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契約の杯

 

 対峙する魔王カルステンと俺。

 膠着状態を破ったのは、俺の放った『取引をしよう』という言葉だった。


「取引? 何のことかな?」

「俺はお前の肉体を殺すことができる。だがお前には肉体転移がある。死なない程度にお前を傷つけることはできるが……それまでだ。俺たちの争いには、決着がない。妥協点を探ろうって話だ」


 実際のところ、こいつと死に物狂いで争ったらどうなるか分からない。

 俺はできる限り〈反射鏡〉のような強力な魔具は破壊するようにするが、おそらくすべて壊すのは無理だろう。実際に使用されれば、反射効果を〈身代わりの宝石〉で多少削げるのが精いっぱい。

 一方でカルステンの戦闘能力自体は高くない。〈苦毒の鎌〉のような物理攻撃を受けてしまわないようにすれば、戦闘という意味において勝利することは可能だ。

 たぶん、おそらく勝てる。この程度の結論しか下せないほどに、先の見えない戦いだ。


「ここは引き分けということにして、この場を退かないか? どのみち〈グラファイト〉はイルマで手詰まりの状況だ。場合によっては、互いを利用する状況が生まれるかもしれない」


 アースバインが勝利したことは黙っておこう。また話がこじれてしまうからな。


 俺の提案はカルステンにとって寝耳に水だったのだろう。しばらく黙り込んで考えを巡らせていたようだが、すぐに首肯した。


「その提案には一理ある。君がこのグルガンド王国から立ち去る、この条件を呑んでくれるならここは退こう」

「俺がここにいるとまずいのか?」

「目障りなんだよね。僕と同じスキルを持った強敵が、僕の近くにいるなんてさ。安心できないでしょ? そわそわしてね、僕も気持ち悪いんだよ。クレーメンスが襲われるまででいいからさ」


 まあ、気持ちは分からなくもない。俺だってカルステンが近くにいると思ったらいい心地しないからな。


 グルガンドを去る、か。

 俺にとってこの王国は第二の故郷だった。前回の世界では、シェルト大森林やアストレア諸国に遠出したことはあっても、大半の時をここやムーア領で過ごしてきたのだ。

 今回も、なんとなくこの地を拠点にしようと思っていた。

 だからこそこの提案は、俺にとっても意外なものだった。


「……分かった。三日以内にここを去るようにしよう。約束だ」

「口約束は信用できないね。これを――」


 〈隠れ倉庫〉を起動するカルステン。警戒のため剣を握る俺だったが、すぐに収める。


 カルステンが手に持っているのは、銀色の杯だった。


 魔具、契約の杯。

 効果:互いの契約を誓い合う魔具。破ったものは腕が捥がれ、叫び声が止まらぬような激痛が続く。


 この魔具の効果は表示されている通りだ。約束事を守らせる魔具であり、〈契約の書〉の上位版といったところだろう。イルマレベルの強さならともかく、人間である俺やカルステンでは間違いなくペナルティを防ぎきることはできない。


「ああ、いいだろう」


 こくり、と頷く俺。もとより条約に反するつもりなどない。ここは素直に、王国から出ることにしよう。


「一時停戦だ」


 こうして、つかの間の和平が成った。



 カルステンとの契約を交わした俺は、すぐに身支度を整えた。

 といっても、荷物らしい荷物なんて何もない。


 グルガンド王国、冒険者ギルドの一室にて。


 俺は今回のヨウ――藤堂君に出国の件を伝えていた。

 

「先輩、いなくなるんですか?」

「ああ、すまないな。ちょっと強敵と当たってしまって、そうせざるを得なくなった」


 藤堂君を連れて一緒に出国する、という手もある。


 しかし余計なかかわりをもつと、逆に弱点をなってしまいかねない。イルマやカルステンに人質に取られてしまったら厄介だ。

 一緒に旅をする、なんてのはあまりに危険すぎる。例のフローチャートでもそういったことが示唆されていた。


 ここは別れるべきだ。


「まあ、俺から君に何か命令したりとか強要したりとかするつもりはない。君は君だ。好きなようにやればいいさ」

「は、はい」

「それと……」


 俺は手持ちの袋から二個の宝石を取り出し、テーブルの上に置いた。


「〈身代わりの宝石〉、って攻撃を防ぐ魔具をあげよう。俺からの餞別だと思ってくれていい。頑張れよ」


 すでにメリーズ商会によっていくつかが市場にばら撒かれてる魔具だ。いまさらこれを持っていたところで、カルステンに目をつけられることはないだろう。


「あ、ありがとうございますっ! スキル付きの武器だけじゃなくて、こんなものまでもらえるなんて……」

「感謝しなくていい。大したものじゃないからな」

「クレーメンス軍に立ち向かっていく先輩の姿、すごくかっこよかったです! 先輩は俺の憧れなんです!」

 

 なんか、こそばゆいな。

 俺が俺に感謝されて、憧れとか言われるなんて。


「俺、いつか絶対先輩と一緒に戦います。強くなって、魔王だが人造魔王だか知らないですけど、一緒にやっつけましょうよ」

「……そうなるといいな」


 俺は椅子から立ち上がった。もう別れの挨拶は十分だろう。


「達者でな」

「……先輩もお元気で」


 部屋の外に出ようとした、ちょうどその時。


「ああ……それと」


 去り際に、俺は振り向いた。


「城には近づくなっていったけど、あれは撤回だ。もう自由にしてくれていいぞ」


 俺はこの地を去る。

 それはカルステンと決めた絶対の盟約。

 だが、だからこそ……今、この時で。


 ――最後の大仕事を始めよう。


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