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クラーラフラグ、成立


 クラーラフラグ。

 それは『今回のヨウ』が生き残る上で重要なフラグである。森林王クラーラの支援を受けることができ、時には恋愛関係に発展することもある。

 今回のヨウ――藤堂君がクラーラとどのような関係を持つのかは分からない。出会わないままに何もかも終わってしまう可能性もある。過去の俺たちみたいに仲良くなる可能性もある。

 いずれにしても、このフラグは〈グラファイト〉において有利に働くだろう。フローチャートに書かれていた通り、必須イベントなのだ。


 グルガンド王国、裏通りにて。


 俺はまた、彼女に会う。


〝ふふっ、こっちよヨウ〟

 

 スキル〈大精霊の加護〉によりウンディーネの言葉を聞く俺。彼女にクラーラの位置を教えてもらったのだ。

 同じ〈大精霊の加護〉というスキルを持つ者同士。スキル持ちを探してくれと頼んだらすぐに見つけてくれた。クラーラ側も同じ命令をすれば俺のことを発見してしまうだろうが、まさか自分と同じレアスキルをも持つ人間がいるとは思っていないのだろう。今のところその兆しはない。


 このイベントでは、俺の顔を見せることが重要だ。だから俺は兜を外している。〈モテない〉スキルの効果範囲はやや上がってしまうのだが、スキル強化魔具の副作用を利用して今だけは無効化している。

 問題ない。


 俺は裏路地を駆け抜け、そこにたどり着いた。


 こ……ここは……。


 グルガンドに住むものなら誰もが知っている。


 ――黄昏の小道、と呼ばれている一角。


 貧困街の最深部、王国の闇を象徴する場所だ。

 すえた臭いに飛び交うハエ。薄暗い建物の中には、汚れすぎて肌にぴったりと張り付いた服を身に着けた骸骨のような人々の目が光る。

 また、そんな貧者とは対照的に、筋骨隆々で刺青を持つガラの悪い男たちがウロウロしている。役人の手を離れたこの場所は、犯罪者たちの巣窟ともなっているのだ。


 あのアレックス将軍も、クレーメンスに拾われる前はここで過ごしていたらしい。こんなところから王国に拾われたら、忠誠誓いたくもなっちゃうよな。

 

 そして、その入り口付近で俺は見つけてしまった。

 いた。


 蔦の刺繍が施されたコートを身に着けた、エメラルドグリーンの髪を持つ美少女。


 緑の森林王、クラーラ。


 彼女の姿を見て、俺は――


「……うっ」


 軽く嗚咽を漏らしてしまいそうになった。あの日、あの場所で醜く犠牲になってしまった彼女の末路を思い出してしまったのだ。

 俺に力があれば……、もっと先を読む力があれば。そう思って何度も何度も己の無力さを呪った。未だ忘れることのできない、悪夢の記憶。


 一般人なら決して足を踏み入れないこの『黄昏の小道』を、クラーラは鼻歌を歌いながら歩いていた。

 あの子、なんで分からないんだ? この暗くて汚い通路を見て、何とも思わないのか?

 やっぱり、なんだかんだ言っても魔王なんだな。人間特有の雰囲気とか空気そういうのをまったく分かってない。

 きっと本人は、普通に知らない道を歩いてるつもりなんだろうな。貧しい人間がいるってこと自体よくわかっていないのかもしれない。


 すでに周囲の男たちが汚い笑い声を上げなら、美少女を品定めしている。誰がどう襲うか、算段をしているのだろう。


 これ、自業自得なんじゃないのか? クラーラも少しは勉強してここに来るべきだったんじゃないのか?

