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激怒、魔王イルマ

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。

 城からの使い、妖猫を退けた僕。

 お姉さんとの日常は誰にも邪魔させない。


 今日は部屋で二人っきり。

 お姉さんはアンデッドとして蘇ったばかりだから、うまく体を動かせない。椅子に座っている彼女の髪を、櫛でといているのが僕だ。


「オリビア、今日は嬉しそうだね? 何があったの?」

「…………」

「へー、かわいい猫を見つけたんだ。それはよかったね」

 

 あっ、魔具〈絶壁〉が破られた。

 この前妖猫が家に来て以来、僕はこの家を再び〈絶壁〉で囲むようになった。登録者以外誰も通さないとされるこの魔具ではあるが、ある程度強い者はその範疇に漏れる。

 うーん、僕の仲間で強い奴なんて限られてるからな。そしてそういう奴ほど顔を合わせる機会が多いから……億劫だな。


 やれやれ、面倒だな。でも何度だって追い返してみせるよ。僕とお姉さんの安らかな日々を……邪魔なんてさせない。


 なんて、軽い気持ちで考えていたんだけど。やっぱり僕たちは……安らかには過ごせないらしい。

 どん、と大きな音がした。慌てて廊下に出てみると、玄関のドアが吹っ飛んでいた。


「この恥さらしが、いつまで醜態を晒している」


 蹴り飛ばしたドアの前で、腕を組み立っている魔族。マントを身に着け、人間のような姿をしたこいつは……そう。 

 魔王イルマ。


 僕を睨みつけるその姿は、明らかに激怒している。

 ま、まさかこんな大物が来るなんて。


「お、お姉さん。下がって。こ、こいつはすごくヤバイんだ。絶対に部屋から出ないでね。ホントに……まずいよ、これ」

「話に聞いていた通りだな。この愚か者が……」


 イルマは目を細め、僕を軽蔑するかのように吐き捨てた。


「妄想に耽り、現実を忘れ領地を忘れ配下を忘れ、貴様はそれでも魔王かっ! 恥を知れっ!」 


 一喝とともに魔王イルマの姿が消えた。とほぼ同時に、僕の目の前に姿を現す奴。

 一瞬。

 その間、瞬きするほどの刹那。僕は魔具〈隠れ倉庫〉を起動させようとしたが、まったく間に合わなかった。


「げごばっ!」

 

 腹部に衝撃が走る。常備装備である〈身代わりの宝石〉が音をたてて砕け散る。しかしそれでも衝撃を押し殺すことはできず、あばらの骨が何本も折れてしまった。

 僕は壁に体を打ち付け、大きく仰け反った。

 

 遅れて、魔具〈隠れ倉庫〉が起動する。鈍重な鎧によって包まれた僕ではあるが、こんなことで勝てるとは思っていない。


「僕を殺していいのか魔王イルマ! 知ってるんだろう? 僕が肉体転移して相手の体を乗っ取ることができるって」

「やれるものならやってみろ」

 

 く、くそ! この力馬鹿が。こんなのだから知性のない野蛮な魔族は嫌いなんだ。昔僕を蹴りつけてきたオークを思い出すよ。

 ああ、糞。イライラするな。どうしてあの時の妖猫もこいつも僕を邪魔するんだ。僕はお姉さんと一緒に暮らしたいだけなのに……。

 そういえば……この魔王。 


「……思い出した。僕は知ってるんだよ、お前が実は女だって」

「…………」


 魔王イルマは目を細めた。

 以前、遠距離からこいつのことをメガネ型の魔具で視認する機会があった。そこに書かれていた情報には、こいつが女であることは記載されていた。


「……そうだ、僕がお前の肉体を奪ったらみんなに『私は女』だって言いふらしてやる! 交尾だってしまくって、アバズレ女だって笑われてやる! あは、あはははははこいつはいい、なんだか楽しくなってきたぞ!」

