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奇跡


 旧魔王イルマ城、荒地にて。

 俺とオリビアは戦っていた。死闘を繰り広げ、己の生死をかけて鍔迫り合いを行っていた……はずだった。

 しかし、まるで梯子を外されるように……その戦いは止まってしまった。

 オリビアが……正気を取り戻したのだ。


「お、オリビア……オリビアなのか?」


 俺は彼女にそう問いかけた。震える体を一生懸命抱き留めながら、オリビアはゆっくりとその口を開く。


「う……うん」

「な……なんで急に」

「ずっとね、見てたの」


 見てた?

 覚醒していたのに意識があったってことか? 俺と自分の体が戦うその姿を、しっかり理解していたということか?

 まるで、俺がカルステンに肉体を乗っ取られていた時のように……、もどかしい気持ちを抱いていたということなのか?

 

「お兄ちゃんのことを、傷つけたくないって……戦いたくないって思ったの。そしたらね、体が……動くようになって……」


 つ、つまりこういうことか? 

 オリビアの愛が、奇跡を生んだ。愛する俺を傷つけたくない、嫌だって思う心が体の主導権を取り戻した?

 今も、覚醒時の人格と精神をすり減らす戦いをしてる? だから体を震わせて、助けを求めてるってことか?


「助けて……お兄ちゃん。私……お兄ちゃんのこと……好きで……」

「なんだよ……それ……」


 声が、震える。

 魂が、叫んでいる。


「お兄……ちゃん?」

「……き、奇跡ってなんだよ! 愛ってなんだよ!」


 気が付けば、俺は泣いていた。

 許せなかった。

 俺はこいつを倒すつもりだった。奇跡とか愛とか、そういう物語みたいな話は……いらなかった。

 

「どうしてもっと早く正気に戻らなかった! お前が……お前さえ元に戻っていたら……クラーラは死ななかった! バルトメウス会長だって生きてた。もう遅い! 何もかも……遅すぎるんだ!」

「え……。お兄ちゃん」

「黙れええええええええええええええええええええええっ!」


 怒声のまま、俺は剣を向けた。

 もう、後戻りはできないなんだ。


「今更なんだ! 何様のつもりだ! お前は敵だ! もう、敵なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺は叫んだ。怒りのあまり、喉が擦り切れてしまいそうなほどに声を荒げていた。

 対するオリビアは、沈黙。

 苦しそうに己の内なる存在と戦っていたオリビアは、さらに激しく体を震わせながらも……必死に声をあげた。


「……わ、私のこと、好きだって、愛してるって言ってくれた」

「それは俺じゃない! カルステンが勝手にやったことだ!」

「嘘……嘘…………」


 顔を真っ青にしたオリビアは、まるで何かに恐怖するかのように一歩後ずさった。目から涙の雫が頬を伝い、ボロボロのワンピースを濡らしていく。

 そして。


「あ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 天を裂くほどの悲鳴を上げるオリビア。その声は、どんな槍よりも深く、どんな剣よりも強く俺の心に突き刺さった。

 …………どのくらい、彼女が叫んでいたか分からない。俺はその慟哭に心をすり減らさないよう、意識を背けるだけで精一杯だったのだから。

 気が付けば、声は止んでいた。


「…………」


 オリビアが、元に戻った。吐く息は荒く、ただ魔王イルマを求める獣のような存在へと……回帰してしまった。

 奇跡は俺が握り潰した。


「ふっ、くだらない茶番だ。さっさと戦え」


 魔王イルマが苦言を呈した。


 どのみち、涙を流して和解だなんて流れを魔王イルマが許してくれるわけがない。もし俺が情に流され奴がいうところの『茶番』を続けていたとしたら、今度こそ本当になぶり殺しにされてしまったかもしれない。 


 オリビアは感情で力を抑えつけていたみたいだけど、いつまたその流れに逆らうことができなくなるか分からない。そうなってしまえば、再び彼女は魔王イルマを襲い始めるだろう。

 彼女には未来がない。俺に殺されるか、イルマに殺されるか。二つに一つしか……残されていないんだ。


 ならばせめて、俺が引導を渡してやるべきだと思う。

 それがクラーラへの弔いになる。


「許してほしい」


 それは、懺悔の言葉。


「俺にお前をどうにかすることはできない。誰かがどうにかできるなら、これまでどこかの魔王がお前を止めていたはずだ」


 愛がもたらしてくれた奇跡。それはとても素晴らしい、感動的な言葉。

 でも、俺は思った。

 こんな奇跡は……いらなかったと。


「ここからは言葉はいらない。気持ちも、心もいらない」


 奇跡の時間は終わった。今ここに残るのは、魔王の天敵オリビアと勇者ヨウのみ。

 俺は剣を振るった。風を切るその音は、まるでこれまでの空気を引き裂くかのよう。


「俺はお前を倒して、クラーラの仇を討つ。ただ、それだけだ」


 〈アルケウス〉、起動。

 強化版〈モテない〉、作用中。

 そして精霊剣は健在。

 

 オリビアが跳躍した。

 俺は走り始めた。


 俺たちは、戦う。

 そこに愛や奇跡は……いらない。


この力王編は、小説全体から見て中盤の終わりに相当します。

なんだか終わりが近いみたいな雰囲気が出ているかもしれないですが、まだまだ先はあるんです。

完結まで少し時間がかかりそうな小説を読みたいという方は、安心して読んでください。

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