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そして現代へ

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。

 究極疑似魔法〈グラファイト〉が起動し、帝国が滅んだ。僕は再び、諸国を放浪する旅に出た。

 これまでとは違う、目的を持った旅だ。僕は〈グラファイト〉を勝ち抜くため、準備を行うのだ。

 猶予は100年。有り余る時間は、僕に十分な余裕を与えてくれた。

 例えばそう、これまでずっと考えてこなかったこの体のことを思うようになった。

 新しい体が欲しいなぁ。もうイルデブランドの顔である必要もないし、僕の気に入った人間がいれば……代えてもいいんだけどな。


 時は流れ。

 

 現代から二十年前、カラン大砂漠南方スツーカにて。


「カルステン殿の所有する〈契約の書〉。これを譲ってはいただけないだろうか?」


 目の前にいるのは、ついこの間魔王になったばかりの大男。そのごつごつとした手で持っていた袋を、机の上に置いた。

 中身は金貨。

 人間世界での暮らしも長い僕は、お金の価値を知っている。これは……相当量。傭兵100人を雇えるほどの大金だ。

 珍しいな、人間のお金を使って交渉する魔族なんて。


「人間のお金はあって不便なものじゃない。君が『人』としてそれ相応の報酬を支払うというなら、僕もこの魔具を譲ってもいいよ」

「おお、感謝いたします。今後とも、我がメリーズ商会を御贔屓に」


 大男が頭を下げた。イルマ流に言うなら、『矜持を持たぬ魔王に相応しくない男』ってところかな。

 僕は逆に好感もてちゃうけど。



 現代から約5年前、グルガンド王国とある森林にて。


「く……くくく……」


 まったく、僕としたことがしてやられたよ。

 〈隠れ倉庫〉は僕の持つ所有する魔具を収納するための魔具だ。僕は何かの魔具を使うとき、ほぼ間違いなくこれを起動させる。

 そこを、突かれた。


 霧状の体を〈隠れ倉庫〉に侵入させたソイツは、いくつかの魔具を僕から奪い取ったのだ。

 こんなことをやられたのは初めてだ。おそらく。かなり前から僕のことを監視して、宝を奪うために虎視眈々と狙っていたのだろう。


「素晴らしい魔具を手に入れた。これで余の領地はさらに広がるであろう」


 まずいなぁ、まずいなぁ。〈降魔の剣〉が奪われちゃったぞ……。


「使い方は時間をかけ、人をかけゆっくりと精査するとしよう。余には配下となる人間が腐るほどおるからな。何人犠牲になっても構わない。くくく……」


 黒い霧状の魔族は、高笑いをしながら遠くへと逃げて行った。

 追うか、追わざるべきか?

 追いつけはしないけど、〈王の目〉、〈王の耳〉を使えば逃げ場所を特定することができる。そこを奇襲すれば、魔具を取り返すことだって……。

 

 いや、問題ない。

 の魔王は一番最初に殺されるんだ。僕が出向かなくても、最初に死ぬ運命。

 急ぐ必要は……ない。



 そして、時は流れ。


 ――今、この現代に戻る。


 僕は自分の手を握った。

 ムーア領領主、ヨウ・トウドウの肉体は僕が掌握した。彼の魂は未だ残っているものの、もはや反抗するだけの力を持っていない。いつかのように肉体の支配権を奪われそうになることは、もう二度と訪れないだろう。


