壊れた剣(スキル付き)
徐々に発展していく俺のムーア領。
領主の館、執務室で俺は執務を行っていた。
農民たちからの税引き下げの嘆願書、治水のための工事許可証、隣の領地との関税についての決定事項、罪人に対する処罰の規定、税の利用法などなど……様々な書類を俺が目を通してハンコを押さなければならない。
なんだか、だんだん書類の量が増えている気がする。これが発展するということなのだろうか。
「はぁ……」
深くため息をつき、木製の椅子にもたれかかる。窓からは暖かな陽光がさしており、思わず外に駆け出したくなってしまう。
「お疲れさまでやす、アニキ」
サイモンが暖かい紅茶を用意してくれた。なかなか気の利くやつだ。これでかわいい女の子だったらもっと嬉しかったんだけどなぁ。
「ああ、ありがとう」
さてと、今日のノルマはすべて達成だ。
今日はずっとやってみたかったことを行おうと思う。
行うのは武器生成。いわゆる、エンチャントスキルの付加を行ってみたい。
この大地に存在する四大精霊がスキルに付加され、それに応じた力を発するらしい。ただ、完成した武器にスキルを付加することはできないため、鍛冶っぽい仕事と一緒に行わなければならない。
俺は隣の棚から金属の塊を取り出した。これが、今回剣を作る材料となる。
金属の塊に、精霊を呼び寄せる刻印を刻む。精霊の好む聖水を浴びせると、エンチャントが完了するらしい。あとは武器の体裁を整えるだけだ。
「スキル、〈炎王の剣〉レベル2」
発動した炎系スキルによって、金属の塊を熱していく。溶鉱炉のような専門の設備はいらない。ただ、燃えるものが近くにあったら危険なので、俺は部屋の外に出た。
バルコニーなら大丈夫だろう。
「スキル、〈鍛冶の技能〉レベル2」
おお……俺の体が勝手に金属を叩いてくれる。特に知識がなくても勝手にやってくれる、これが異世界の便利スキルか! 鍛冶屋いらずで助かるな。
オラオラオラオラオラオラっ!
俺の体は職人っぽく赤くなった金属を叩いていった。最初は塊だったそれが、徐々に剣の形になり始めそして……。
お……折れてしまった……。
哀れ、熱した金属の塊を引き延ばしていく最中に、剣は中心で真っ二つに切れてしまった。
基本的に、鍛冶スキルで自動生産ができることにはなっているのだが、この一桁レベルではこんなものだ。まともな剣ができないらしい。
しかし、失敗してもスキルのレベルが上がる。ある程度レベルが上がれば、俺に何の知識がなくてもまともな剣を作れるようになる。
努力がちゃんと報われる。それがこの世界、〈アルカンシェル〉なのだ。
ま、まあ、そうはいってもぶっ壊れた剣を量産するのはあまりに悲しい。壊れそうだな、って思ったらスキルを止めて微調整することにしよう。きっとその方がいい。
ある程度時間が経過し、冷えて固まった剣を眺める。
うーん、これは使い物にならないな。もう一度熱してくっつけたら使えるようになるのか? 知識がないからその辺よくわからないわ……。
「サイモン、これ記念にプレゼントするわ。捨ててくれてもいいぞ」
「はい」
さーてと、次は胸当てでも作ってみるかな。折れないように……力加減をして……。
などとうんうん唸りながらぼーっとしていると、唐突に地面が揺れ始めた。
「うおっ!」
すごい地震だった。
この異世界に来てすでに三か月、未だ地震にあったことはなかった。でも火山っぽい山もあるし、それなりに地震がある地域なのかもしれない。注意しなければ……。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
突然、近くから悲鳴のような声が聞こえた。バルコニーの下から覗くと、そこではサイモンが腰を抜かしていた。
「どうした? 大丈夫か!」
と、声をかけてその異常な状態に気がつく。
なんだ、これ。
大地が盛り上がっていた。畑や山を大きく隆起させたそれは、かなり広い範囲で地形を変えている。地震のせいで土が隆起したのか?
「あ、アニキ、すいやせん、俺……」
サイモンは壊れた剣を持っていた。
ま……まさか……。
「さ、サイモン! その剣を貸せっ!」
「は……はい」
放り投げられた剣を、俺は左手でキャッチ。すぐに部屋へと戻る。
壊れた剣を装備(といっても柄すらないのだが)してスキルノートを確認する。
エンチャントスキル。
〈大地の王〉レベル1000。
〈精霊の加護〉レベル50
は?
