーにあの人のことが嫌い。考え方とか心の清らかさとか、そういうの全然足りてない!」
〝あーはいはい、その話もういいから。これで10回目ぐらいだから……〟
息を荒くしてあれこれとまくし立てるクラーラと、それを適当に受け流す精霊たち。両者のやりとりはこれまで何度の繰り返されてきたこと。
やがて話をするのに疲れたらしいクラーラが、深いため息をついて地面に寝転がった。
「愛は世界を救うんだよ。絶対に、あの男にも分からせてやるんだから……」
ムーア領、イルマ城にて。
最強魔王、イルマの居城は混乱に包まれていた。
魔王イルマは玉座に座り、階下から聞こえてくる喧騒に耳を傾けていた。どうやら部下たちが侵入者にてこずっているらしい。
かなり苦戦しているようだ。負けているようですらある。このままでは、敵はここまで到達してしまうだろう。
「やれやれ」
隣に立っていたマティアスが、足を一歩前に出した。
「アンドレアもあれでなかなか甘いところがありますからね。ご安心くださいお嬢様。魔王の副官、このマティアスに万事お任せください」
――その10秒後。
「ぐああああああああああああああああああっ!」
壁を突き破り現れたマティアスは、そのままの勢いで近くの柱へと激突した。
「よぉ、イルマ」
マティアスを下し、この玉座の間に現れた男。まるで染め上げたかのような青い髪、服装はラフなシャツとズボンを身に着けている。
「エグムント……」
魔王エグムント。
イルマと同等の力を持つ魔王として、世界中で恐れられている魔王である。
「私の領地を奪いに来たか? 無謀なことを」
その言葉を聞いたエグムントは、すぐに両手をあげた。
「おっとイルマ、勘違いすんじゃねーよ。今日はお前と戦いにきたわけじゃねーから」
「これだけ私の配下をボコボコにしておいて、よくそんなことが言えるな?」
「そりゃ襲い掛かってくる奴らが悪いんだ。ついでに弱いのもな」
エグムントが鼻で笑った。
イルマの配下は決して弱いわけではない。ただ、この男が魔族としても魔王としても規格外なだけだ。
「争いに来たのではないというなら、何の用だ?」
「鎧つけたつえー男がいるっつー話。俺にも聞かせてくれよ」
鎧の男。
それは先日マティアスが発見した、クレーメンス軍をほぼ一人で壊滅させたという絶対強者。真偽は不明であるが、クレーメンス自身もその男によって倒されたのではないかという憶測も存在する。
どうやらそのうわさが、この男の耳にも入ってしまったらしい。
「自分で調べて自分で探せ。なぜ私を頼る」
「めんっどくせーんだよそういうの。俺の仲間よぉ、そんな器用なことできると思うか?」
「まったくだな」
魔王エグムントの部下たちは、端的に言えば荒くれ者である。政治外交、ましてや捜索などといった力は皆無だ。
ただし、だからといってイルマがその情報をタダでエグムントにくれてやる義理はないのだが。
「まあ、私たちもその男を探している最中だ。頼られても何もできないぞ」
「ああ、問題ねーよ。俺もここで、お前らがその男を探すの待ってるからよぉ」
「はぁ?」
魔王イルマは露骨に眉間へ皺を寄せた。魔王エグムントがこの領地にいて嬉しいことなどなにもないし、そもそもこいつのためにヨウを探すという体裁自体があり得ないからだ。
「何を言ってるんだこの馬鹿魔王は。自分の領地はどうする?」
「俺がいてもいなくてもかわんねーし、敵なんていねーよ。誰が俺の領地に攻めてくるんだよ? 教えて欲しいぐらいだぜ」
「…………」
確かに、その言葉は一理ある。
弱体化しすぎたグルガンド王国、弱いアストレア諸国にクラーラ領。エグムントの隣国は彼がいてもいなくても苦戦するような相手ではない。
「魔王様の領地に居座るなどと、何たる傲慢さ。このマティアス、至高たる主のためなら死すらも厭わず、敵を排除いたしましょう」
マティアスは腰を深く落とし、臨戦態勢で構えた。
対するエグムントはそんな彼の様子を見て、舌を鳴らした。