 領主の館、執務室にて。


 僕は中央の椅子に腰かけている。隣にはダニエルさんが緊張した表情で立ち、事の成り行きを見守っていた。

 目の前にいるのは、小太りの中年男性。


「ムーア領西方、スラーグ村村長セブルスさん」


 それが彼の名前。

 僕に名前を呼ばれた彼は、びくん、とその肩を震わせた。


「わ、私は、どうしてここに呼ばれたのですかな?」

「スラーグ村の税金が一部不正に着服されている疑いがあります。今日あなたを呼んだのは、その件についてお伺いしたいからです」

「ひっ……」


 セブルスは顔面を蒼白にさせた。


「おやセブルスさん。どうしたんですか、そんなに汗をかいて」


 実際、彼は分かりやすい男だった。顔が青いだけではなく、額には玉のような汗をかいている。


「今、あなたは目を泳がせましたね。左腕を小刻みに震わせ、体を少しだけ前に倒した」

「そ、それが何か?」

「人は嘘をつき、緊張すると癖が出ます。俺は領主として何人もの人間を見てきました。あなたは……己の趣味のため税金を着服した? そうですね?」

「……ち、違う。私は……」

「これ以上罪を重ねないでください。俺の前で嘘は通じません。分かるんですよ、嘘をついている人間は」


 違う違う、と連呼しているセブルスではあるが、その様子ははっきりいって犯罪者以外の何物でもない。

 僕に罪が暴かれたと確信し、必死に弁明を試みているのだ。


 人間なんて、こんなもの。


 実際のところ、僕は鋭い観察眼を持っているわけではない。相手の挙動や仕草だけですべてを見抜くなんて、不可能だ。


 魔具、〈王の目〉、〈王の耳〉。

 これを使い、村の不正を暴いたのだった。

 別に不正を暴こうと躍起になっていたわけじゃない。僕が安心して領地を運営するために、適当に張り巡らしておいた監視網にひっかかっただけのこと。

 つまり相手は、犯した罪がバレているのかとビクビクしている人間なのだ。適当に揺さぶればボロがでる。


 これが真相。でも、こんなこと素直に話せるわけがない。

 魔具を使ってあれこれしてるなんて知られたら、みんな不気味がって激怒するだろう。

 英雄ヨウ君が鋭い観察眼で不正を見破った。このストーリーで……十分なのさ。


「りょ、領主様! こ、これは違うのです、何かの間違いなのです!」

「連れて行って」


 僕が指を鳴らすと、入り口から屈強な兵士二人がやってきた。罪人を連れて行くために僕が用意していたのだ。

 セブルスはおどおどと周囲を見渡したが、やがて観念したのか……大人しく二人に連れて行かれてしまった。


 まあ、僕は恐怖政治をするつもりはないから、あまり厳罰にはしない。お金を返してもらって釈放の流れだと思う。


「いやー、ヨウ君すごいね。俺は『お金の流れがおかしいなー』ぐらいの認識だったのに、こんなに早く犯人を言い当てちゃうなんて」

「早く気が付いて良かったですね。これ、ずっと放置されてたら大変なことになってたような気がします」


 ダニエルさんが僕のことをじーっと見ている。

 なんだろう?


「どうかしましたか?」

「なんだか最近、ヨウ君がすごく優秀になったような気がするな。あ、別にこれまでのヨウ君が馬鹿だとか無能だとかいう話じゃないよ。でも最近、不正を見破って税金を見直して治安を良くして……もうすごいよね。英雄……っていうかもう王様になってもいいぐらい」

「買いかぶりすぎですよダニエルさん。俺は周りのみんなから少しずつ学んで、いろんな人と出会って成長したんです。まだまだ至らないところも多くありますから、これからもダニエルさんの力を借りますよ。よろしくお願いしますね」


 ぺこり、と頭を下げる僕。ダニエルさんはそんな僕の言葉に照れたらしく、あれこれと自分を下げるような言葉を発している。


 これでいい。

 僕はこれでも、大領地を治めていたことのある魔王だ。〈王の目〉、〈王の耳〉をもってすればヨウ君よりももっとうまく効率的に領地を運営できる。

 僕は――この地の王になる。


 いろいろと声を出して満足したらしいダニエルさんが、改めて僕の方を見た。 


「じゃあ、俺は店の方にいったん戻るね」

「ダニエルさん、もう少し俺のことを手伝ってくれてもいいんですよ?」

「無茶言わないでよヨウ君。俺は一応、会長がいなくなった後の商会の運営を任されてるんだ。そこに手を抜けはしないよ」

「……残念です」

「それじゃあね」


 手をふらふらと揺らしながら、執務室から出ていくダニエルさん。

 この部屋に残ったのは……僕一人。


「ふ……ふふふ」


 笑う。

 こんなところで一人笑っている姿は、きっと不審者以外の何物でもないだろう。でも僕は……笑わずにはいられなかった。

 なんて気分がいいんだ。この体を奪ったのは正解だった。みんなが僕に優しく、忠誠を誓って、言うことを聞いてくれる。イルデブランドやイービルアイにはなかった『人望』や『尊敬』がヨウ・トウドウには備わっているのだ。


「ふふ、はははっはははははははっ! あっははははは――」

 

 瞬間、僕の左頬を風の刃が突き抜けた。はらり、と切れてしまった数本の髪が宙を舞う。

 おそらくは風系統のスキルだろう。とっさに体をひねり回避しなければ、当たっていたかもしれない。

 もっとも、当たったところで〈身代わりの宝石〉を持つ僕にはかすり傷に等しい一撃だっただろうけど。


「君は……誰かな?」


 窓の外、バルコニーの柱の陰から現れたのは、一人の男だった。

 その男は、仮面を身に着けていた。


「君は確か……魔王エグムントの……」


はい、現代に戻りました……。

長かったですね。

叡智王編ももうすぐ終わりです。

いやホントに、長かったですね。


え、仮面の男って誰?

彼こそは第44部、仮面の男以来登場していない重要キャラ。

すまぬ、今まで放置しててすまぬ。


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