 なんだか、心の中がもやもやしてきた。もし、クラーラフラグなんて関係なしにこの場にいたのだったら、彼女を引き留めて強く説教することができただろう。

 俺は彼女のことを好きだった。この世界でも、傷ついてほしくないと思っている。その尊い気持ちがあるからこそ、今、この場に留まっていると言っても過言ではない。


 でも、これは戦い。〈グラファイト〉なんだ。俺はクラーラフラグを成立させるために動かなければならない。

 そう、たとえどれだけこの状況が不快でも、俺は……俺は……。

 …………。


 俺はクラーラの後をつけた。

 やがて彼女は、浮浪者のような四人の男と接触する。


「お嬢ちゃん、こんなところで一人で歩いてちゃあぶねーぜ。俺らが安全な場所まで案内にしてやるよ」

「結構です」

「つれねーなおい。優しく声かけてる時ぐれー、素直に騙されてくれねーとこっちはがっかりだぜ」

「兄者、もういいだろ。ここだ、ここでやろうぜ」


 涎を垂らし、舌なめずりするようにクラーラを見つめる彼らは明らかに信用のおける人間ではなかった。


「止めてください」


 けん制するように、クラーラは強く宣言する。


「私はあなた方よりはるかに強いです。どうかその卑しい欲望を押えて、ここから立ち去ってください」


 それは、クラーラにとって真剣そのものの発言。彼女の正体を知る俺にはそれが分かる。

 しかし当の男たちは、まるで面白い洒落を聞いたかのように盛大に吹き出した。


「はぁっ、おい、聞いたかお前ら! このお嬢ちゃん、俺らよりもつえーらしいぜ!」

「はははっ、そいつぁ気をつけなきゃな」

「やべぇよ、やべぇよ俺。強がってる女見てると、我慢が……」

「止めてくださいっ!」


 クラーラはそう言った。それは、そう言うことでしか抵抗することができない、彼女の性。

 自らより圧倒的に弱い人間に対して、決して力を振るうことを許さない。独特の平和非暴力主義に則った、彼女の流儀。

 だからこそ、クラーラは悲しんでいる。どうして、なぜこのようなことになってしまったのかと、途方に暮れているのだ。


 その、諦めの顔。自己犠牲の姿を見て……俺は。


 ドクン、と心臓が鳴った。


 あの日。

 ループの果てに、すべてを犠牲にして死んだ……彼女の姿と重なった。

 

 ――私に、思い出をください。


 止めろ。


 ――またね、ヨウ君。


 思い出すな。


 ――私のこと、ずっと見ててね。


 あ……ああぁ……あ……あ……あ……。


「…………」


 彼女の肩に手をかける浮浪者。鼻息荒く涎を垂らしたその姿は、これから何をしようとしているかを雄弁に語っている。

 気が付けば、俺は男たちを殴っていた。


「あ……」

 

 瞬間、俺は冷静さを取り戻した。

 ま、まずい。

 クラーラフラグは非暴力を貫くことによって彼女の好感度を上げるフラグだ。ここでただ単に喧嘩をしてしまっては、どれだけ善意があっても効果をなくしてしまう。

 案の定、クラーラは悲鳴にも近い叫び後を上げて、俺と浮浪者たちとの間に割って入った。


「弱い者を虐げないでっ!」


 と、言われた。


「…………は?」


 弱い者?

 なんだよ、それ。

 そんなに、弱者が大切なのか?

 自分を犠牲にして、こんな屑どものために心を痛める必要がどこにある? そんな自己満足に何の意味がある?

 君ことを好きな森の精霊だって、今の状況を見ればきっと悲しむ。それなのに、どうして……助けた俺が……止められて。


 その、言葉に。

 俺の中で、何かがプツンと切れた。


「なあ……いい加減にしろよ」

「なっ」


 そこからは、もう止まらなかった。憤りが収まらなかった。

 〈グラファイト〉だからとか、クラーラのためとか、そういう言葉で歯止めしていたいろいろな感情が……堰を切ったように溢れてしまった。


「アイツらを見ろっ! あれが君の言葉を聞いて改心してくれるような奴に見えるか?」


 指をさした浮浪者たちは、俺の力に恐れをなしたのか逃げ出していった。もはやこの場にいるのは俺とクラーラだけだった。


「いいか、よく聞け。君は狙われてたんだ! こんな治安の悪い裏通りで、美少女一人歩いていたらどうなるか分かり切ってる。それで『自分は悪くない』? 『争わないでください』? 馬鹿じゃないのか? 頭の中お花畑なのも大概にしろよっ!」

「……な、ななっな……」


 クラーラは顔を赤めた。それは自らを恥ずべき行為に気が付いたからではなく、分不相応にも説教をしている俺への怒りから、なのだと思う。


「あっ、あなたみたいな野蛮な男は初めてだよっ! 無抵抗な人たちの暴力を振るうなんて、最低! 最低だよっ!」

「あいつらは犯罪者だ。たとえ未遂でも、君にかけた言葉は明らかに強姦の疑いが強い。裁かれるべきなんだっ!」

「そんなことないっ! 私たちはきっと分かり合えた。あなたさえここにこなければ、きっと……」

「このわからず屋っ! そうやって自己犠牲しなきゃ気が済まないのかっ!」

「う……うるさいうるさいうるさいっ! もう知らない。あなたなんか、知らないんだからっ!」

「あ、待てっ!」


 クラーラは全速力でこの場から逃げて行った。スキルや精霊の力を使えば追いかけることは可能だが、目立ちすぎるのは避けたい。

 それに、今彼女を追いかけてどうなるのか? 俺は……失敗してしまったんだ。


 く……そ……。

 なんでこんなことになってしまったんだ? 俺はクラーラフラグを成立させるためにここにやってきたんだぞ? それなのに、これじゃあ逆効果じゃないか。

 

 なんてことだ……。

 きっと嫌われてしまった。これはもう藤堂君もクラーラに近づけない方がいいかもしれない。

 俺は正しいことをした、そのはずなのに……なぜ。


うわ何このサイテーな出会い。

絶対あの子に嫌われちゃったわ。

……というフラグ。


対応話、第81部分 博愛の少年

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