「この屑が。嬲り殺してくれるわあああああああああっ!」


 魔王イルマの拳が僕の腹部にクリティカルヒット。 


「が……ぐっ……」


 う……うう……さすが世界最強。地上で最も強いと言われている〈断絶の鎧〉を、いともたやすく砕いてしまうなんて。

 

 ああ……ダメだ。

 これ、死ぬ。

 骨とか、肉とか、そういうのいろいろとやばい。臓器だってめちゃくちゃになってるかもしれない。


 赤の魔王イルマ、やっぱり馬鹿。 

 力、と名前が付くだけあって脳筋。

 はぁ、やっぱりこうなっちゃうのか。正直、この魔王の肉体を奪うのは嫌だったんだけどな。

 でも僕、死にたくないし。仕方ないよね。

 唯一の懸念はお姉さん。僕が魔王イルマの体になったら、きっと戸惑うだろうなぁ。

 僕の体が女になっても、愛してくれるよね? お姉さん優しいから、きっとなんだって許してくれる。

 

 ――〈橙糸転移〉。


 さあ、魔王イルマ。

 その体を……僕に捧げてよ。


 僕の体から魂が抜けだし、橙の糸がイルマを繭のように覆っていく。

 だが次の瞬間、橙の繭は破られた。

 イルマのパンチが、僕の魔法を貫いたのだ。そしてその延長線上には……僕の魂が。

 ぐわん、と僕は体が揺れるのを感じた。


「なっ……」


 魂を、殴られた?

 そんなことができるのか?


「え……あ……?」

 

 も、戻ってる。ボコボコにされて、僕は確かに死んだはずだ。魂が体から抜けて転移を始めたはずの僕が……もとに戻っている。


「あ……ああああぁあああああ」


 痛い!

 なんだこれ、痛い、痛いよ! 

 当然だ。死ぬほど……というか死んでたほどの痛みなんだ。耐えられるわけがない。

 

 殴られてふきとばされて、魂が肉体に戻った? 僕が無理やりお姉さんの魂を〈身代わり人形〉に押し込んだように、この女は僕の魂を無理やり死体に戻したのか?


「お前……楽に死ねると思うなよ」

「ひ、ひぃ……」


 イルマが関節を鳴らしながら。死にかけの僕へと歩み寄ってきた……。



「ひぃ、ご、ごめんなさい。もうお城に戻ります。ぼ、僕は正気に戻りました……。許してください……」


 何度、そう謝っただろうか。死すらも許されないこの状況で僕にできることは、格上である魔王イルマにひたすら謝り続けることだけだった。


「ふんっ!」


 心が壊れてしまったかのように謝り続ける僕を見て、魔王イルマは呆れてしまったらしい。


「つまらない戦いだった。いや、戦いですらなかったか。ここに来たのは間違えだったのかもしれないな。お前の領地は私が攻め落としておくから安心しろ。もう二度と、お前と私が争うことはないだろう」


 イルマはそう言い残し、マントを翻しながら立ち去って行った。

 力王イルマは戦いを好む。

 それゆえに、戦いにすらならない僕との争いに嫌気がさしてしまったようだ。

 それは僕にとって不幸だったのか、それとも幸運だったのかは分からない。


 殴られて、叩かれて……不本意だけど、冷静になってしまった。

 僕は失敗したんだ。

 魔具、〈死者の書〉ではお姉さんを生き返らせられなかった。僕はその事実を認めたくなくて妄想のお姉さんを作り出し、まるでおままごとのように一人でずっとこの家にいた。


 僕は正気に戻った。

 現実を……理解してしまった。 

 でも、それだけだ。 

 それで何かが解決したわけじゃない。お姉さんは死んでしまったし、僕は魔王とか領地とかどうでもいい。

 そう……どうでもいいんだ。


念のため、そろそろここに書いておきます。

このお話は、魔王カルステンに体を乗っ取られそうな主人公のヨウ君が寝てるときに見ている夢です。

もう10話ぐらいたってますけど、忘れないでくださいね。


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