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「それでさ……」



 夏休みも終わり、文化祭が近づいてくる頃。今私がいるのは二宮君の家であった。

 何故わざわざ家にお邪魔しているのかというと、文化祭のことについて話すためである。

 文化祭と言っても、私と二宮君はクラスも違えば部活も違う。しかし、次に小説内で起こる事件の舞台は、なんと文化祭中の校内なのだ。

 詳しく説明しておいた方がいいという二宮君の判断により、他の人間―――特に一之瀬君達に聞かれないように再び二宮君のお宅にお邪魔することになった。


 しかし今彼から聞かされているのは文化祭の話ではなく、夏休みの愚痴であった。




「裕也は逆ナンされるし、それを見て他の子達は暴走しそうになって……」

「た、大変だったんだね」


 いつものメンバーで海に行ったらしいのだが、まあいつも通りの騒動になったらしい。二宮君も例によっていつもの苦労人役だったのだろう。


「いつもお疲れ様」

「まあ、好きであいつらといるしな」



 せめてと労うと、二宮君はそう言いながら少し笑った。


 こういうところを好きになったんだなあ、とふと再認識する。

 彼は一之瀬君のような目立つ存在ではない。いつも誰かのフォローをして、陰ながら皆を支えて殆ど顧みられることもないのに頑張っている。

 来年の4月を迎えることができるのかも分からないのに、愚痴は多いが殆ど弱音を吐くことがない。きっと不安でたまらないだろうに、二宮君は今日も少し困ったように笑うだけなのだ。


 こういう所を見て、ほっとけない、支えてあげたいと思った。

 そんなことを考えていると、そういえば、と二宮君が何かを思い出したように呟いた。



「遠野さんって彼氏いるの?」

「はいっ!?」


 予想だにもしなかった質問に思わず噴き出しそうになった。

 飲み物を飲んでいなくて本当に良かった。

 動揺を抑えられない私とは対照に二宮君は「今日って何曜日だっけ」とでも聞いたように本当になんてことないことを言った表情である。


「なな、なんで急に」

「母さんが遠野さんと付き合ってるのかって聞いてきたから、そういえばいるのかなーって」


 二宮君のお母さん、一体何を聞いているんですか!

 そういえば6月に最初にこの家に来たときにも意味深な表情を浮かべられたような。

 しかし本当に二宮君に意識されていないんだなあ、と分かってはいたが悲しくなる。



「……いないよ」

「へえ、じゃあ好きな人は?」


 この超絶鈍感男が!


「……いるよ」

「あ、そうなんだ。俺の知ってるやつ?」

「もうその話はいいから、本題に入ろうか!」


 だんだん冷静になってきた。というより二宮君に期待することが間違っていると改めて認識しただけだ。

 強引に話を切り替えると彼は「ああ、そうだね」とあっさり引き下がった。




 あらかじめノートに書かれた今回起こるであろう事件については目を通してある。

 簡単に事件の概要を説明すると、文化際で桐生さんがとある男子生徒に告白される。しかし彼女がそれを断るとなんと相手は逆上して魔法で攻撃してくるのだ。


 ……また魔法である。

 こんなにほいほい魔法使いがいるのかとも思うのだが、実際にいるのだから恐ろしい。

 特に、その男子生徒はどちらの組織にも所属していないのにも関わらず、星谷さん以上の魔力を持っており、魔法の精度もとても高いという。


 心配でついてきていた一之瀬君が攻撃を止めようとすると、相手は更に怒り狂って攻撃魔法を繰り出す。桐生さんも障壁を作って防ぐけど、魔力量は向こうの方が圧倒的に上で持久戦に持ち込まれたら負けてしまう。


