謎の試験
このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。
魔王イルマとオリビアの戦いが終わった。
僕は弱りきったお姉さんを支えながら、家へと戻った。
部屋に入ると、お姉さんは死んだように寝込んでしまった。魂を無理やり繋ぎ止めた僕の荒業が、疲労となって色濃く表れてしまったのかもしれない。
僕は必死にお姉さんを看病して、数日が過ぎた。
そして――
「今まで、迷惑かけたわねイル君。もう大丈夫よ」
そう言って、お姉さんはベッドからジャンプして降りてみせた。そこまで無茶な動きをする必要はなかったと思うけど、元気になったことを示したかったんだと思う。
たん、と小気味よい音で着地したお姉さんだったが、不覚にもバランスを崩し倒れそうになってしまう。
「だ、大丈夫オリビア?」
僕はそっと彼女を支える。
「う、うん。平気」
焦るお姉さん。自分が転びそうになったことを信じられないらしい。
……これが、弊害か。
お姉さんは、弱くなった。
魔具、〈身代わり人形〉は対象の姿を正確にコピーすることはできるが、その能力までは継承されない。ギルドで『双龍牙』の異名を持つお姉さんではあるが、しばらく冒険者としての仕事はできないだろう。
〈身代わり人形〉は対象の精巧なコピーだ。お姉さんと同じような体つきで、水色の髪を三つ編みにしている。人としての筋肉も持っているから、かつてと同じように訓練をしていけば、筋力を取り戻すこともできるだろう。
新しい肉体に違和感を覚えているらしいお姉さんは、何かを確かめるように自分の手を握ったり開いたりしている。
「うーん、やっぱりこの前から調子が出ないわね」
「だ、大丈夫だよオリビア。今度から、僕が君の代わりに冒険者としての仕事をするから。しっかりお金を稼ぐから、本調子になるまでゆっくり休んでてよ」
「イル君、いつからそんなことを言うようになった? 魔物が出てきても、一人でちゃんと倒せるのかしら?」
むぅ、少し不自然だったかな?
もちろん、僕が魔具を駆使すればできないことなんて何もない。ドラゴンとかクラーケンとか、というかイルマ以外なら誰だって倒すことができると思う。
でも、それはイルデブランドじゃない。
臆病で、逃げ腰で、自信も体力もない。それがあの男なのだ。いくら最近頑張っていたといっても、そういった根底まで否定してはお姉さんも混乱してしまうだろう。
昔のこいつは、僕の姿見ただけで失神してたからな。
ただ、今は少しだけ事情が違う。
僕はお姉さんをイルマと戦っていた平原から家まで連れて帰ったのだ。その勇気と努力は、彼女だって認めてくれているはず。
少しぐらい、進展があってもいいと思うのだが。
「ぼ、僕だってやればできるんだ! この前だって、オリビアのことが心配であの平原まで走ったんだよ?」
「うーん、そうね、そうよね。イル君も頑張ってるし、いつまでも弱い人扱いしてたら失礼よね」
それは恋人を思う心というよりも、母が子を慈しむような心。でも、子供だっていつかは親離れするんだ。イルデブランドは甘えてばかりだった。でも、僕は一人前になってお姉さんと一緒に歩きたい。
分かってくれるよね? お姉さん。
「そうよね、最後の試験が必要ね」
「…………」
試験って……お姉さん。
そんなに僕のこと信用できないかなぁ。まあ、今までのイルデブランドを見てたら……心配にもなっちゃうか。
仕方ない。その試験とやらを大人しく受けて、そこから大活躍を始めよ。
でも……。
「……試験ってオリビア。君は病み上がりなんだよ? 無理に剣を振り回したりするのはよしてよ」
「大丈夫よイル君。この試験はね、私の力なんて関係ないの」
「え? そうなの?」
なんだか、僕の考えていたのとは違うらしい。てっきり、剣を持ったお姉さんが『私から一本とってみなさい!』とか言う話の展開かと思ったのに。
じゃあ試験って何なんだろう?
「勇気と覚悟、それに必要な経験を得てもらうための実践的な試験よ」
「と、とにかく僕はおね……じゃなかったオリビアのために頑張りたいんだ。その試験ってやつをすぐに始めようよ」
「うーん、イル君やる気出してくれてるのは、すっごく嬉しいんだけどね。準備とタイミングがね、まだ……」
お姉さんが頬を指でかきながら笑った。
なんだか、はぐらかされているような気がするのは気のせいだろうか? お姉さん、本当は僕に対して過保護なだけなんじゃないだろうか。
不意に、お姉さんが窓の外を見た。
「…………」
――と、言った。
僕は……その言葉を聞いてはいけなかった。聞くべきではなかったと、今も後悔している。
この日がなければ、僕とお姉さんは永遠だった。それはきっと幸せで、安らかな日々だっただろう。
僕は冒険者。リハビリ後に元の実力を取り戻したお姉さんと一緒に、クエストを受けるんだ。サキュバスだってクラーケンだってサイクロプスだって、誰にも負けない最強のコンビ。『双龍牙』の双は僕とお姉さんのこと、なんて言われて褒められる。
大きなクエストを終えた日はパーティー。お姉さんの手料理を口いっぱいに頬張って、舌がとろけてしまいそう。行儀悪く口を汚している僕に、お姉さんはそっとハンカチを当ててくれる。
そんな日々を、何度も何度も夢想した。
でも、僕は聞いてしまった。
想像してしまった。
理解してしまった。
僕がただの馬鹿だったなら、その言葉を聞いても察せなかったかもしれない。でも僕は……すべてを知ってしまった。
お姉さんは、さっき……こう言ったんだ。
『早く来ないかな、あの目玉』って。
運命の歯車は、僕の体を引き裂いてぐちゃぐちゃと回り始めたのだった。
やっっっっとここまで来ました。
この章の終わりが見えてきました。
過去話過去話過去話とテンポを崩すような話が続いて申し訳なかったです。
でも情報だけ垂れ流すわけにもいかず、敵キャラとか話の流れとか魔具とかいろいろ考えてたらここまで来てしまいました。
10話ぐらいで終わるだろ、なんて考えてた頃が懐かしい。
……まあ、もうちょっとだけ続くんですけどね。