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慰めの贖罪


 ムーア領、平原にて。

 足首を超えない程の草が生い茂るその場所に、老執事風の男が立っていた。


「こ、これは……」


 魔王の副官、マティアスである。彼はその光景をただ眺めているだけだった。

 遥か前方に展開していたクレーメンス軍が、何者かに攻撃を受けていた。先行して放った斥候によってその状況を聞きつけたマティアスは、単身で平原近くまでやってきたのだった。

 

「あの鎧の男……」


 一部始終を見ていた、というわけではない。異常を察知してここまでやってきたのは、つい先ほどの話だ。

 鎧の男は、クレーメンスの軍を終始圧倒していた。スキル、魔具を巧みに用いて魔族たちを次々と倒していく。

 マティアスであれば同じことを行えるだろう。だがおそらく、あの男は人間であり、グルガンドの味方をしていると推測できる。


「面白い、面白いですね……」


 魔王様が喜びそうだ人材だ、とマティアスは思う。

 できることなら連れて帰りたい。そうすべきだ、と彼は判断する。

 

 戦闘が終わり、鎧の男がこの場を離れようとしたその時、マティアスは動き始めた。

 高位の魔族として、気配を消し素早く彼に迫る。その後は当て身を食らわすなり脅すなりして魔王城へと連行。コロシアムでその力を測る。

 その、はずだった。


 だが、事はそううまくはいかなかった。彼を見失ってしまったのだ。


「この……私が」


 マティアスは驚愕に震えた。まさか自分が、たかが人間一人を見失ってしまうとは思ってもみなかったのだ。

 彼は思った以上だ。

 マティアスは歓喜に震えた。魔王イルマの副官として、彼女に最上の餌を献上できる……その機会を得たのだ。


 いつか必ず、見つけ出してみせる。

 その決意を胸に、マティアスはイルマ軍のもとへと戻ったのだった。


 マティアスは知らない。

 危機を知らせる精霊たちによって、ヨウが彼をまいたことを。



 グルガンド王国、路地の一角にて。


 クレーメンス統治下でいろいろと不満のくすぶるこの王国ではあるが、人が全くいないわけではない。昼間ともなると、大通りはある程度通行人でごった返している。


 ざわざわと人が集まっているその中に、俺はやってきた。


「さあ、次の力自慢はどいつだい? かかってきなっ!」

 

 鼻息荒く、獲物を求めるのは女戦士。巨大な戦斧をその背中に背負う、ボディービルダーのような体月つきをした女性だ。

 ここで男たちを相手に腕相撲による力比べを行っているのだ。今日も好調なようで、腕を折られた男たちがうなり声を上げながら周囲に横たわっている。

 群がる男たちを押しのけ、俺は女戦士の前に立つ。俺は彼女に金貨を差し出した。


「ん、なんだい兄ちゃん。この金貨であたいを買おうってかい? あっははっ、こりゃいい。モテる女は辛いねぇ」

「……俺の知り合いから、あんたへのプレゼントらしい」


 女戦士は首を傾げた。特に理由もなく金をくれるような人物に心当たりがないのだろう。


「知り合い? 誰だいそいつは」

「そいつ、卑怯な方法を使ってあんたの腕相撲に勝ったみたいで、ずっと後悔してたんだ。受け取ってくれ」

「へぇ。そりゃどうも」


 心当たりがない、といったところだろうか。女戦士は疑問を解決できていないようで、未だ首を傾げている。

 俺の話はこの世界における女戦士の話じゃない。この反応は当然。


「それより兄ちゃん。あたいと腕相撲、やっていかないかい?」

「俺が? か?」

「分かるんだよ、あたいはね。兄ちゃん、相当強いだろ? 何度も死にかけて、戦場で戦い抜いてきた人間の目をしている。腕がなるねぇ」


 女戦士は楽しそうに指の関節を鳴らし、唇を釣り上げた。その目はまるで獲物を見つけた肉食獣のようだった。


 戦うことは、できる。そして彼女は〈モテない〉スキルにあてられて弱体化、負けてしまうだろう。

 俺は再び簡単に金を手に入れる機会を得たわけだ。だが――


「いや……」


 俺はわざとらしく両手を上げた。 


「いいよ、俺とあんたじゃ相性が悪いと思う。それに今、金には困ってないからな」

「つれないねぇ、兄ちゃん。いい女が誘ってんだから、男ならとりあえず受けときな」

「姉さん、いい女って誰のことですかい?」


 周囲にいた男たちがげらげらと笑い始めた。明らかに馬鹿にしている。

 女戦士はそんな彼らを軽く殴り始めた。


 喧騒が響き始めた人ごみの中を、俺はゆっくりと抜け出した。もう女戦士も男たちも俺のことなんか気にしていない。


 これで、いい。

 俺の世界にいる女戦士は死んだ。こんなことが弔いになるとは思っていない……けど。討伐軍で死んだ人のことは俺にとって嫌な記憶の一つだった。

 あまり偽善的なことを言うつもりはない。この行為は俺にとって……自分を慰めるためのものなのかもしれない。


 女戦士は死なない。 

 アレックス将軍は捕らわれない。

 サイモンは危ない目にあわない。

 

 それがこの世界。

 すべての人に、幸あれ。というのは少々言い過ぎではあるが、不幸な事態はなるべく減らしていきたい。

 そしてそれは、〈グラファイト〉においても正しい戦略だ。


 さて、と。この件はこれでいいだろう。

 俺は、次の一手を打つことにしよう。


 彼女・・に会いに行こう。


女戦士のお話。

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