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VSクレーメンス、リベンジ


 グルガンド王国、玉座の間。


 俺は落ちていた精霊剣を拾った。


「魔王を前にして逃げもしない愚か者め。自らの過信を呪うがいい」


 魔王クレーメンス。

 その力は強大。イルマ、エグムント、マティアスの三大魔族を除き一番強い。

 いくつかの世界では、クレーメンスがオリビアを撃退する。エグムントのように単身撃破にこだわらないこいつは、己の力と部下を最大限に利用し、カルステンの謀略すらも退け生存権を得る。

 その後は西方に勢力圏を拡大し、クレーメンス領は世界最大の国となる。さらには広大な領地を利用しイルマに捕まらないよう強かに生き残った。

 というのがグルガンド占領後の展開らしい。


 しかしそのような未来はこの世界で起こり得ない。なぜなら、今、ここに俺がいるからだ。

 

 クレーメンスの体を構成する黒い霧。その煙のような空気が、唐突に左右へと展開する。

 繰り出されるのは、両サイドからの打撃。自らの体を一点に収束し、速さを加えた強力な打撃を生み出すクレーメンスの技だ。周囲の柱を飴細工のように軽々と破壊し、俺のもとへと迫ってくる。

 だが――


 スキル、〈大精霊の加護〉。加えて魔具〈跳躍の靴〉。未来予測、身体強化を兼ねた俺の動きは、クレーメンスのそれを遥かに上回っていた。


「ほう、これを避けるか」


 たとえ顔のない霧の集合体だとしても、言葉の雰囲気から容易に表情を読み取れる。感心、意外、警戒といったところだろう。

 空気が冷えていくのを、感じた。

 魔王を相手にするという緊張感。遥か遠くに忘れてしまった、こいつに対する恐怖と威圧感。

 だがそれは、ただの思い出に過ぎない。

 剣を握る手には汗などない。思考はクリアに、動揺もなく。そして相手の動きをわずかすらも逃すつもりはない。


 俺は成長した。

 様々な人々の協力の果てに、ここに立っている。

 最初の魔王程度で躓いてしまうほど、俺の人生は安くないっ!


「偉大なる創世神オルフェウスよ、紫糸の力、我に――」

「アクセル、コンバート、エクスプレッション」


 魔王を使うクレーメンス。対する俺は精霊剣の起動。

 その速さ、両者互角。 


「〈紫雲雷陣〉っ!」

「スキル、〈氷王の双槍〉レベル1000っ!」


 魔法、〈紫雲雷陣〉発動。禍々しい紫の雲がクレーメンスの前へと現れ、周囲に霧散していく。

 対するは俺のスキル、〈氷王の双槍〉。

 

 氷河の如き強大な氷の槍と、紫電を放つ紫の雲が激突する。二つの力がせめぎあい、大地を揺らし空気を鳴らす。

 やがて、弾けるような音とともに視界が開けた。雲と氷がなくなっていたのだ。

 

 双方消滅。

 

「なるほどなるほど、大口叩くだけはある。余の攻撃を退け、その上魔法すらも打ち破るか」

「理解が早くて助かる。このまま大人しく倒されてくれると嬉しんだが?」

「……では、こういった趣向はどうか?」


 突然、クレーメンスの黒い体が左右に広がった。先ほどと同じように俺を攻撃する気かと身構えたが、どうやらそうではないらしい。伸びきった黒い霧は窓の外へと突き抜け……そのまま戻ってくる気配がない。

 なんだ、何を始めるつもりだ。

 一瞬、躊躇しているとすぐに状況が変化した。左側の窓から戻ってきたクレーメンスの体が戻ってきたのだ。


 そこには、男がいた。黒い霧の中に包まれ、もがき苦しんでいた。


「ひぃ、あ……ぁああ……ぁ……」


 あの鎧。おそらくは門番か、巡回の兵士だろう。

 自らの力で閉鎖空間化の魔具、〈絶壁〉を解除し、近くにいた兵士を捕らえたようだ。


「人質か、ホント……性格悪いよなお前」

「王国の未来を憂う善人ならば、こういったやり方が一番効くのであろう? 殺されろとは言わん。余を見逃せ。これが条件だ」


 さすが、と言わざるを得ない。

 人質を取り逃げようとするということは、すでに俺の実力を見抜いているということ。魔王たるプライドを捨て逃げの一手に転ずる。その性質はカルステンと似たものがあるが、こいつは邪悪で狡猾だ。救いようがない。


