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カルステンの遺産

このお話は主人公、ヨウ視点の現代話です。

当たり前のことが当たり前でなかった。それがこの話の前に当たる叡智王編でした。

 俺、藤堂陽は目を覚ました。

 長い夢を見ていたかのような感覚だ。魔王カルステンの過去を見るたびに、奴と自分が一体になっていくのを感じた。

 もう戻れない、個が消滅していくと危機感を覚えた。でも奴の精神支配はあまりに強く、抵抗することができなかった。

 そう、俺は奴に敗北していた。それはもう、覆すことのできない事実だ。

 

 だが今、俺はこうして意識を取り戻した。

 間違いなく、魔王カルステンは死んだ。最後の記憶は朧気ではあるが、何となく覚えている。奴は負けたんだ。今、目の前にで俺のことを見下ろしている……この仮面の男に。


 俺はボロボロになった体をなんとかして起こし、ゆっくりと立ち上がった。〈橙糸転移〉によって一度は死んでしまっていたはずの体。鎧のボロボロ具合に比べて、体の痛みが少ない。

 カルステンはまた俺の体に戻る予定だった。本当に体が死んでしまわないようにと、あいつが何かしたのかもしれないな。


「……あんたが助けてくれたんだよな? すまない、危ないところだった」

「ふっ……」


 仮面の男は笑った。声や息遣いでそれを感じることはできるのだが、それ以上の感情を推し量るのは難しい。


「弱いことは、罪だ」

「…………返す言葉もない」


 何も言い返せなかった。

 俺はカルステンに負けてしまったのだ。そういう意味では、こいつの言う『弱い奴』なんだろうな。命の恩人にどんな文句を言っても無意味だ。

 

 仮面の男は近くに落ちていた精霊剣を拾い上げた。カルステンとの戦闘中、自ら投げ捨てたものだ。


「俺はもう、お前を助けるつもりはなかった。お前が生きようが死のうが、そんなことはどうでもいい」

「どうして……俺を助けてくれたんだ?」

「カルステンがお前の肉体を支配する展開は避けたかった。あれは危険だ、危険すぎる。奴に広大な領地と人民を与えたら、ほぼ確実により厄介な魔具を探し当てていただろう」


 実際のところ、俺の肉体を手に入れたカルステンに障害は何もなかった。ダニエルさんやサイモンとの関係も良好。むしろ領内統治に関しては学ぶことが多かったとすら思えるぐらいだ。

 唯一の希望はイルマであるが、彼女も俺の変貌に気が付けたかどうか怪しい。今回のカルステンはだいぶ冷静だった。いつかのように自暴自棄になり正体をさらけ出してしまう可能性は低かっただろう。


 仮面の男の出現に、カルステンは驚いていた。奴は敵対関係にあるこいつを認識していなかった? 


「俺はこれから最後の戦いに向かう。お前は好きにしろ」

「最後の戦い? なんだそれは?」

「…………」


 仮面の男は何も告げることなく、この場から立ち去ってしまった。


 後に残ったのは、ガラスの散った執務室と俺のみだった。


「…………」


 静かな風が流れ、千切れたカーテンがゆらゆらと揺れている。

 終わった。

 時間にして2週間。長いようで短い奴との戦いは、予想外の介入を経て俺の生存へと収束した。


 謎の人物、仮面の男。

 

 結局、あいつは誰だったんだ?

 カルステンは死ぬ間際に気が付いたようだが、その辺りの記憶はうまく継承されていない。死ぬ間際の混乱、苦しみが思考の大半を占めていたあの時だ。思い出そうとすると激烈な感情が雪崩のように入り込み、とてもではあるが精査する余裕がない。


 イルマの配下は死んだ。カルステンも死んだ。振り回されてばかりの俺だったけど、結局今の状況は人類にとってかなり有利。

 この状況を生かして、さらに領地を……いや、この世界の平和を目指していきたい。

 それがクラーラの……いや、あの子を言い訳にするつもりはない。俺の……我がままってことなのかな。


 とりあえずはサイモンか誰かを呼んで、この部屋を片付けてもらおう。

 俺は部屋を出ようとして、執務室のドアを開けた。

 その瞬間――


「……?」


 それに気が付いた。


 それは、目だった。ぎょろり、と子供の握り拳程度の大きさをした目が、目の前の柱にまるで生えているかのように張り付いていたのだ。

 見た目はとてもグロい。というか、こんなものを誰かが見つけたらきっと大騒ぎをしていただろう。


 だが、俺は知っている。

 この目玉……否、この魔具・・の正体を。アイツが愛用していた監視魔具だ。


 〈王の目〉。

 効果:遠方からの映像を脳内に転写します。鑑定スキルを持つ者のみ視認可能。


「これは……」


 不思議な光景だった。突然、〈王の目〉の近くに立札のようなものが出現して、そこには使用法や効果が詳しく書かれていた。


 この魔具の存在自体は、容易に理解できる。

 おそらくは魔王カルステンが残した監視システムの一環だろう。かつての奴は疑い深く、そして慎重な性格だった。執務室周りをうろつく配下の動向を監視したかったに違いない。

 それ自体は、なんら問題ない。

 問題は……。


「まさか……」


 かつて魔王カルステンは、肉体転移を行いながらもその固有スキルを継承した。俺の肉体を操っていたあいつは、鑑定スキルを正常に使いこなしていた。

 俺の体で死んだカルステン。もし彼のスキルが……この肉体に宿ったままだったとしたら?

 この魔具の説明が記載された立札はそう、かつて奴の夢の中で散々見せられた例のスキルと一致にする。


 もう、答えは一つしかない。


 〈叡智の魔眼〉。

 奴を最強足らしめたこの鑑定スキルを、俺は身に着けてしまったのだった。


ここからが力王編になります。

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