アルケウス
魔王イルマの乱入に、俺は困惑していた。
まずい。
こいつと仲良くオリビアを倒すなんて展開はあり得ない。俺はそんなことを望んでいないし、あいつだってそれは同じだろう。
悠然と歩を進める魔王イルマ。その瞳に宿る闘志の向く先は、俺か、はたまたオリビアか。
いずれにしろ、誰かを叩き潰すつもりでいるのはひしひしと感じる。よくない流れだ。
「近づくなっ!」
俺は声を荒げた。
「貴様、私に命令するつもりか? いい度胸だな、死にたいのか?」
「これは、俺の戦いだ! 邪魔をするなっ!」
「話にならないな。奴隷であるお前の言葉に耳を貸す必要はない」
本当に、この魔王は扱いにくい相手だ。
俺の都合などまったくお構いなし。安易な同情話や利益を説いても全くの無駄。
なら……。
「いいのか?」
ぴたり、と魔王イルマは足を止めた。
「何の話だ?」
「俺はオリビアを倒すために戦った。すでにあいつは6回倒され、そして俺も少しだけ疲労を覚えている。弱った敵の背中を殴りつけるのが、お前の言う矜持ってやつなのか?」
そうだ。
こいつには、こういう言い方が効く。
「俺とオリビア、勝った方の相手をする。それが魔王のやり方だろ?」
「…………」
魔王イルマは動かない。
俺の話に耳を傾けているのだろう。多少なりとも、この言葉に効果があったということか。
「お前はラスボスだ。そこで俺の技や技術を説明しながら適当に観戦してるのが、今のお前の役割だ。そこで大人しく待っていろ!」
「いいだろう」
魔王イルマは大きく飛び跳ね、近くの瓦礫へと座り込んだ。
「あまり私を失望させるなよ。血肉を躍らせ、私を楽しませてみろ」
あそこは……、確かもともとコロシアムの観客席があった場所。
そうだ。
俺と魔王イルマが初めて会ったあの時も、ああやってあいつは玉座に座っていた。ふんぞり返って、上から見下して、俺たちが戦う姿を眺めていたんだ。
あの時は、逃げ出してしまった。情けない俺は、アレックス将軍の優しさに甘えて……逃げ出すことしか考えていなかった。
その結果、将軍は足を失い、俺は奴隷になってしまった。
死ななかったのだから、最悪の結果ではないのだろう。だけど、もっとましな方法があったんじゃないだろうか? そう、ずっと後悔していた。
俺はあの時とは違う。
そこで見ていろ魔王イルマ。あの時、情けなく逃げ出した俺の成長を……。そして、次に戦うことになる、男の力をっ!
すでにオリビアはその体の再生を終え、臨戦態勢を示している。
次の戦いを、始めよう。
「〈アルケウス〉」
スキル〈大精霊の加護〉によって生み出されるこの技は、精霊の力を借りたある種のレーザービームだ。俺の周囲には、その力を象徴するいくつかの球体が浮いている。
「やれ」
遠距離からの精霊砲に似た一撃。けたたましい轟音とともに、空気を穿ち煉瓦を破砕する。
4色の光の塊はオリビアの肉体を捉え、見るも無残に肉を抉った。もはや確かめるまでもなく、倒せている。
――7回目。
「ふ、臆病者め。近づいて戦え」
後ろからは解説役の魔王が煩い。どうやらこの攻撃方法はあまりお気に召さなかったらしい。
勇者ヨウ、一世一代の大バトル。観客がこいつだけとは、ずいぶんと皮肉なものだな。アレックス国王がいたら盛大なエールを送ってくれたのだろうか?
いやむしろ、他の誰かがいなくてよかったのかもしれない。オリビアを倒すのは俺の私情だ。その意味を、納得いくまで説明することなんてできないのだから……。
まあ、いい。
まだ戦いは始まったばかり。いずれのこの〈アルケウス〉ですら太刀打ちできないほどに、オリビアが強くなってしまうのだろう。
その時こそ、俺の成長を示す大チャンスだ。
そこで大人しくしていろ魔王イルマ。お前は必ず……俺が倒す!
しばらくのち、オリビアが蘇った。
相変わらず、不思議な存在だ。これまでの傷が全くなくなっており、ワンピースだけがボロボロの状態。不死身なんじゃないかと疑ってしまいたくなる。
だが、俺には信じて戦う以外の道は残されてない。行くぞ。
「……ん?」
なんだ、これ。
おかしいな、オリビアがこっちに寄ってこない。
近づいたのちに〈アルケウス〉によるレーザー攻撃をくらわせようとしていた俺だったが、当のオリビアが一向に攻めてこない。立ったままずっと動かず、うつむいて体を震わせている。
今までこんなことはなかった。オリビアは獣のように魔王に迫り、その体にある糸を食らう存在。それ以外の挙動を示したことなんて、なかったはずだ。
一体、何が起こっているんだ?
体を震わせたオリビアは、そのうつろな瞳をこちらに向け、そして……。
「お兄……ちゃん」
「……っ!」
そ、そんな……まさか……。
絶対に起こらないはず。いくつもの統計によって証明された、あり得ないはずの展開。
それが、起こってしまった?
「助け……て」
その声と顔は、いつも俺に懐いて微笑みかけていた少女……そのものだった。
な……なんてことだ、よりにもよって、こんな時に……。
正気を、取り戻したのか?
この力王編は早く終わりそうな気がします。