 だが、無駄だ。


「殺せよ」

「……良いのか?」

「見え透いた脅しだ。やれるものならやってみろ」


 その言葉に、クレーメンスは答えなかった。口よりも、体を動かし回答したのだ。

 黒い霧がハリネズミのように鋭く尖った棘を形作り、兵士を串刺しにした。兵士は出血と臓器の損傷によって即死し、紫の魔王は新たな人質を用意する。


 そのはず、だった。


「なっ……」


 しかし、串刺しにしたはずの兵士は生きていた。


「い、痛い、痛い……」


 痛い、確かに痛いのだろう。しかし棘は明らかに心臓や肺、さらには脳の一部を突き刺しており、少なくとも意識を失っていないとおかしいのだ。

 

「ば、馬鹿なっ! 致命傷を与えたはずが、なぜ……っ」


 驚愕に震えるクレーメンス。人間ではありえない生命力に理解が追い付かないのだろう。

 当然だ。

 確かに、お前の攻撃は致命傷だった。普通だったら、兵士はあの時点でこと切れている。

 だが、うかつだったな。

 人質を取る。その戦略を俺が全く考えていなかったとでも思ったか?

 次善策は、考えていた。


 兵士の懐。ちょうどクレーメンスから見えない位置に忍ばせているのは、キラキラと輝く宝石だった。

 魔具、〈身代わりの宝石〉。

 奴が兵士を連れてきたその時、俺は精霊ウンディーネに頼み、宝石をあの男へと運んでもらった。これにより、致命傷であったはずの一撃はそのほとんどが軽減される。


「いつまでの時間をかけるつもりはない。ここでフィナーレだクレーメンス」


 左手には精霊剣。

 右手には〈降魔の剣〉

 そして――


「〈剣聖の太刀〉、レベル1000」


 剣への攻撃スキルを纏わせる。


 対するクレーメンスは回避行動をとろうとしていた。しかし人質を抱えている手前、わずかながらその動作が緩慢になっていた。

 すべての条件がそろった。

 俺は、二つの剣を振り下ろし――

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 両の目を、潰す。

 宝石のように光り輝くクレーメンスの両目へと、俺の剣が突き刺さる。

 硬い。が、壊せないほどではない。


「キ、キサマあああああ、よくもよくもよくも余をおおおおおおおおお、コロス、殺してやるっ!」

 

 もはや冷静さを失ったクレーメンスが、獣のような声を上げている。よほど大ダメージだったのだろう。


 ここだっ!


 魔具、〈拘束の筒〉!


「来いっ!」


 筒の奥から目には見えない気流のようなものが発生し、クレーメンスを内部へと吸い込んでいく。俺が蓋をする頃には、奴の黒い霧は完全に消えていた。


 そう。

 俺はクレーメンスを殺す気などなかった。王国を救うならクレーメンスを捕らえれば十分だ。


「お前にはまだ利用価値がある。そこで大人しくしていろ」


 魔具、〈拘束の筒〉は相手を筒の中に閉じ込める魔具である。クレーメンスのような強い魔物は本来捕らえることができないのだが、両目を潰され大いに弱っている状態であれば話は別だ。

 ミッションコンプリート。


 討伐軍は救った。

 王国の奸臣は倒した。

 裏で糸を引く魔王を倒した。


 もはやこの国に憂いはない。今度はゆっくりと国力を取り戻しくことになるだろう。

 もう、俺は必要ないんだ。


 俺は剣を収め、クレーメンスの入った筒を握ったまま玉座の間から出て行った。このまま、カルステンとの契約通りこの地を立ち去ることとしよう。


「さよなら、グルガンド」


 こうして、俺はグルガンド王国を立ち去った。

 一生の別れ、というつもりはない。しかし一区切りがつくまでは、この地に戻ってくることはないだろう。


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