異世界転移でもらえたスキル〈ゆで卵〉レベル964が意外にもチート過ぎる
この話には軽いノリが存在します。
注意です!
……って注意って言い方はおかしいですね。
今まで重い話ばっかりだったからちょっとギャップがあるかもしれませんということです。
俺、藤堂陽は異世界に到着した。
いやー、異世界に来れるって聞いたときはテンション高かったけど、まさかもらえたスキルが〈ゆで卵〉レベル964なんてな。なんだよそのスキル? 女神様そりゃないっすよ。
あれか、俺が転移する前にゆで卵の殻を剝いてたからか? みかんの皮剝いてたら〈みかん〉とかいうスキルになってたのか?
女神様、〈ゆで卵〉ってなんですか? どう見ても一発ギャグみたいなスキルにしかみえないんですが……。駄目スキル?
いや待て、そう考えるのは早計だ。
実はこのスキル。異世界では大変有能なのではないだろうか? いやきっとそうに決まってる。転移転生主人公はいつだってチートなんだ。
例えばこういうのはどうだろう。
滅亡の危機が迫る王国(食中毒)、世界を蹂躙する生卵。
そう……世界は、生卵のせいで滅亡しようとしていたっ! この世界の住人には、卵を茹でる習慣がなかったのだ。
そこに颯爽と現れたのがこの俺。無知なる住人に、文明の力って奴を教えてやるのだ。
「卵を茹でる……ですか?」
「すっげえええええええ! こりゃすげぇよ! 卵茹でたら白くなっちまった!」
「おまけに殺菌にもなっておいしくなってる! あ……あんたは天才か? 英雄か?」
「転移者様しゅごおおおおおおい! チート過ぎる!」
どう見ても駄目にしか見えないスキルを駆使しつつ、俺が成り上がっていく。そんなほのぼの生産系異世界物語。
※主人公がチート過ぎますが、仕様です。
※生産職がメインなので、戦闘はほとんどありません。
――と、きっとこんな話。
ぼんやりと妄想しながら歩いていると、旅人風の女性が俺の隣を通り過ぎた。剣とか持ってたから、中世ファンタジー風の異世界なのかな?
この道真っすぐ進んでいったら、どっかの街にたどり着くだろう。そこでこの〈ゆで卵〉スキル使って生産職頑張ろうぜ。
ん?
しばらく歩いていると、前方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
剣を持った男たちが、必死に逃げ出している。
「ど、ドラゴンだあああああああああああああっ!」
「逃げろおおおおおおっ!」
え……?
大きな地鳴りとともに舞い降りたのは、飛行機ほどの巨体を持つ赤いドラゴンだった。口には鋭い牙があり、蒸気のような煙があふれ出ている。
「ククク、愚かな人間よ」
「え……嘘だろ? これそういう異世界ものなの」
「死ね」
おいいいいいいいいいいいいっ! 誰だよ戦闘ないって言った奴出てこい! ……って俺だよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
逃げようとしたけど、足がすくんで動かない。
駄目だ、死ぬ。異世界来た早々死ぬ。なんとか、なんとかしなきゃ……。
「う、うああああああああああああああああ、〈ゆで卵〉っ!」
俺は気が付けばスキルの名前を叫んでいた。別にこのドラゴンにゆで卵を振る舞おうとしていたわけではなく、混乱してそう喚いてしまっただけだ。
だが――
「グ……」
突然、ドラゴンが地に伏せた。自らの腹部を抱えながら、苦しそうにもだえ苦しんでいる。
「グ、ググ……ガ……」
ドラゴンが倒れた。
「え……?」
倒れこんだドラゴンは、目も開けていなければ呼吸もしていない。完全に死んでしまっている。
なぜ? どうして?
「あ……あんたすげぇな、ドラゴン倒ししまうなんて」
なんだ? 一体何が起こったんだ?
よく見てみると、ドラゴンの腹部から異常な蒸気が噴出している。そういえば死ぬ直前、お腹のあたりを抱えていたな。
剣を持った男たちが、ドラゴンの死体を解体し始めた。そこそこレアモンスターっぽいから、鱗や肉を売ったりするのだろうか?
みるみるうちに引き裂かれていくドラゴンの巨体。ちょうど腹部に切り込みを入れたその時、中から……巨大なゆで卵が出てきた。
「すげぇ、なんだこりゃ。でっけーゆで卵が出てきたぞ」
「兄ちゃんのスキルか? ドラゴンの腹の中焼くなんて、すげぇな」
……あーなるほどな。
俺のスキル、〈ゆで卵〉がこのドラゴンの腹にある卵へと作用したのだ。タンパク質が変性するほどの熱を発生させ、生卵を茹で卵にしてしまうスキル。当然、その周囲にある臓器が無事で済むはずがない。このドラゴンはその熱で死んでしまったのだろう。
つまり、俺のこの〈ゆで卵〉スキルは、卵を持つモンスターに対して必殺技になり得るのだ。
俺はこの時、気が付いてしまったのだ。
この〈ゆで卵〉レベル964の正しい使い方を。
――というのが、新しく異世界転移した藤堂陽君のプロローグらしい。
……若干デジャヴを感じるのは気のせいだろうか。
新しい藤堂陽君はスキルの正しい使い方を理解して奮闘しているらしい。とりあえずあの様子なら、すぐに手を差し伸べなくても大丈夫だろう。
俺は俺のやるべきことをやろう。
俺は水晶の部屋を出て、攻略フローチャートの部屋へと戻った。
さて、この攻略法を理解して異世界でうまく立ち回らないといけないわけなんだが……。
それにしても、このフローチャートはなんとかならないのか?あまりに膨大過ぎる。これ全部いちいち確認してたら、とてもじゃないが間に合いそうにないぞ?
何かいい手は……。
と、考えていた俺だったが、すぐにその方法を思いついた。
床下のフローチャートは、その多くが黒いペンのようなもので書かれている。しかしところどころ、赤や青など変わった色のペンで描かれたような印が見える。
まあ、これを書いたのは創世神と並行世界の俺だ。考えることは似ているのだ。
俺なら重要イベントを赤チョークか何かで囲んだりしておく。必須のイベントには説明文をつけたりして、とにかく漏らさないように強調しておく。
これは、ようするにそういうことだ。授業でノートを取るみたいに、過去の俺が分かりやすい目印をつけているのだ。
つまり、今見つけるべきなのはこの赤印。それも、フローチャートの上流側に位置するものが最も望ましいっ!
俺は該当箇所まで走り、すぐにその周辺のフローチャートを確認した。
……あった。
かなり上流――すなわち初期に起こる重要なイベント。赤印で強調してある。
こいつを逃さないようにすれば……かなり有利な展開になるはずだ。
その内容を確認して、俺は……
「……なっ?」
俺は固まってしまった。
嘘……だろ?
なんで今……こんな、こんなことが? どうして……。
俺は目の前に書かれている内容を理解したくなかった。そう、それは俺にとても関係のある、それでいてここに書かれていてはならない内容。
理解したくない。
考えたくない。
でも、俺は〈グラファイト〉という戦いのさなかなのだ。そんな愚かな甘えが許されるはずがない。どれだけ苦しくても、ショックでも、受け入れなければならないことがあるんだ。
だから俺は、勇気を絞ってその内容を確認する。
そこには、こう書かれていた。
必勝、クラーラフラグ。