そして世界は平和になりました
アレックス国王肝いりで編成されたヨウ捜索隊は、国土……特にムーア領を中心に彼を探し回った。
騎士として各地を転戦し、地理に明るいヨウの配下サイモン。彼を案内役として、いたるところで情報収取を行った。
ごくまれに手に入る旅人からの目撃情報。数少ない手がかりをもとに、捜索隊は一歩一歩彼の足取りを追っていき……。
そして――
とうとう、ヨウのもとへとたどり着いてしまった。
ムーア領東方、旧イルマ城周辺の荒野にて。
普段は人気のない荒地ではあるが、今日に関しては全くその様子が異なっている。幾重にも連なるグルガンド王国の国旗は、捜索隊の規模を物語っているだろう。大規模な戦争でも起きそうなほどだ。
国王、アレックスは馬に跨りその地にやってきていた。
「懐かしいな」
かつてヨウとともに捕らわれていた時のことを思い出す。あの時、自分は片足を失いながらも彼のおかげで逃げ出すことができた。
「サイモン殿もあの討伐軍に参加していたと聞いた。不甲斐ない私のせいで、ずいぶんと迷惑をかけてしまったな」
「そ、そんな。国王陛下、顔をあげてください。あれは全部、イルマやクレーメンスの奴が悪いでやすよっ!」
「……ふふ、ヨウ殿は良い配下を持っているな」
ほほ笑んだアレックス国王のもとへ、一人の兵士がやってきた。
「国王陛下にご注進っ! 前方の部隊がムーア領領主、ヨウ殿を発見したとのことですっ!」
「な、なんだと!」
「アニキっ!」
ここまで足取りを追うことはできていた。しかし、実際に彼の姿を捉えたのはこれが初めてだ。
アレックスは馬から降り、駆け出した。片足を失い義足を持つ彼であるから、その足取りはおぼつかない面がある。しかしそれでもなお、探し人のもとへと向かわなければならない。
ムーア領領主、ヨウ。彼はただの領主ではない。アレックスの恩人であり、この国の、否、世界を担う勇者なのだ。
アレックスは走る。その後ろにはサイモンと、何人かの近衛兵がついている。
瓦礫を抜け、草を踏み、丘を駆けそして――
そこにたどり着いた。
「ここ……は……」
アレックスには記憶があった。あれはそう、魔王イルマに捕らわれた時、ヨウと一緒に連れてこられたコロシアム……その残骸。
目の前に見える玉座の跡のようなものは、あの時魔王イルマが座っていた場所。
そしてアレックスは地面に目を降ろした。そこには、手を伸ばしている男女二人の死体がある。
男の顔を、アレックスは知っている。忘れるはずがない。今日までずっと、彼を探し求めてきたのだから。
ムーア領領主、ヨウ。
周囲に散った血液はすでに乾ききり、戦闘の凄惨さを伝えるのみ。全身を覆う鎧で何かの衝撃を受けひしゃげている。
動きはない。息もない。当然ながら脈もないだろう。
誰がどう見ても……死んでいる。
「なんという……なんということに……」
アレックス国王は目に涙を浮かべ、地面に崩れ落ちた。
生きていて欲しかった。それがアレックスの、そしてこの捜索隊に加わった関係者たちの願いでもあったのだ。
王国にとっては計り知れない損失。彼は紛れもなく英雄であり、勇者だったのだ。
「ヨウ殿は……この国の、正当な国王……。こんなところで……」
「そんな、アニキ……、嘘でやすよね?」
背後から足音が聞こえる。
ヨウの配下たちだ。ヨウの不在を不安に思い、この捜索隊に付いてきていたのだ。
「ヨウ君、なんで? 会長の力は……?」
メリーズ商会会長、ダニエルが呆然と呟いた。彼は主に金銭、商業面においてムーア領に多大な貢献をしている。
「ヨウ……」
祈るように両目を瞑ったのはクレア。サイモンと同じく騎士団長として様々な土地を駆け巡る女騎士。
皆、ヨウのことを想っていた。無事を願っていた。
にも関わらず、この無残な結果。
「ああ、公爵令嬢様。こんな姿になっちまって……」
サイモンが慌てた声で女の死体に駆け寄った。高級そうなドレスを身にまとった、赤い髪の少女だ。
抱き起された死体。赤髪に隠されていたその顔が露わとなる。
その顔を見て、アレックスは気が付いた。
「こ……この女はっ!」
アレックスは知っている。この少女の正体を。
忘れるはずがない。初めてヨウと出会ったこの場所で、片足を切り落とされる原因にもなった忌むべき存在。力の象徴。すべての魔族たちから尊敬を集める王。
