三魔王
このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。
お姉さんは冒険者ギルドの仕事に向かった。
僕が四六時中側にいるわけにもいかないから、〈王の目〉〈王の耳〉をつけて監視することにした。本当はお姉さんを盗撮するなんてやりたくないんだけど、事情が事情だけに仕方ない。
そして、僕は今自分の部屋にいる。かつてイルデブランドの部屋だったそこは、彼の無趣味を反映してさっぱりとしたつくりになっている。机、ベッド、椅子、クローゼット、と必要なものしか存在せず、あとは窓とランプぐらいしか置かれていない。
考え事をするには、もってこいだろう。
僕は必死に考えた。
お姉さんの話を聞く限り、魔王を殺すオリビアという人格が存在するのは間違いないと思う。
そいつはこれから魔王を殺していくのだ。水、黄、緑、そして橙――つまりは僕。
時間はあると思う。でも悠長に過ごしていくわけにもいかない。
「……っ!」
物思いに耽っていた僕だったけど、唐突に立ち上がった。
魔具、〈絶壁〉が破られた。登録者以外の何人も通さないとされる、防御に特化した効果である。
魔具の効果は絶対ではない。いくつかの例外が存在する。
そのうちの一つが、弱いレベルの魔具は強者には通用しないというルールだ。即死効果があっても死ななかったり、洗脳効果があってもうまく操れなかったりなどなど。
〈反射鏡〉レベルの魔具ならこんなことを心配する必要はなかった。でも、〈絶壁〉はその効果と反比例に魔具としてのレベルが低い。
つまり、この〈絶壁〉を破ってやってきたのは明らかに強者。
お姉さんじゃない。お姉さんは〈絶壁〉の通行対象に登録してあるから、それは絶対あり得ない。
つまり、やってきたのは侵入者だ。
僕は即座に窓の外に出た。
ここはお姉さんの家。タターク山脈の麓に位置する、森の中にぽつんと存在する建物だ。
切り開かれた庭は少し狭く、その先には鬱蒼とした森林が広がっている。
その、森林の中に……奴がいた。
まず目についたのは、森の木々を頭一つ越えてしまうほどに巨大な怪鳥だった。ギラギラと光沢を放つ赤い羽毛の中に、水色の眼光がきらりと光る。
「クエエエエエエエエエッ!」
その鳴き声は大地を揺るがし、空を切り裂いた。
水の空鳥王ヘンドリック。
空を支配するとされる魔王である。
「やめい、ヘンドリック。やかましいわいっ!」
木陰からゆらりと現れたのは、みすぼらしい麻の服を身に着けた老人だった。ただしその姿は完全に人ではない。黄土色に汚された岩石のような顔を持つ魔族。体全体が、岩石で構成されている。
黄の奇岩王マリク。
高レベルなんて話じゃない。現存の3魔王がこの場所に集結してしまったのだ。
「かっかっかっ」
奇岩王、マリクが笑う。
「流石は叡智王。わしらと考えることが一緒ということじゃな」
「……オリビアを倒す、ってことだよね?」
僕はとっさに頭を回転させた。こいつらが、今、このタイミングでここにやってくる理由は、自らの敵となるお姉さんを倒す以外考えられない。
共闘してるんだ。
まずは話を合わせて、情報を得ることにしよう。
「そなたも誘おうとはしたのじゃがのぅ。連絡がとれんかったわい」
「…………」
僕は魔王城にあまり滞在せず、配下の魔族たちともたいしてコミュニケーションをとっていない。おそらくは単純な行き違いがあったのだろう。
奇岩王はこちらに手を差し出した。かさかさと乾いたその手は、完全に岩そのものだった。
「ともにオリビアを倒すのじゃ」
「……オリビアは覚醒状態じゃないと殺せないんじゃないのかな? こんなにぞろぞろとここにやってきても、今は無駄足になる可能性があるよ」
「左様」
奇岩王は静かに笑う。
その声、まるで風が岩穴を抜けているかのように、無機質であり無感情であった。強者独特の雰囲気を感じ取り、僕は冷汗を隠せなかった。
「叡智王ならば理解できるかのう。この魔具じゃよ」
そう言って、奇岩王は懐からあるものを取り出した。
見た目はただの懐中時計だけど、それは魔具だった。〈叡智の魔眼〉という鑑定スキルを持つ僕にはすぐに分かった。
こんな魔具は見たことがなかった。
だけど、幾多の魔具を所持している僕にはわかる。これは……とてつもなくすごいものだ。僕が持っているどの魔具よりも、レアでレベルが高い。
「魔具、〈邂逅の時計〉は世界を繰り返させる魔具じゃ。わしらはこれを用いて、オリビアをループに閉じ込めることができる。脱出キーを『オリビアの死亡』と設定すれば、もはやわしらの勝利に揺るぎはないじゃろうて。この魔具を効果的に使用するため、まずはオリビアを捕らえるのじゃ」
確かに、今のお姉さんは殺すことができない。でも、彼女を捕らえ、覚醒するまでずっと手もとに置き、覚醒後に殺すとしたら?
