歌から流れでるもの【ショートショート】
わたしは歌を歌うことを、愛している。
とても、愛してる。
歌が。愛する歌が、わたしの口から奏でられる。わたしの吐く息に、音が乗る。喉を通り、わたしの中に渦巻いているだけだった音楽が、外の世界にあふれだす。腹の底で、固まっていた感情が、流れ出す。音楽に乗って、流れ出す。この美しい音に、わたしの悲劇が乗っている。
黒く渦巻く感情が、行き場を無くした感情が、言葉にならない感情が、いつか爆発を起こし、他人を傷つける凶器の言葉に変貌しなくてよかった。わたしの口から発せられなくてよかった。暴力の言葉が、私の息に乗って、喉を通って、わたしの口から発音されよかった。
わたしの美しい歌声が、ドス黒い感情と溶け合って、楽しくも哀しいメロディを仕上げる。
とどまるものは、腐っていく。隠し通した感情は、とどまって、腐っていく。流れて。清い流れとなって。歌を歌って、流れ出す。わたしの腹の、黒いものが流れ出す。
こんなに黒いものが、混じっても、歌はこんなにも美しい。わたしの黒い感情などに負けるはずもない、強く美しい歌。わたしは、その強さに、安心する。
私の腐れた感情が、救われていく。わたしはこんなに汚いのに、歌はわたしを許してくれる。歌に取り込まれ、わたしは歌になる。流れる、声が。流れる、感情が。流れる、音楽が、空気が。熱い。熱いものが。流れる。涙が。涙が、止まらない。
発せられる声が、熱い。空気が熱い。歌が、熱い。熱い。体が。
心が熱い。
歌い切って、出し切って、空っぽになった私の中に、音楽が流れこんてくる。美しい音楽が、わたしの中を満たす。染み込む。指の先まで、足の先まで、脳幹の隅々まで、染み渡る。わたしは、音楽となる。
今。この瞬間。わたしは、美しい。




