メリーズ商会の秘密
ここから並行世界でやり直しが始まります。
時系列的には3部、『灯台の淫魔三姉妹』の少し前あたりの時期になります。
目覚めると、大通りの真ん中に立っていた。
「…………」
どうやら、再びこの世界へとやってきたらしい。俺は何とも言えない気持ちを抱きながら、周囲を見渡した。
どことなく元気のない人々。
活気のない露天商たち。
通行人の服はどこかみすぼらしく、スラム街が表通りを侵食している。
人通りは多いのだが、やはり暗さがにじみ出ている。
俺はこの光景を知っている。
アレックス将軍が国王になる前、まだヤツがいたころのグルガンド王国だ。
さて、と。
仮面の男は、ここに降り立ってすぐ仮面を買ったらしい。
なんせ並行世界の俺は俺そのものだ。ほんのわずかに違いがあるものの、容姿に至ってはクローンやドッペルゲンガーと言っても不思議ではないくらい。前回のヨウと今回のヨウが素顔で同時にウロウロするのは問題が多い。
だが、俺は仮面なんて買わなくていい。〈モテない〉スキル対策でもともと顔を覆う兜を身に着けているから、何の問題もないのだ。
この世界に転移してきたヨウは、すでに〈ゆで卵〉スキルを使って冒険者ギルドで活躍しているらしい。
諸事情により接触はなるべく避けた方がいい。これは今までの並行世界における出来事を検証した結果だ。
彼については、今は無視。
よって、俺はすぐに行動に移ることができる。
まずは――
「集めるか……」
俺はそう言って、近くにある小石を拾った。
メリーズ商会、グルガンド支店にて。
扉を開くと、大きな部屋が広がっていた。正面には受付、さらにその奥にはいくつものテーブルと椅子が並べられている。
商談を行っているらしい数人が、椅子に腰かけて熱心に話をしている。いい服を着た大金持ちのような人間もいれば、薄汚れた服の一般人もいる。門戸が開かれているのだろう。
受付の男性がにこやかな笑みで俺を出迎えた。
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「今日は相談があってこちらに来ました」
俺は恭しく一礼をする。
「――ダニエルさん」
メリーズ商会会員、ダニエル。
今、この時、この場所で、受付業務を担当している若者。自らがゴーストであることを隠し、上司としてこの支店を切り盛りしている。
不死王バルトメウスは重要な商談のため外に出ている。彼は会長に付いてスツーカからここまでやってきたのだが、今日は必要がないためこうして店番をしているのだ。
「あ、はじめまして。俺のことを知ってるんですね」
この世界ではまだ初対面。この反応は当然だ。
部屋の一角へと案内される。どうやらダニエルさんが相手をしてくれるらしい。
俺たちは椅子に腰かけた。
「バルトメウス会長の後継者と名高い、あのダニエルさんにお会いできて光栄です。どうか今後ともお見知りおきを……」
「いやぁー、後継者だなんて恥ずかしいな。俺なんてまだまだ下っ端だよ」
ダニエルさんが照れくさそうに頭をかいた。いい人なんだが、商談に関しては油断ならない。この笑顔に騙されないようにしよう。
「それで、今日はどういった話なのかな?」
「俺の集めた魔具を買い取っていただきたい。そういう相談です」
そう。
俺はこの数日、〈叡智の魔眼〉で魔具を集めていた。それはこれからの戦闘において役に立ってもらうことと同時に、必要な活動資金を得るためでもある。
残念ながらレア度の高い魔具は見つからなかった。この辺のいい魔具はカルステンが取りつくしているのだろう。
だが、とりあえずある程度は使えるものが見つかった。だからこそ、こうしてメリーズ商会に売りつけることができる。
俺はメガネ型の魔具をテーブルの上に置いた。
「例えばこちらの魔具、〈賢者の魔眼〉。相手の種族や名前、戦闘レベルが分かるものです。名前を偽る客などがいた場合、効果を発揮できるのではないかと……」
「ふーん、すごいね」
疑っているのか、はたまたポーカーフェイスなのか、ダニエルさんの反応は薄い。いずれにしろ、頭を回転させてどうすれば利益を得られるか考えているのだろう。下手をすると値切られてしまうかもしれない。
まずはその冷静さを――崩す。
「こうやって目に装着して使用するんですよ」
俺は自らの〈賢者の魔眼〉を身に着けた。
ダニエル
種族、ゴースト。
戦闘レベル、3。
「あれ、おかしいなぁ。ダニエルさんの種族がゴーストに……」
「……っ!」
びくんっ、とダニエルの肩が震えた。
メリーズ商会会長バルトメウスがスケルトンであり不死王であることは、アンデッドたちだけの秘密だ。当然ながら、商会員にアンデッドが多いなどとは誰も知らない。
俺は両手を広げおどけて見せた。
「ははっ、おかしいですね? この魔具にも間違いがあるみたいです。でも他の種族や戦闘レベルを鑑定する能力は結構高いんですよ? 使用していただければ、その有効性を理解していただけると思います」
「っそ、そうだね。よくわかったよ」
これで信頼度は上がったはず。まあ、警戒心も増したかもしれないが……軽く見られないだけ良しとしよう。
「これだけではありません。魔具、〈身代わりの小石〉、〈幻惑の鱗粉〉、〈奏者の縦笛〉……。こちらにリストを作成したので、ご覧ください」
俺は手に持っていた用紙を彼に差し出した。そこには、俺が集めた魔具の種類と数が書かれている。
「……信じられないな。これ、下手すると小さな街が買えちゃうぐらいの価値だよ? 本当にいいのかい?」
「問題ありません。俺には金が必要なんです」
ダニエルさんは熟考している。これはかなり大きな商談だ。軽々しく大金を渡すような行為を行ってよいのか、と自問自答しているのだろう。
やがて考えがまとまったらしく、ダニエルさんが視線を上げた。
「今回は前金。一週間魔具を使って、問題ないようなら残りの金を。という流れでいいかな?」
「問題ありません。良い取引で光栄です」
商談は成立した。
「今すぐ金貨を用意する。少し待ってくれ」
「あ、待ってください。頼みごとがあるんですが……」
俺はダニエルさんを呼び止めた。
「何かな?」
「鍛冶作業のできる工房、原料の鉱石を用意してもらえないですか? 契約金はこの前金でお支払いしたい」
「……分かった。上質のお客様からの要望だ。俺も可能な限り手を回すよ」
よし。
まずは第一歩だ。
ダニエルさんが手を前に出した。どうやら握手を求めているらしい。
「今後とも、よろしく」
「ええ、こちらこそ」
俺たちは握手をした。
今後とも、か。
おそらく社交辞令でそう言ったのだろう。これほどの魔具を二度三度と持ってこれるとは思えない。加えてダニエルさんは基本的にバルトメウス領スツーカにいること多いから、もう二度と会うことがないと思ってもおかしくない。
だけど、『今後とも』か。
本当に、な。
未来を予言しているかのようだ。
俺たちは、これから何度も出会う機会があるのだから……。
ここからが新・グルガンド王国編になります。