「てめぇ、俺に勝てると思ってんのか? いいぜ、暇つぶしに相手してやるからよぉ」
「止めろマティアス」
おそらくは周囲を荒野にしてしまうほどの熾烈な戦いが繰り広げられようとしていため、イルマは止めに入る。
エグムントは、強い。
おそらく、イルマ以外は勝てないだろう。
そしてイルマは、おそらく真剣に戦う気がないであろうこの男と死闘を演じるつもりなどない。
つまり、エグムントの粘り勝ち。
「分かった分かった。もうやめろ。そして邪魔だから居座るならこの部屋ではなくどこかの空き部屋か壁際にでもしてろ。鎧の男に関してはお前に情報を渡そう」
「へへっ、わりぃな」
無邪気な笑みを浮かべるこの男を見て、イルマは内心でため息をつくのだった。
だが、まったくこちらが損というわけではない。
鎧の男との戦い。それはイルマもまた望んでいること。
エグムントに勝てないようではイルマには及ばない。彼女にとってこの魔王は鎧の男への試金石たり得る。
「その話、少しいいかな」
決着を迎えたはずの二人の間に割り込む、完全なる第三者。
これまで全く姿を現していなかったはずのその男は、マティアスが開けた壁の穴から堂々と侵入を果たした。
「叡智王カルステンっ!」
おそらくは、何らかの魔具を使ってここまで気づかれずやってきたのだろう。学者風の姿をした、イルマに次ぐ古参の魔王である。
マティアスが手刀を構え、警戒を露わにした。
「君たちの言う鎧の男は、グルガンドから北西に向かった。おそらくはアストレア諸国、人類国家かな」
「……なんのつもりだ?」
叡智王カルステンと最後に出会ったのは、歴代最強のオリビアが死んですぐの頃。つまりは約500年前の話だ。おそらくは接触を避けていたこの男が、こうしてのこのこと姿を現したことに激しい違和感を覚えた。
「クレーメンスを倒すような強敵だよ? 魔族全体の脅威、魔王たちで会議を開いてみんなで戦うべきだね、うん」
「…………」
馬鹿が、と一蹴するつもりだったイルマであるが、少しだけ考える、
そもそもイルマは争いを好むのである。これまでマティアスに鎧の男を調査させていたのは、その強い男の戦いが見たい、そして強ければ自分が戦いたいという気持ちからだ。
しかし、男一人をあやふやな情報で見つけ出すことは、さすがのイルマでも骨の折れる作業。
クレーメンスを倒したのであれば、バルトメウスやパウル程度では話にならないレベルの強者だ。そしてそんな男が魔王の命を狙っている、と他の魔王に吹き込んでやればどうなるか?
見かけたら報告しろ、という話にすれば喜んで情報をあげてくれるだろう。倒してくれと懇願すらするかもしれない。
……もっとも、自分の代わりに男を殺してくれなどと懇願する者が、果たして魔王に相応しいのかどうかという疑問は残るが。その態度如何によっては、イルマを激怒させる結果になるだろう。
いずれにしろ、イルマのもとに情報が集まるのは確かだ。会議を開くのは悪い話ではない。
「悪い話ではない、か」
魔王イルマは快諾した。この件に関しては魔王で情報を共有するべきだ。
「まずは大至急、その男について調べろ。マティアス、他の魔王たちにもこの話を持っていけっ!」
こうして、世界は新たなステージへと進む。
そして――
アストレア諸国西方、リービッヒ王国にて。
「そこまでっ!」
審判の声、俺は剣を止めた。
目の前の男。この国の冒険者ギルドで最強と称され、前回の世界では国王となる予定であったSランクの冒険者である。
「武術大会決勝、勝者、ヨウ・トウドウっ!」
瞬間、周囲の観客たちが一斉に沸いた。
「「「国王陛下に栄光あれっ!」」」
この日、世界の歴史が変わった。
国王の死とともに開かれた、王都武道会。勝者を次代の国王として選出する、この国の一大イベントである。
正史で王になるべき存在が弾かれ、俺がその枠に滑り込んだのだ。
グルガンドやイルマ領から遥か遠く、アストレア諸国最西端のこの小さな国で。
俺の新たな戦いが、始まった。
ここで新・グルガンド王国編は終了になります。