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 俺たちは戦い合った。

 無言のまま、しかしその気迫と熱意は誰よりも強く。剣と拳がぶつかり合う。

 奇跡も愛も興奮もない。それが俺たちの……会話。


 ――59回目。


 〈モテない〉スキル影響下にあるオリビアではあるが、その動きは徐々に素早さを増している。

 死と再生により強くなる、オリビアの最も厄介なところだ。

 しかし、俺はそれに対応することができている。

 クラーラの遺産。スキル、〈大精霊の加護〉のおかげだ。


 〈大精霊の加護〉には未来予知の能力がある。大気に散在する精霊たちの声を聞き、敵の行動を先読みする技術だ。

 この力は相当役に立っている。


 クラーラも自分だけでこの技術を使っていれば、逃げ切ることは可能だったと思う。ループさえなければ、あの子一人でも……。

 いや、止めよう。余計なことを考えるのはすべてが終わってからだ。今はまだ、戦いに集中することとしよう。



 ――69回目。


 〈大精霊の加護〉は敵の動きを俺に教えてくれる。だが、その情報を頭の中でかみ砕いて戦術を構築するのは俺自身だ。

 情報を得、理解し、そして体を動かそうとする。その時、少なからず時間のロスができてしまう。


 そのタイムラグが、徐々に無視できないレベルまで上がってきている。

 

 オリビアが瓦礫の上へと跳躍した。その速度は雷……とまではいかないまでもツバメが空を駆け抜けるかのよう。


「くっ……」


 腹部に鈍痛。〈大精霊の加護〉による未来予知で回避行動をとった俺だったが、ほんの少しだけ遅かったらしい。高速で駆け抜けるオリビアの体が、接触してしまったようだ。

 魔具、〈身代わりの小石〉が一個砕け散った。ここまで強力な一撃を受けてしまったのはこれが初めてだ。


 魔具が身代わりになってくれたため、痛みはない。しかしまだ、オリビアの脅威は終わっていないのだ。

 魔具、〈足止めの砂利〉をばら撒く俺。

 この魔具は敵の移動を制限する。不自然に足を取られてしまうため、体勢を崩し倒れそうになってしまうのだ。

 オリビアが〈足止めの砂利〉を踏んだらしい。弱い魔具であるから効果は薄いが、一瞬だけその速度が弱まった。


「そこだっ!」


 俺は〈降魔の剣〉を振るった。

 肩部に重い一撃を当てる。オリビアは倒され、再び再生に入った。


 ――70回目。


「…………」


 とうとう、オリビアの攻撃をくらってしまったか。身代わり魔具には限りがあるから、少しずつ追い詰められてるってことなのかな。


 俺は本当に、一人でオリビアを……。

 いや。

 まだ、戦える。

 弱音は吐かない。俺は……戦い続けなければならないんだ。


 そして……。



 ――84回目


 オリビアの再生がなくなるのは85回目。つまり、あと一度彼女を倒すことができれば……勝利なのだ。

 とうとう、ここまで来てしまったか。

 

 長い戦いだった。ループの中でオリビアを殺したあの時、後悔は切り捨て覚悟もしていた。

 ループは確かに長かった。でも、クラーラが死んでから今に至るまでも……同じぐらいに長く感じた。カルステンに体を奪われ、こうしてオリビアと争うまでの時間は、俺に一生分の衝撃と苦しみを与えるのに……十分だったからだ。

 俺の人生はここで終わりというわけではない。だが、ここは大きなターニングポイントとなるだろう。



 すでに身代わり魔具も底を尽きた。疲労度は言葉で言い表せないほど。このままベッドに直行できたら、どれだけ安らかに眠ることができるだろうか? 

 

 オリビアは俺のスキル〈大精霊の加護〉をも上回る速さを示した。そのおかげで、確かにタイムラグは存在した。

 だが人とは成長する生き物だ。

 俺はループ時代の経験と今回の戦いの過程で、オリビアの戦闘傾向を完全に理解した。もはや彼女の動きは、俺の手の上で踊っているようなもの。


 戦闘経験。

 それが、理性を伴わない獣である彼女と、幾多の修羅場を潜り抜けた俺との差!

 

 そして――


「終わりだ」


 俺は〈降魔の剣〉を振るった。絶対の一撃。直進した彼女の姿を肉眼で捉える前だが、まるで予定調和のようにオリビアは俺の剣へと……吸い寄せられていく。


 あのクレーメンスをも貫いた〈降魔の剣〉。その刃はオリビアの胸部を引き裂いた。


「…………」


 感動はない。

 達成感もない。

 残ったのは、ただの疲労。

 

 敵討ちは何も生まない。憎しみが連鎖する。無駄だ。物語の中で、幾度となく警告されてきた……綺麗事。

 俺はどうなんだろうか? 彼女を殺せて、心から喜べることができただろうか? それとも後悔と懺悔で胸が押しつぶされそうなのだろうか?

 分からない。

 今はまだ、疲れすぎて気持ちの整理がついていないだけかもしれない。


 まあ、今はただこの事実だけ受け止めておこう。俺は強敵を倒した。ただ、それだけを。

 ……そういえば、アイツがずっと俺たちの戦いを見てたんだったな。


「どうだ魔王イルマ。俺もー―」


 瞬間。

 俺は強烈な悪寒を覚えた。


 背後に、血まみれのオリビアがいた。


 目を見開いた。

 あり得ない、理解できないと叫んでしまいたかった。

 だが、今、目の前にある現実を否定することはできない。

 だからこそ、俺は考える。


 傷が、浅かった?

 あるいは、こういうことなのかもしれない。

 オリビアは死に至る一撃を受けると再生する。それは戦いの中で何度も実感してきたことだ。

 俺の剣は、これまでであれば間違いなくオリビアを再生に至らせていただろう。そのつもりで攻撃したし、出血と手ごたえを見て勝利を確信したんだ。


 再生に至る大怪我。

 死に至る致命傷。

 そこに、紙一重の差が存在するとしたら?

 オリビアは今回再生しない。

 死に至るからこそ、再生が起こるはずの時点で止まり、生き残ることができたとしたら?


 そう。

 経験が、あだとなってしまったのか?


「し、しまっ……」


 気が付いた時には、すべてが手遅れだった。

 逃げることすら叶わない俺の体は、彼女の攻撃を無防備のまま受けてしまう。 


 オリビアの体当たりが、俺の胸部を貫いた。


 打撲とか骨折とか、そういった次元を超えた……明らかな欠損。俺の肉や骨は、丸ごと抉られてしまったのだ。


「……あ……がぁ……」

 

 声が出ない。否、出るには出ているのだが、とても言葉として機能していない。むしろ獣のうめき声といった方がしっくりとくる、その程度の音。

 

 明らかな、致命傷。


 ああ……なんだよ、これ。


 失意の中、思い浮かべるのはこの戦いの意義。

 本当を言うと、分かってた。

 きっとクラーラは敵討ちなんて望んでいない。あの子は平和を愛する子だった。俺がこんなにもオリビアを殺そうとしてるのを見て、きっと悲しむだろう。

 そう、これは俺の我儘なんだ。

 

 ああ……ああ……駄目だ。死ぬ、本当に死ぬ。

 俺、何しにこの世界に来たんだろうな。ホント……泣けて……くるよな

 

 ああ……嫌だな。こんな終わり方。

 でも、もう……体が動かな……い……。

 …………。

 …………。



 長い長い、戦いの果てに。

 俺は、死んでしまった。


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