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偽物

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。

そしてややショッキングな展開に注意。

「……え」


 僕は、声を漏らしてしまった。

 とても無視できる状況ではなかった。心が……悲鳴をあげそうですらあった。

 目玉……目玉って……。


「イル君、どうしたの?」


 お姉さんが心配そうな面持ちで僕の顔を覗き込んできた。


「め、目玉って、少し前まで……この家によく遊びにきて、たイービルア……イのことだよね。そ、そ、それが……どうか、したの、かな?」

 

 イルデブランドは僕と会ったことがある。目の前で失神されたこともあるし、肉体を奪うときもそんな話をしていた。だから、僕の口からイービルアイの名前が出ることは……不自然じゃない。


「覚えてるかなー、イル君。一年前ぐらいに、ステーキパーティーしたでしょ?」

「……う、うん」


 僕はイルデブランドの記憶を完全にではないが継承している。

 一年前、パーティーだと言って喜ぶお姉さんとステーキを食べた記憶は確かに存在する。冒険者として臨時収入が入った、という話だったけど……あれは……。


「あれはいいクエストだったわー。おかげでいっぱいお金がもらえて、夜はおいしいお肉でステーキパーティー。あの目玉はね、たぶん……あのクエストの生き残りなの」

「……っ!」


 心臓を鷲掴みされるっていうのは、今、こんなような感触を言うのだろうか?


 僕は知っていた。


 魔王ヨハネスは、冒険者ギルドを使う。


 魔王になる前の僕が攻められた時だってそうだ。ヨハネスは煩わしいことがあるとすぐに冒険者を使う。配下の〈人化〉した魔族に依頼をさせるんだ。


 かつて僕が住んでいたイービルアイの村は、一応ヨハネス傘下だった。自らの権力を保つためとはいえ、かつて仲間だった者たちのもとへ配下を送り付けて滅ぼすのはひどく煩わしいことだったに違いない。ある種裏切りのような行為を誰が好んでおこなうだろうか? むしろ、余計な不信感を与えてすらしまいかねない。


 そもそもパパはどうしてヨハネスの仕業だって分かったのか? 襲ってきた魔族たちが、丁寧にそう名乗ったのか?

 もう一つ、可能性がある。

 もし、パパが知っていたとしたら?

 ヨハネスは冒険者を使う。だから、村に冒険者が攻めてくるのを見て……すべてを察したのだとしたら?


 あの時の切り傷は……お姉さんの……。


「最初はね、この家がバレたって思ったわ。魔族ってね、魔王の配下が大半だから……村一つ滅ぼしたらきっと復讐されちゃう。イル君が魔族を怖がってるのは知ってたけど、ごめんなさいね。適当に優しくしておかないと、私はともかくイル君の身が危なかったのよ」

「…………」

「怖い?」


 僕は、相当に震えあがっていたらしい。お姉さんはそんな姿の僕を見て、最終試験に怖気づいてしまったと勘違いしたみたいだ。


「大丈夫よ、イル君。とっても簡単なことだから……」


 お姉さんは震える僕の体を、そっと抱きしめた。

 暖かく、柔らかいその感触に、いつもなら心を委ねることができた。背中に当たるお姉さんの豊かな胸が、今は肌寒くて仕方がなかった。


「ここだけの話だけどね、アイツ、私に惚れてるのよ。だから私が近くにいれば、絶対に攻撃してこないわ。私が話をしてるから、後ろから攻撃して」


 歯が、がちがちと震えていた。

 止めてよ。

 それ以上……言わないでよ。

 だって……僕は……お姉さんのことを……ずっと……。


「そうそう、ブローチだって貰ったことあるのよ。気持ち悪いからすぐ売っちゃったけど。こんなに愛されてるのに、乱暴されると思う? されないでしょ? だからそんなに震えないで、イル君」


 あ……ああぁ……あああ……あ。


「イル君はまだ魔物を殺したことがないのよね。それって、冒険者としては致命的だと思うわ。だからそれが、最後の卒業試験。でも最近、あの目玉ここに来なくなっちゃったのよね? 気づかれたのかしら? まあ、もう少し待ってみましょうよ。アイツが次にここへ来たら、その時が最終試験よ」


 試験……て?

 僕は……飼いならされていた? イルデブラ……ンドの、勇気と経験を与えるために。

 そのために、ずっと……ずっと……。


「ね?」


 お姉さんは笑った。

 無邪気に、それでいて恋人を安心させるように優しく。 

 その姿が――


 僕の心を……砕いた。


「……嘘……だ」


 嘘だ。


「ほっとけないって言ってくれた、特別だって言ってくれた。あれは……嘘なんかじゃない」

「イル君?」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 こいつは偽物だ!

 お姉さんはこんなこと言わない! 


「お前なんかああああああああああああああああああ、お姉さんじゃない! お姉さんはそんなことを言わない! 返せよ! 返してくれよ! 僕の優しくて天使だってお姉さんを返せ!」


 僕は偽物の首を絞めた。


「い……イル君、止めて、苦し……い」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「が……ぐ……」


 認めない!

 こんな女は、お姉さんじゃない!

 僕は……僕はあああああああああああああああああ。



 いつまで、そうしていただろうか。

 僕はお姉さんを取り戻したかった。いつもの優しくて愛らしいお姉さんに戻って欲しかった。


「あ……」


 目の前にはお姉さんがいた。


「お、お姉さん?」

 

 お姉さんは白目を向いていた。口はまるでカニのように泡を吹き、僕の言葉にまったく反応しない。

 僕が手を放すと、まるで人形のように地面に倒れこんだ。筋肉という筋肉を弛緩させ、重力に従い地面に伏せるお姉さん。ブリッジをしているようなその体勢は、傍から見れば滑稽ですらあった。


「し、死んでる」


 え……嘘。

 だって僕は、お姉さんのことが好きで……それで……。

 ずきん、と手が傷んだ。見ると、小さな赤い筋がいくつもいくつもできていた。 

 お姉さんが、僕の手を引っ搔いたんだ。苦しい、助けてって何度も何度も懇願された。倒れこんだお姉さんの顔は、困惑と涙でぐちゃぐちゃになっていた。


 あ……あああぁ……あ。

 ち、違う。

 僕じゃない!

 僕は殺してない!

 あの偽物が悪いんだ! お姉さんを語って、僕を騙そうとするから。


「嘘だ……」


 震える声に、反応してくれる人は誰もいない。


「こんなの嘘だあああああああああああああっ! お姉さん、ねえお姉さんしっかりしてよ」


 僕はお姉さんにかけよった。冷たく、人形のようになってしまったお姉さんを何度も何度も揺さぶった。

 でも、物言わぬ肉塊は……ついぞ僕に微笑んでくれることなどなかった。


 この日、お姉さんが死んだ。

 僕が……殺してしまったんだ。


お姉さんはそんなこと言わない(真顔)。


さすがにカルステンカルステンばっかりでちょっと悲しくなってきた作者。

ちょっと早く書けたので投稿しました。

早く主人公の話に戻らなくては……。


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