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「二宮君!?」


 浴衣から制服に着替えて部室を出ると、そこには壁に寄り掛かった二宮君がいた。

 待っていてくれたんだ。


「もう着替えたんだ」

「うん……」


 ちゃんと浴衣を見てくれていたんだ、と嬉しくなる。


「よかったよ」


 そ、それはもしかして浴衣のことが!?


「お茶とお菓子も美味しかったし。思ってたより苦くないんだな」

「そ、そうだね」


 ですよねー、お茶のことですよね。一瞬期待した所為で余計にがっかりした。

 期待するのが間違いなのだ、とこの間思ったばかりなのに。



「二宮君のクラスもすごかったね」

「ああ、もう大忙しだったよ。裕也もだけど、早川さんもすごい人気だった」

「私が行った時は桐生さんは居なかったみたいだけど、どんな格好だったの?」

「ああまどかは……」


 二宮君は一旦言葉を切ると周りに誰もいないことを確認して声を潜めた。



「秘密なんだけど、実はまどかの衣装は着ぐるみになったんだ」

「桐生さんが?」


 意外だ。人気者の彼女をわざわざ隠すようなコスプレにするとは。

 そういえば衣装はくじで決めると言っていたか。


「他の人は確かにそうなんだけどさ、裕也がまどかの衣装だけ変更したんだ」

「どうして?」

「今ストーカーされてるまどかを表に出すと危険だからさ。本当は俺と同じ調理に回したいらしかったんだけど、まどかも早川さんと一緒でちょっと料理があれだから……」


 桐生さんは全く料理をしたことがないらしく、弥生のように劇物を作り出すわけではないが、包丁や火を使う手付きがかなり危なっかしいという話を本人から聞いたことがある。


「本当なら裕也とセットのお姫様の衣装が当たってたっていうのに、残念だよな」

「……そのくじって不正してないんだよね」


 見事なくじ運である。




「さてと、そろそろ時間だ」


 二宮君の言葉に身が引き締まる。

 まもなく昼休憩だ。小説ではこの時間に体育館裏に来るようにと呼び出しを受けることになっている。これから彼は強力な魔法使いに背後からとはいえ立ち向かわなければならない。もし途中で相手に気づかれたとしたら、二宮君はどうなってしまうのか。


「あのさ、邪魔しないから一緒に行ってもいいかな?」

「え?」


 それじゃ、と背を向けた二宮君にどうにも不安になって声を上げてしまう。


「だって、その人すごく危険なんでしょ? もし何かあったら……」


 私は弥生のように回復魔法が使える訳じゃない。もしもその場にいても何もすることができないだろう。それでも、傍に居たい。

 そう思って彼に訴えると、意外にも二宮君は少し驚いた後嬉しそうな顔をした。


「俺からもお願いするよ、付いてきてくれ」












「……来ない」

「おかしい。もうとっくに時間のはずなのに」



 私達は二人で顔を見合わせて困惑していた。

 一之瀬君と桐生さんは昼休憩に体育館裏に来るはずなのだ。しかし、少し待ったものの、誰かが来る気配はない。

 何か間違えたのだろうか。


「もしかして、別の場所なのかも……」

「でも、小説では確かに体育館裏だったはずなんだ」


 何かの影響で変わったんだろうか、と二宮君は考え込んでしまうが、時間はあまりない。

 もしも間に合わなければ最悪の場合、冗談ではなく二人の命に関わるのだ。


「ここで悩んでいてもしょうがないよ。別の場所を探さないと」


 元々は体育館裏だったのだ。告白する為に呼び出したのなら、同じように人があまり来ない場所だろう。


「手分けしよう。見つけ次第連絡するから」


 今まで小説と違っていたことは殆どなかったと言っていた。だからこそ、この事実が信じがたいのだろう。二宮君は少し躊躇った後時間がないことを思い出したのか、こくりと小さく頷いた。


「……分かった」






 私は思いつくままに人が少なそうな場所を手当たり次第探した。

 空き教室や裏庭などへ虱潰しに回ったが、辺りは静まりかえっており彼らの姿は見えなかった。

そもそも、一之瀬君と桐生さんが並んで歩いていれば非常に目立つ。いくら文化祭で人が多かろうが、きっと誰かが目撃しているはずだ。

 私は静かな場所を探すのを止め、一番目撃が多そうな1組の教室へと走った。


 1組に到着すると、まず弥生を探す。生憎昼休憩で人が多く見つけにくい。ところが目を凝らしてみても彼女はいないようだった。

 弥生なら確実に知っていると思ったのに。



「ちょっと、教室の前にいられると邪魔なんだけど」

「テンプレさん……」


 息を整えていると、可愛らしいお弁当を持ったテンプレさんが少し迷惑そうな顔をし立っていた。


「は? テンプレ?」


 しまった、つい声に出してしまっていた。

 いや、待て。もしかしたらこの人なら知っているんじゃないか?