一瞬、我が目を疑った。
レベル1000? 冗談だろ? この壊れた剣に?
この世界のスキルにはレベルが存在する。条件を満たすと上がっていくそれは、スキルの威力に大きく関係している。
レベル1000は最高レベル。俺の〈モテない〉レベル956ですら最高値でないというのに、この剣に宿ったエンチャントスキルはそれを凌駕しているというのだ。
信じられない。
俺が作り出した折れた剣は、この世界最高レベルの武器だったのだ。
そのあまりの事態を憂慮し、俺は内密に鍛冶屋を呼ぶことにした。
エンチャントスキルの専門家である彼らなら、この異常なレベルについて説明してくれるかもしれないと思ったからだ。
やってきたのは白髪の老人。荒れた手は鍛冶屋としての彼の苦労を窺わせる。
鍛冶屋は俺の壊れた剣を持ちながら、スキルノートを眺めている。
「こりゃ領主様が打ったのかね?」
「あ、ああ……。見苦しい出来で申し訳ない」
っていうか折れてるからね、もう武器の体裁すら保ってないから。
突然、鍛冶屋は懐から変な眼鏡を取り出した。炎のような文様の描かれた、高級そうな眼鏡だ。
「ほぅ、こりゃたまげたわい」
俺を見てそんなことを言う。老人は眼鏡をはずし、俺に差し出した。
「領主様、この魔具を使ってみんさい」
「魔具? なんだそれは?」
「魔具を知らんのか?」
「すまない、俺は田舎者で、しかもこの地域の人間じゃないんだ。説明してくれるか?」
少し驚いたらしい老人は、ゆっくりと魔具について説明し始めた。
「魔具は特殊な力を宿した道具の総称。エンチャントスキルとは違い、レベルは存在せず特異な力を発揮する。この魔具〈精霊の魔眼〉は空気中に漂う精霊を目視できるようになる。分かったかい?」
「感謝する」
要するに、これをつけると精霊が見えるようになるってわけか。
俺は言われたように眼鏡をつけた。まずは隣にいるサイモンを見る。
赤と青の少女がふよふよと浮いている。エンチャントについて勉強したときに確認したが、確かこれはウンディーネとサラマンダーだったはずだ。
これが精霊か。
さて、次は俺。
鏡の前に立った俺。すると、俺の回りをうろうろしている羽の生えたマッチョの老人が……。
えぇ……なにこれ。き……キモイ。
「領主様、精霊についてはご存知かね?」
「あ……ああ」
水の精霊ウンディーネ(物憂げな少女)
風の精霊シルフ(天然系少女)
火の精霊サラマンダー(気の強そうな少女)
ノーム(髭を生やしたマッチョ老人)
俺の回り、ノームしかいない!
うわぁ、なにこれ気持ち悪い。俺今までずっとこんな筋肉老人に囲まれてたの?
なんかあの映像を見たら、急に男臭いような気がしてきた。知らなければよかったことってあるよね?
「領主様は地の精霊に愛されている。このエンチャントスキルはその成果ということだわい」
なるほど、ようやく理解した。
俺はノームに愛されているわけではないが、例の〈モテない〉スキルによって女の子精霊から嫌われているのだ。サラマンダー、シルフ、ウンディーネがいなくなれば、必然的に俺の周りはノームで埋め尽くされる。
エンチャントスキルは精霊の純度によって強さが決定する。俺はすべての不純物を完全に排除し、ノームのみでスキルを付加することになる。だから大地系の最強スキルがついてしまった、とそういうことだ。
と、ところで他の女の子精霊、大丈夫かな? 俺のスキルって……。
俺は何気なく足元を見た。そこには……シルフがいた。
シルフちゃあああああああん! 俺の足元でシルフちゃんが失神してる! 泡を吹いて倒れている!
どうやら、俺は知らない間に精霊からもモテなくなってしまっていたらしい。しかも迷惑をかけてしまうとは……本当に申し訳ない。
だが今回は悪い話ではない。エンチャントの純度がすさまじく増加したため、ハイレベルなスキルを得ることができたのだ。
見た目は最悪のこの武器が、実は世界最高レベルの武器だとは誰も気がつくまい。
ふふ……ふふふふ……。
最強スキルその3。