勝率は格段に跳ね上がる。
おまけに、このレアな魔具を使えば何度でも勝利するまで世界をループさせられるんだ。もはや勝利しない方がおかしい。
「かっかっかっ、思いがけず同志が増えて幸先がいいわい。気分が良いぞ。のう、ヘンドリック」
「クエエエエエエエエエエエエエッ!」
「さてさて、今は件のオリビアは不在らしいのう。王は王らしく、優雅に待つとするかのう」
奇岩王マリクはそう言って庭に設置されていた椅子へと座りこんだ。空鳥王ヘンドリックは身を屈め、森から頭が突き出さないようにしている。
あとはお姉さんを待つだけ、というところだろう。
「部下は連れてこなかったの?」
「これほど希少な魔具を持っているのじゃ。万が一にでも裏切られてしまっては元も子もない。身に火の粉が迫る、魔王たちだけで此度の策は執り行う」
「二人なんだね」
――十分だ。
僕は駆け出した。
魔具〈隠れ倉庫〉発動。
この魔具は常に僕の周囲に隠れて存在し、意識をすることによって発動する。異空間にあらゆる魔具を保存することができ、必要に応じて必要なものを引き出すことが可能だ。
僕は即座に必要な魔具を取り出した。
〈断絶の鎧〉。
〈剛腕の手袋〉。
〈破滅の槍〉。
〈反射鏡〉。
〈跳躍の靴〉。
その他もろもろ。
完全武装、その間たったの2秒。〈跳躍の靴〉によって人知を超えた速度で移動をした僕。
「なっ!」
奇岩王マリクが驚愕に震え、その体を動かした。あとほんの少し、反応が遅ければ槍の餌食になっていただろう。
運がいい。
そのまま猪のように突き進んだ僕は、構えた槍で空鳥王ヘンドリックの胸部を貫いた。
「グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエっ!」
怪鳥が倒れ、森の木々がなぎ倒されていく。ここが大人数の住まう集落であったのなら、今頃は大騒ぎになっていただろう。
「え、叡智王っっ! 正気か? わしはオリビアに殺されようとしているのじゃぞ! 命の危機が迫るこの時に、仲間内で小競合いなどとはっ!」
そう、だよね。
この場所、このタイミングで魔王を攻撃するのは……とてもおかしなことだ。僕だって、本当だったらこいつらと協力してるべきだったと思う。
でも……それでも、譲れないものがある。
守りたいものがある。
僕はお姉さんに救われた。その優しさは、死にかけていた僕の心に息を吹きかけてくれた。
魔王なんていらない。配下なんていらない。領地なんていらない。僕には、お姉さんが必要なんだ。
僕はお姉さんを守るっ!
たとえ魔王が敵に回ったとしても、この想いは揺るがない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「叡智王おおおおおおおおおおおおおおっ!」
僕とマリク。二人の魔王が激突した。