その名は――
「魔王イルマっ!」
ざわり、と周囲にいた兵士たちがどよめいた。魔王イルマの名はあまねく魔族たちの象徴であり、人類の恐怖を体現しているのだ。
「へ?」
「サイモン殿、この女は人間ではない。私は会ったことがあるから知っているのだが、この女……いや、男こそが魔王イルマなのだっ!」
魔王イルマに出会い生還した人間はほとんどいない。多くはコロシアムで配下に殺されてしまったのだろう。
だからこそ、サイモンを含めヨウの配下たちはその正体に気が付かなかったに違いない。アレックスはそう考えた。
「えええええええええええええええええええええええっ?」
サイモンは驚きのあまり腰を抜かした。当然だ。いままでそうとは知らずに魔王イルマと接してきたことになるのだから。
「こ、国王陛下、それはおかいしでやすよ? この方は、アニキが前ムーア公爵の娘だからって連れてきて……」
「なんだと?」
それはおかしい。
ヨウは魔王イルマの顔を知っている。ムーア領に彼女がやってきたことを知れば、民を守るため必死に戦うはず。
だが、サイモンの様子を見る限りそのようなことにはなっていない。おそらく公爵令嬢とムーア領主という仮初の関係に徹していたのだろう。
不自然だ。何のために?
あれこれと思案していたその時、アレックスは悟った。
「ヨウ殿は、戦っていたのだ」
それが、アレックスの出した結論だった。
「おそらく領民を人質に取られ、魔王イルマに脅されていた。だからこそ、ずっと誰にも話すことができず……孤独な戦いを強いられていたのだ」
「そ……そんなっ!」
「この手を見るのだっ!」
アレックスはヨウの手を指さした。彼の手は魔王イルマに向かって真っすぐと伸びている。
改めてよく見ると、その体の体勢自体が、必死に手を前に伸ばそうとしているようにも見える。
「魔王イルマに止めを刺そうと、必死に手を伸ばしていたに違いない。魔王イルマも同様だ。瀕死のヨウ殿に止めを刺そうしていたのだ。二人は戦っていた。この周囲の荒れ具合が何よりの証拠」
「た、確かに」
「ヨウ殿」
アレックスは目を瞑った。
とめどない涙が溢れている。悲しみは地の底よりも深く心を抉り、永遠に癒されることはないだろう。
だが、こんなところで泣きじゃくっていることをヨウが望むだろうか? アレックスは国王なのだ。次世代の王となるはずだったヨウのためにも、悲しみに暮れたこの国を、そして今この場にいる兵士たちを鼓舞する必要がある。
その使命感が、アレックスを立ち直らせた。
「聞け、皆の者っ!」
ぴたり、とざわめき声が止んだ。国王の声が空気を裂き、人々の魂を揺るがしたのだ。
「勇者ヨウは魔王イルマと相打ちになり、この地で倒れた。我々は勇者を領地に連れて戻らなければならない。誰か、亡骸を丁重に馬車へと運ぶのだ。氷系のスキルを持つ者は集まれ。葬儀まで、勇者の体を傷つけてはならんのだっ!」
アレックスは魔王イルマに剣を突き刺し、そのまま高々とその体を天に掲げた。
「国旗を掲げ、国家を歌え。これより、我ら捜索隊はグルガンドへと帰還する。勇者ヨウの凱旋であるっ!」
しん、と静まり返っていた兵士。しかし――
「お……」
一人。
「おお……」
また一人。
声を震わせ、体を震わせ、その魂すらも震わせた人々がいた。見たのだ。勇者の死と魔王の死。おそらくは歴史に残るであろう、その重要な一場面を。
興奮しないはずがない。
「おおお……おおおお……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
勇者ヨウは死んだ。
その死をもって、世界を救った。
「「「「勇者ヨウ様万歳っ!」」」」」
その声は、どこまでも遠く、どこまでも高く響き渡った。
後日、勇者ヨウの葬儀が盛大に開かれた。彼は英雄にして勇者、アレックスの次代の国王として歴史に刻まれることとなった。
魔王イルマの死体は磔の刑に処された。力の象徴たる魔王の死をもって、魔族と人間のパワーバランスは安定した。かつてのように一方的に虐殺されるような事態は起こらなくなった。
そして、世界は平和になった。
これで物語的には力王編終了となります。
次の話は人物紹介(偽)の予定です。
間違いだらけなので、皆さん元ネタ探しにふるってご参加ください。




