ホムンクルスの利用法
カルステンと対峙する俺。
魔具、〈邂逅の時計〉を破壊することには成功したが、未だ予断を許さぬ状況だ。
〈叡智の魔眼〉を継承したのは幾多の並行世界において俺のみ。奴がこれほど警戒を示し、ましてや先制攻撃を仕掛けてきたのはこれが初めてだ。
油断していた。
フローチャートや水晶を過信しすぎていた。ループものによくある『過去にない展開』を考慮すべきだった。
いや、ここで悩んでいても仕方ない。
同じスキルを持つ者同士。魔具を持っていれば、いつかは互いに存在を察知し、やがては争いあう運命にあったということか。
人々の往来が激しい通路。争い合う俺たちは多少目立っているものの、それだけだ。クレーメンス時代のこの王国は、十分な治安維持ができているとは言い難い。誰かがどこかでけんかしていても、止めに入る人材がいないのだ。
「一つ、いいか?」
ある種の膠着状態が生まれたため、こうした無駄話をすることも可能になった。
「何かな?」
ずっと、こいつに言いたかったことがあるんだ。
「察しの通り、俺はお前から肉体を奪い返した存在だ。その時〈叡智の魔眼〉を継承してる」
「ぞっとするね。つまり僕は、君の世界で負けたってことか」
「お前の過去は知っている。かつてイービルアイとして辛酸を舐めさせられたこと、イルデブランドの肉体を奪ったこと、お姉さんを救おうとしていたこと……すべてだ」
「…………」
カルステンはわずかに眉を歪めた。隠そうとしても隠せない、彼の人生における汚点を俺が知っているということなのだから。
「お前はお姉さんを生き返らせるために〈グラファイト〉を奮戦する。だがそれに、意味はあるのか?」
「意味?」
「あまりこういうことは言いたくないんだが、あの人はお前を騙していた。心の中ではあざ笑っていたといってもいいぐらいだ。そんな人間を生き返らせてどうするんだ? あの人はお前のことを愛していない。話をして傷つくのはお前だけだ」
「…………」
「止めておけよカルステン。お姉さんのことを忘れて第二の人生を歩むのが……お前の幸せなんじゃないのか?」
まあ、言いたかった事というのはこれだ。
嘘ではない。こいつがお姉さんを生き返らせても、いいことなんて何もないと思う。気持ちは分からなくもないが、第三者の視点から言わせてもらえば無駄でしかない。
彼女を殺したのは他でもないカルステンだ。今更どの面下げて再会すればいいのか? 首を絞められた時のことを思い出されでもしたら、それこそ発狂してもおかしくないぞ?
正鵠を射たであろう俺の発言は、奴の心に多少なりとも達したらしい。一瞬だけ戸惑う姿を見せた。
カルステンは言葉を選んでいるようにも見える。やがて、ゆっくりとその口を開いた。
「ホムンクルスって知ってる?」
ホムンクルス?
確か、シャリーさんが使ってた奴だよな。身代わり? 分身? クローン的なあれだよな?
「錬金術だよな? 同じ姿をした人間のコピー、みたいな感じだと理解してるが……」
「あれは僕が生み出した技術なんだ」
こいつが生み出した?
そういえば、シャリーさんはカルステンから錬金術を教わってるって設定だったな。いくつかの水晶にそんな記録が存在した。
「細胞からうり二つの人間を生み出す技術。もし、僕がお姉さんの体を使ってホムンクルスを生み出すとしたら、どうかな?」
「……あ?」
こいつは、何を言ってるんだ?
「僕は洗脳の魔具を持っている。物心ついていないお姉さんのホムンクルスを、自由に操ることができるんだ。記憶を植え付けて、性格を変えて、体だって改造できる」
淡々と、それでいて真顔で話をする叡智王。冗談とかおどけた雰囲気はまるでない。
「僕に従順なお姉さん、少し幼いお姉さん、怯えるお姉さん、エッチなお姉さん、病弱なお姉さん、勝気なお姉さん、僕なしじゃ生きていけないお姉さん。いろんなお姉さんを生み出すことができるんだ」
「……お前」
「想像できるかい? いろんなお姉さんに囲まれて、ハーレムが作れるんだよ! 本物のお姉さんなんて、その材料みたいなものさ。死んだときに死体を保存しとけばよかったんだよなぁ。あー、僕のバカバカ」
こ……こいつ。
お姉さんを殺したことを謝りたいとか、罪滅ぼしとか、そんな当たり前の言葉を期待していた俺が聞いたのは……あまりに自分勝手な願いだった。
ただ、自分が気持ちよくなりたいがためにお姉さんを生き返らせる。それは、どれだけ罪深いことなのだろうか?
「生き返らせたお姉さんは、どうするつもりだ?」
「ん、どーでもいいよそんなの。どうせ僕のこと嫌いなんでしょ? 君にあげようか?」
「…………」
身の毛のよだつほど、邪悪。
「顔に出てるよ? 軽蔑した?」
「……ああ、予想を超えた屑っぷりに安心した。これで容赦なくお前をぶっ殺せるってわけだ」
「そ、良かったね」
話は終わった。
もとより、改心して諦めてくれるような魔王だとは思っていなかった。俺たちは争わなければならないのだ。
そうは言っても、決定打がないのは事実。俺が本当に勝利しなければならないのはアースバインの人造魔王であり、こいつはただの障害でしかない。
「……取引をしよう」
と、再びの膠着状態を破ったのは俺だった。