奸臣の抵抗
グルガンド王国、玉座の間にて。
二人の人物が、闇の中で話をしていた。
「ヒヒヒッ、で、ではこの剣をアレックス将軍に」
「討伐軍の件は残念だった。しかし余の計略には何の狂いもなく――」
突如、その会話は打ち切られる。
侵入者、すなわち俺の存在に気が付いたからだ。
「よぉ」
剣先を床に這わせ、音を鳴らしながら現れる俺。
「ななっ、なぜここにっ!」
モーガンが声を荒げた。
これは俺が王国の貴族でも将軍でもない侵入者だから、という意味もあるだろう。しかしそれ以前に、今、この玉座の間は誰も入れないようになっているのだ。
魔具、〈絶壁〉。
比較的レベルの低い魔具であるが、侵入者を防ぐ効果がある。奴らはここで誰にも聞かれたくない話をしていたため、これを使い密室を作り出していたのだ。
だが〈叡智の魔眼〉を持つ俺には通用しない。この魔具が持つ『抜け穴』を目ざとく発見し、侵入することに成功したのだ。
弱い魔具にはいろいろな抜け道がある。俺はカルステンと記憶を共有している時、そのことを多く学んだ。
「き、貴様! どこの誰だか知らないですが、ぶ、ぶぶぶ無礼ですよ。ここは王城、玉座の間! 呼ばれもしない田舎者が入っていいところではありませんっ!」
「お前の命を取りにきた、と言ったら?」
「……なっ!」
本音を言うと、もっと早くここにきて決着をつけたかった。
だが〈グラファイト〉という状況がそれを許さなかった。目立てばカルステンに介入されてしまう。討伐軍は差し迫った問題ではあるから大立ち回りをしたが、王国を牛耳る奸臣については多少なりとも猶予がある。状況を見てうまく処理するつもり……だった。
しかし、もう俺はカルステンに見つかってしまった身だ。もう何も隠し立てする必要はない。
悪は絶つ。シンプルに行けるんだ!
「ヒ、ヒヒッ、私の命を取りに来た? ここっ、ここれは面白い冗談ですね。領地を持つ公爵は国家の至宝。殺意を抱くなど無礼千万! あ、あなたは多くの人間から恨みを買うことになるでしょう。それを理解しているのですか?」
「王国の奸臣モーガン公爵。あんたのこと好きな人間が誰なのか教えて欲しいぐらいだな。お前が死んで敵討ちをしてくれる人間なんているのか?」
「ヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!」
モーガンは〈人化〉を解き、本来の姿――すなわち妖猫へと戻る。いたるところから毛が生え、腰の下からは尻尾が現れた。
「クククッ、愚かなニンゲ――」
「遅い」
一閃。
ひゅん、と風を切るその太刀筋は閃光のように。俺は一切の予備動作を示さず、ごく自然な形でモーガンの腹部を裂いた。
鮮血はまるで刃のような形を作り周囲へと四散した。モーガンが声にならない悲鳴をあげている。
「ひぃ、助けて……クレ……メンス……」
モーガンは倒れこんだ。弱い。やはりこの男は雑魚だ。
「さて国王陛下、御覧の通りモーガンは魔物で……っ!」
即座に後部へと飛び退く。
血だらけのモーガンが立ち上がり、俺にその鋭い爪を向けてきたのだ。まったく予想外だった一撃。爪は俺の精霊剣を弾き、手に浅い引っ掻き傷を残した。
奴なりの、最後の抵抗だったらしい。再び倒れこんだモーガンは生きているものの虫の息。もはや満足に動くことすらできないようだ。
「…………」
攻撃をくらうとは思ってなかった。
俺もまだまだだな。モーガンは雑魚だと思って、ついついかっこつけてしまった。この無様な姿は慢心の結果として心にとどめておこう。
精霊剣が遠くに飛ばされてしまった。拾いに行こうとした俺のもとへ、一振りの剣が投げられた。
「使えっ!」
国王だ。
どうやら俺が剣を弾き飛ばれたのを見て、新しく武器を用意した……という体裁らしい。
分類としてはロングソード。中央部には白い宝玉がはめ込まれている、重そうな宝剣。
こいつ……、そうか、この剣は……。
「あ……ああああぁ……」
俺はわざとらしく声を荒げた。
「ど、どうしたのだ?」
「こ、国王陛下、申し訳ありません。どうやらさっき、奴の爪をくらったのが原因みたいです。きっと、毒が塗ってあったんだと思います。腕が自由に動きません。だからっ!」
俺は足元に置かれた剣を蹴り、国王へとパスした。
「俺は動けません! 陛下、どうかご自分でその剣を使って魔族モーガンを……」
「……っ!」
ここに来て、初めて国王は真の意味で狼狽を示した。
使えないよな?
使えるわけが、ないよな?
その剣をアレックス将軍に渡して、殺すつもりだったんだよな? なにせ最強の呪われた剣だ。お前がカルステンから強奪した魔具の中で、もっともレアでもっとも強力な魔具!
〈降魔の剣〉は人を呪い殺す!
国王陛下――クレーメンスは静かに笑った。
「なるほど、すべて承知の上を言うわけか。性格が悪いな」
「性格悪いとか、あんたに言われたくないな。魔王クレーメンス」
背筋に悪寒が走るほどのプレッシャーを感じる。魔王クレーメンスが暗愚な王の仮面を脱ぎ捨て、真の姿を現したのだ。
老人の背後にはまるで黒い霧のような煙が発生している。〈人化〉を解き、本来の姿を取り戻そうとしているのだ。
「お前は、誰だ?」
黒い霧の中にある二つの宝玉が、怪しく光る。奴の目だ。
「余はお前のことを知らぬ。モーガンもお前のことを知らなかった。ただの人間一人が、魔王たる余のもとに現れて何とする? 何が目的だ?」
「俺が誰か? そんなことはどうでもいいだろ? 王国の冒険者かもしれない、イルマの奴隷かもしれない、どこかの国の領主かもしれない、あるいはこれから魔王を倒す英雄かもしれない。どうでもいいことだ。これから俺に倒される、王国の敵であるお前にとってはな」
これでいい。
不意打ちをくらわせて〈人化〉状態で殺すことは容易いだろう。でも、あえてそうしなかった。
こいつを倒せないようで、イルマが倒せるか? アースバインの人造魔王が倒せるか?
俺は戦わなければならない。
〈グラファイト〉を制する。その目的のためには、ここでこいつと争っておくのが一番いいんだ。
あの世界で成し得なかったリベンジを始めよう。
この話は過去対応話が多すぎる。
ここにのせないことにします。