「テンプレさん!」

「だからテンプレって」

「一之瀬君知りませんか!」









「旧校舎!?」

「うん、そっちに向かったって」



 再び走りながら二宮君に電話する。

 テンプレさんにしつこく聞くと、一之瀬君が桐生さんと共に旧校舎に向かう渡り廊下で見たと教えてくれた。その後何か文句を言っていたが急いでいたのでお礼だけ言ってさっさとその場を去った。


 旧校舎は基本的に立ち入り禁止になっている。耐震性の問題で使えなくなり、取り壊す予定なのだが、なかなか予算で揉めているらしく未だに工事は着手されていない。


 電話を切ると、旧校舎に入る。だが場所はここだと分かったものの、校舎一つ分だ。探すのは時間が掛かるだろう。

 階段を上ろうとしたその時、地面が揺れるような衝撃が建物全体を襲った。地震か、とも思ったがそのような感じの揺れではない。継続的な揺れではなく、まるで大型トラックが突っ込んできたような衝撃だ。



「遠野さん!」


 二宮君も追いついたようだ。大急ぎで走ってくる彼を待っていると、再び衝撃とそして今度は轟音が鳴り響いた。音はすぐ上の階からしたように感じた。

 私達は視線を交わすと、すぐさま階段を駆け上がった。


 普段であったなら結界を張るなどしてこんな大きな音や衝撃を周囲に知らせることはないはずなのだが、きっと今はそんな余裕もなかったのだろう。

 それが功を奏した。



「好きだったのに! 好きだったのに! どうしてっ」


 男の叫び声とガラスが割れる音を聞いた。あの教室だ!


「二宮君、いた!」


 二宮君は全力で教室に駆け込むと、かまいたちのような魔法を放つ男子生徒の背中に力いっぱいぶつかった。


「なっ」

「彰!?」

「裕也、今のうちに!」


 突然の二宮君の登場に動揺していた一之瀬君だったが、この声に我に返り男子生徒に向けて手をかざした。


「封印開始!」


 一之瀬君が水族館で見た時のように青白い光を纏う。そうしてその光は、今度は男子生徒を呑みこむように輝きを増した。


「ああああああああああっ!」


 彼は苦しむようにのたうち回ったかと思うと、徐々に動きは鈍くなってやがて力尽きたように気を失った。


「……封印完了」


 その言葉を聞いて私は慌てて二宮君に駆け寄る。


「二宮君大丈夫!?」

「痛てて、ちょっと切っただけだ」


 ぶつかった時に魔法にも当たってしまったのだろう。あまり酷くはないが、痛々しい。

 私は急いで絆創膏を取り出して有無を言わさず張っていった。


「彰、助かった。でも彰も遠野さんもどうしてここが分かったんだ?」

「そ、それは――」

「もう終わったようですね」


 慌てて言い訳をしようとした時、私の言葉を遮るように低い声が被さった。

 見ると教室の扉に寄り掛かるようにして背の高い強面の男が立っている。男は学校には似つかわしくない黒いスーツ姿で、一見するとヤクザのようだと思った。

 彼はちら、と私と二宮君を続けて見ると、不愉快そうに眉を顰める。


「またあなたたちですか」


 また、とはどういうことだろうか。


「相模さん、どうしてここに……」

「あなたの学校から異常なほどの魔力値が検出されましたので、上から出動命令が出たんですよ」


「あの人、誰なの?」

「裕也達の上司。遠野さんは知らないと思うけど、水族館の事件の後にも来たんだ」


 あの時は気を失ってしまったので私は見ていない。



 一之瀬君が事情を説明し終えたのか、相模と呼ばれた男はいつの間にか現れた部下らしき男達に指示を出して、気を失った男子生徒を運び出していた。


「では、この者の処分はこちらで行いますので」

「あの、相模さん……その人はどうなるんですか」


 背を向けた男を桐生さんが引き留めると、少し遠慮がちにそう問いかける。

 男は帰ろうとしていた足と一旦止め、億劫そうに口を開いた。


「その判断は上が判断しますが……まあ研究所の実験体が妥当な所でしょう」

「実験体って、そんなの……」

「おや、自分を殺そうとした男に同情するんですか?」


 相模は冷ややかな視線を桐生さんに向けると、感情の籠らない声で淡々と話した。


「まして彼は一之瀬君を殺そうとした。桐生、彼が死ねば魔王の復活は止められない。そうすればどれほどの人間が犠牲になるか分かっていますか」

「……」

「魔法は秘匿されなければならない。これは組織においての絶対です。

それを学校、よりにもよって文化祭などという人が集まる空間で、自発的に大規模な魔法を行使したことは重罪だ。

 幸い人的被害はなかったものの、一歩間違えれば大変なことになっていたことはお分かりでしょう」


 完全に沈黙した桐生さんを見ると、彼は踵を返して教室を出て行こうとした。が、一歩踏み出した所で足を止め、こちらを振り返った。


「……まあ人間らしい暮らしはできませんが、最低限命は保障します。何せあれだけの魔力量は驚嘆に値します。じっくり研究されることでしょうね」


 そこまで言って皮肉げに口を歪めると、言葉を返すことも出来ない私達を置いて、さっさと教室を後にした。




 頭の中でノートの一文が鮮明に思い出された。



“この事件以降、徐々に組織への不信感を抱き始める”






 ストーリーは、ちょうど折り返し地点を迎えていた。





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