精霊との交流
ダニエルさんとの交渉は上手くまとまった。
俺はいくつかの金貨と鉱石をもらい、鍛冶場を斡旋してもらった。
グルガンド王国、郊外。
都市部からやや離れたこの場所には、今はもう使われていない鍛冶場が存在する。
石造りのこの建物なら、炎スキルが燃え移ったりする心配もないだろう。
俺はダニエルさんに用意してもらった鉱石を掴んだ。
いい色だ。おそらく純度の高いミスリルか何かだろう。
精霊の刻印を刻み、聖水を浴びせる。こうすることによって、スキルを付加することができる。
炎系スキルと鍛冶系スキルによって、俺は鉱石の形を整えていく。
久しぶりだな、こういうの。
サイモンたち騎士団の連中に武具を作ってやった時以来か。イルマが領地にやってきたあたりから、全然こういうことしなくなったからな。
在りし日の思い出に、一瞬だけ浸る。
あの時とは違う。
俺には魔王パウルからもらったスキル強化魔具がある。こいつで鍛冶スキルのレベルを引き上げてやれば……、昔よりももっといい武具が作れるのだ。
無人の建物に、金槌を叩く音が響く。
「よし」
しばらくすると、剣が完成した。
なかなかいい出来ではないだろうか? やはり、スキル強化魔具の力は偉大だ。
パウルがやったことは絶対に許さないが、魔具をくれたことにだけは感謝だな。
スキル付きの武具。もう少し数を揃えておきたいところだ。
しばらくは、これに集中しよう。
――一週間後。
いくつかの武具を整えた俺。
まだ道は半ばといったところだが、今日は用事があるのでいったん中断する。
メリーズ商会、グルガンド支店。
「あ、ヨウ君」
支店に入ると、ダニエルさんが声をかけてきた。どうやら俺の名前を憶えてくれたらしい。
「この前の代金をもらいに来たんですが、問題はなかったですか?」
「あーその件か、少し待っててね」
そう言って、ダニエルさんは部屋の中に入っていった。
ん? もしかして何か文句をつけられるのか? 魔具に不備があったのだろうか?
しばらくすると、ダニエルさんが戻ってきた。彼の隣には、別の人物がいる。
「初めまして、君があの魔具を持ってきたという方かね?」
髭を生やし、熊を思い起こさせるような大男。ただそこにいるそれだけで、威圧感を与えてしまうかのような雰囲気を出している。
「私の名前はバルトメウス。この商会の会長を務めている者だ。以後、お見知りおきを」
魔王バルトメウス。
大取引を聞きつけ、俺の顔が見たくなったのだろうか? ここで会うことになるとは思ってもみなかった。
緊張のため、無意識のうちに唾をのみこんでいた。
「何か手続きに不備があったんですか?」
「まあ、不備と言えば不備だが、こちら側の不備だよ」
バルトメウスはダニエルさんの方を見た。
「ダニエル君、駄目じゃないか。一定量以上の契約は、専用の書類でサインをいただかなければならないとあれほど……」
「はいっ、申し訳ありませんでした」
即答で謝るダニエルさん。会長の言葉は絶対なのだろう。
「ああ、気にしないでいただきたい。これは我がメリーズ商会の伝統とでも言うもので……」
そう言って、バルトメウスは懐から一枚の紙を取り出した。
「この正式な契約書にサインしていただければ、それで何も問題はない。取引は成立。約束の代金をお渡ししよう」
俺はその契約書を見て、すべてを理解した。
この契約書は……。
ふっ、会長さん。あんたも相変わらずだな。
俺は渡された鉛筆を持ち、書類に目を落とした。
これで……と。
俺は名前の書かれた書類を渡した。
「これでいいか?」
「いやはや、二度手間で申し訳ない。こういった決まりごとは、破ると後々問題が……」
「ああ……いいんです。お金さえもらえれば、それで」
バルトメウスの後ろから、メリーズ商会の女性がやってきた。どうやら、俺に支払う金貨をもってきてくれたらしい。
袋にぎっしりと詰まった金貨。これだけあれば、大抵のことはできそうだな。
「今後とも、我がメリーズ商会を御ひいきに」
お辞儀をするバルトメウスやダニエルさんを後ろに、俺は建物の外に出た。
「…………」
建物の近くで、思案に耽る。
さっきの契約書、あれはただの紙じゃない。魔具だ。
魔具、〈契約の書〉。
前の世界でも見たことがある。名前を書いた本人を紙の記述通りに操る魔具。
契約書に逆らえなくなるのだ。
そして裏の使い方として、命令を後から書き足すというものがある。書類には最初から必要事項をかく必要などないのだ。サインさえあれば、本人が見たことがない記述でも発動してしまう、ある種の呪いみたいな魔具だ。
おそらく会長は俺の魔具を見て不安になったのだろう。カルステンと繋がってるのではないか? あるいは盗んだものではないか? などなど。
まあ、あの人は悪い人じゃないから、あえてあの魔具にサインしても良かったんだが……ここは慎重にいっておくことにした。
俺は、あの書類にサインをしていない。
そのからくりはそう難しい話じゃない。
〝ちょっとヨウ! さっきの鉛筆すっごい重かったんですけどぉ。何かご褒美くれてもいいんじゃないの?〟
そう言って頬を膨らませながら俺に文句を言ってきたのは、近くを飛んでいるサラマンダーだった。
〈大精霊の加護〉は精霊に愛されるスキルである。かつてクラーラが精霊と会話していたように、俺もまた彼女たちと話をすることができる。
そう、話は単純だ。
俺は鉛筆を持ったふりをしていただけ。本当に持っていたのはサラマンダーであり、彼女が俺の名前を紙に書きつけたのだ。
書いた本人の名前でなければ、〈契約の書〉は発動しない。サラマンダーが書いたあれは当然ながら無効だ。
〝ふふっ、サラマンダー。卑しいわね。ヨウ君に頼られたこと、もうそれだけで十分でしょう? それなのにまだ貢物を要求するの?〟
〝卑しいぞー、卑しいぞー〟
ウンディーネとシルフが、言葉を続ける。スキルの影響からか、みんな俺に好意的だ。
思えば、前の世界ではこうして精霊と心を通わせようとは思ってすらいなかった。クラーラが死んで、パウルを殺して、カルステンに追い詰められて、いつも緊張しきっていた。ただ彼女たちを道具のように扱っていたことは、本当に申し訳なく思っている。
〝あとヨウ、そのにおい、何とかしなさいよね。あたしたち近寄れないじゃない〟
〝愚かねサラマンダー。愛があれば、ヨウ君の臭いなんて……な……ん……て……おえっぷ〟
〝うんでぃーね! 大変だー、衛生兵! 衛生へーい〟
す……すまぬ。
俺の〈モテない〉スキルにあてられてしまったんだな。いつかは……何とかしてみせるから、今はとりあえず距離を取って欲しい。
サラマンダー、シルフ、ウンディーネは俺に近づけない。だが例外は存在する。
ペタペタと俺の肌に触れている大地の精霊、ノーム。
〝むっきー、どうしてあんただけ!〟
〝自重するべきね。おっさんがそばにいてもヨウ君は嬉しくないでしょう?〟
〝じちょー! じちょー!〟
〝…………ションボリ〟
愉快な精霊たちと会話を交わしながら、俺は鍛冶場へと戻っていくのだった。
学んでしまった。
作者名のところ空白にしておいたら、リンク付きで名前が表示されるんですね。
どうして僕の名前はハイパーリンクがないんだろうか? とずっと疑問に思っていました。