遭遇、因縁の男
クラーラフラグは失敗した。
それはとても悲しいことで、物語においてはリスクだと思う。
だが俺は足を止めるわけにはいかない。
〈グラファイト〉に勝利する。その目的を達するためには、少しの失敗に戸惑っている暇などないのだ。
グルガンド王国、とある路地にて。
俺は〈叡智の魔眼〉を用いて、魔具を探していた。
有用な魔具を集めることが勝利に繋がる。今の俺に必要なのは、手札を揃えることだ。
歩きながら、考える。
迫りくるクレーメンス軍は俺が退けた。敵がいないこの状況では、さすがのモーガンも動くことは難しいだろう。
時間はできた。あとはどう料理するかだ。
王城に行くか? いや、これ以上目立ちすぎるのは避けたいところ。狡猾なクレーメンスに嵌められる可能性がないわけではない。
他国に行ってみるか? 藤堂君の様子を見ておきたいから、これもNGだな。
まあ、この辺で魔具を集めながら策を練るのが一番無難だろう。
そんなことを考えながら歩いていた俺は――
「やあ、そこの人」
一人の男に、呼び止められた。
黒い帽子とガウンを身に着けた、ヨーロッパの学生を髣髴させるような姿。
俺はこの男を知っている。因縁深いその魔族の名は――
――橙の叡智王、カルステン。
グルガンド王国にいる、というのは知っていた。この時期になると、オリビアの覚醒を鑑みてここに滞在することになるからだ。すれ違うかもしれないとか、その程度の覚悟はしていた。
だがこうして声をかけられるとは思っていなかった。奴は〈グラファイト〉における並行世界の知識を持っていないから、俺の顔までは知られていないはず。
クレーメンス軍と戦っていたところを見られたか?
「君のその靴、ずいぶんといいものを履いてるね」
その言葉に、俺は幾分か冷静さを取り戻した。
俺の正体に気が付いていない?
なるほどな。
奴は俺と同じ〈叡智の魔眼〉を持っている。魔具収集家として、俺が身に着けたレア魔具に目を付けたということか。
「あ、ああ、なんだかこれを履いてから、信じられないぐらいジャンプが高くなったんだ。たぶん未知のスキルが付加されてるんだと思う」
「へー、やっぱりね。そうじゃないかって思ったんだよ。もしよかったらでいいんだけど、買い取らせてくれないかな? お金は弾むから、さ」
そう言って、カルステンは銀貨の入った袋を取り出した。ただの靴を買い取るにしては、あまりに高額。魔具を買い取るにしても、やはり少し多めといったところだろう。
しかし参ったな。この〈跳躍の靴〉はそれなりにレアアイテムだぞ。ここでこいつにのこのこと渡してしまっては、今後の戦力が削がれる形に……。
「…………」
いや、仕方ない。
妥協しよう。
奴にこんなところで目をつけられるのは良くない。ここは素直に応じて、さっさとおさらばしよう。
「そ、そんな大金いいんですか? 半分ぐらいでも大丈夫ですよ?」
「ははっ、問題ないよ。それ、ものすごく使えるでしょ? 当然の対価って奴だよ。僕が君を騙すみたいなことになったら気分が悪いからさ、素直に受け取ってくれないかな?」
「は、はぁ。そこまで言うなら……」
「あ、これ代わりの靴ね。安心して脱いでくれていいよ」
ちっ、金を積まれても渡したくはないんだがな。
魔具の保存場所を考えておく必要があるな。〈隠れ倉庫〉みたいなやつがあれば一番なんだが……、現状見つけられていない。ダニエルさんに相談して、どこかの倉庫を貸してもらおう。
俺は彼が手に持っていた銀貨を受け取ろうと手を伸ばした。
ちょうどその時。
俺は、気が付いた。
袋を持つ奴の手。その袖の中に潜んでいた、黒い鎖を。
〈血縛の鎖〉
効果:触れた相手に絡まり、拘束する呪いの魔具。相手の血を吸い取り衰弱させる。
こ、こいつっ!
俺を嵌めようとしてる?
袋を掴んだ俺の手を掴み、カルステンはその鎖を俺に接触させようとする。
こ、こんな呪いの魔具を付加されたらもう終わりだ。俺は飛び跳ねるように奴から離れた。
「あれ?」
不自然な動きだった。それは間違いない。心臓の鼓動が止まらず、嫌な汗が噴き出していた。
カルステンは俺の様子を見て、首を傾げている。
「今、避けたよね?」
「……は、はい?」
「ふーん、おかしいなぁ、おかしいぞぉ」
「な、何がですか?」
「〈血縛の鎖〉はレアな魔具だ。知ってる人間はそう多くない。いや、この際知ってるか知ってないかはどうでもいいんだ。袖の中にあった呪いの魔具を、避けたんだ。しかも〈跳躍の靴〉なんてレア魔具を持った人間が? これは偶然かな? 偶然じゃないのかな?」
矢継ぎ早に言葉を発するカルステン。俺に話しかけているというよりは、自らの脳内で自問自答しているようだ。
「うーんうーん。悩んでも仕方ないな。疑わしきは罰せよ。うん、決めた」
カルステンはその目を細めると同時に、左手を突き出した。
「…………」
あれは魔具、〈隠れ倉庫〉っ!
ば、馬鹿がっ! こんな往来で戦おうってのか?
肉体を共有し記憶を見てきた俺だから知っている。奴が〈隠れ倉庫〉を使用するのは、眼前の敵と全力で殺し合う時。
左手が別空間に存在する〈隠れ倉庫〉へと接続され、数多くの魔具がこの場に顕現する。
それを見て、俺は……。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
考えるよりも、早く。理解よりも、体が。
あまたの困難を乗り越えてきた俺の体は、この場で最も的確な答えを瞬時にはじき出した。
散らばる魔具のほとんどを無視して、俺は一つの懐中時計を切り伏せた。
魔具、〈邂逅の時計〉。
ループを引き起こし、特定条件を達成するまで対象者を閉じ込める魔具。
「使うつもりはなかったんだけどなぁ。魔具、〈邂逅の時計〉を破壊するなんて。君はやっぱり、〈グラファイト〉を知ってるね? 〈叡智の魔眼〉も持ってるってことだよね? 創世神の手先、ってことでいいのかな?」
「その時計にはずいぶんとお世話になったからな。あんたは知らない話さ」
数種あった魔具の中でも最も危険であり、最も厄介な魔具がこれだった。ここで奴に出会ってしまったことは不幸だったが、切り札を潰せたことは僥倖だ。
だがそれは奴の策略だったようだ。最強最悪の魔具を俺が理解してということは、〈グラファイト〉を知っている何よりの証拠になってしまった。
難しいな。
作者「ブクマっ! ブクマっ! ブクマっ! 評価っ!」
読書ギルドBランク読者「ヒイイィ、ヤバイ、あいつヤバいっすよ」
同Sランク読者「だから俺は116話あたりで引き返そうって言ったんだ……。あのポイント乞食は作者ジェネラル、いや作者エンペラークラスだぞ。村に着かれた終わりだ。今すぐギルドに増援を……」
作者「グオオオオオン! ボクノ小説! 読ンデ! 読ンデ!」
B「ひっ、気付かれたっ!」
S「くらえ必殺〈低評価〉っ!」
作者「ギヤアアアアア」
S「やったか?」
作者「グオオ……オ。ダイジョウブ。次章カラ、面白クナル!」
S「な、なんてメンタルだ。効いてねぇぞ」