 そんな絶体絶命のピンチに駆けつけるのが、なんと二宮君なのだ。

 彼は男子生徒の背後からぶつかって体勢を崩し、一之瀬君がその隙を見逃さずに封印魔法を発動させる。




「この前みたいに魔法で吹っ飛ばされたら、今度は確実にやばい。絶対に近寄らない方がいい」

「でも、二宮君はそんな相手にぶつかるんでしょ? 大丈夫なの?」

「まあどうにかなるんじゃないか、不意を突くだけなら」



 そんな楽観的でいいのだろうか。

 いや、小説でどうにかなった以上、結局は絶対にどうにかしなければならないのだ。


 彼は二宮彰だけど、小説に存在する二宮彰ではない。それでも彼の行動をなぞらなければならない。

 他の登場人物とは違うのだ。ありのままに生きて良い彼らとは違い、二宮君は常に”二宮彰”を意識しなければならない。

 それはどんなに大変なことだろうか。

 しかし彼がそれを表に出すことはない。



「そもそもことの発端は、文化祭よりも前から始まる。事件を起こす男子生徒は、まどかを以前からストーカーしていたんだ。変な手紙が送られていたりしているらしいけど……」

「それなら弥生が言ってた気がする」



 弥生も詳細は知らないらしく、手紙がよく入れられているとしか言っていなかったので、ラブレターなんて今時珍しいなーとしか思っていなかった。そう言われれば、最近あまり桐生さんはいつもより元気がないように見える。


「あらかじめ犯人を見つけて、止めることはできないの?」


 いくら小説の流れだからと言って、ストーカーされているのに黙って見ているのは心苦しい。


「それが無理なんだ。小説内でも裕也達が犯人を捜そうとしたんだけど、あらかじめ探知遮断の魔法を使っていて索敵が得意な御堂も見つけることができなかった」

「小説では、でしょ? 二宮君は犯人を知ってるんじゃないの?」



 二宮君はしばらく考えるように目を伏せたが、やがて駄目だ、と首を振った。


「……名前は設定されていなかったし、眼鏡をかけている大人しそうな男としか書いてなかった。学年すら分からないな」

「そっか……」


 うちの学校はそれなりに生徒数が多い。それに該当する生徒が一体何人いるだろうか。それぞれ調べている時間はない。


「とにかく、当日にぶっつけ本番でやってみるしかないな」


 不安だなあ。

 しばらく細かい話を聞いた後、それぞれの文化祭の話になった。





「そういえば、遠野さんのクラスは何をやるんだ?」

「うちは定番のお化け屋敷。私は部活の手伝いがあるからクラスは準備だけだけど」


 基本的に部活は1学期までである。私も既に茶道部を引退しているのだけれど、1、2年生が少ない為、文化祭は和菓子やお茶を運ぶことになっている。


「二宮君も良かったらきてね」

「俺、作法とか全く知らないけど大丈夫なのか?」

「平気平気、部員以外はそんなに気にしなくても大丈夫だよ。最低限は教えてもらえるし」

「それなら行こうかな、和菓子も好きだし」



 二宮君から色よい返事を貰えてほっとした。実はどうしても来てほしい理由があったのだ。



「そういう二宮君の所は?」

「うちはなんとコスプレ喫茶です」


 コスプレ喫茶って、自由だな。うちの学校って割と厳しかった気がするけど、よく許可が出たものだ。


「二宮君もコスプレするの?」


 わくわくしながら聞くと、彼は残念でした、と首を振った。


「俺は裏方だからしません」

 なんだ、見たかったのに。















 文化祭当日。

 うちのクラスはまずまずの盛況であった。私も試しに入ってみたのだが、BGMもおどろおどろしく、どこからか水の音が聞こえてくるのがかなり不気味だった。あまりお化け屋敷を怖がる性質ではないのだが、途中で口裂け女が妙に迫力があって思わず悲鳴を上げてしまった。

 ……後で思い出したのだが、口裂け女役の生徒は面白がって男子がやっていた。よく聞けば裏声だったわ。



 途中で一緒に回っていた子達に当番の時間が来たので別れると、1人になってしまった。茶道部の時間までまだ少し時間があり、今から行くのも早すぎる微妙なタイミングだった。

 後から暇になる千春と行こうと思っていたが1組に行ってみようか。コスプレしていなくても二宮君がいるといいなあ。


「あ、咲耶先輩!」


 考えながら歩いていると、不意に背後から声を掛けられた。振り返ると星谷さんと御堂さんがこちらへ向かって小走りで近づいてくる。この下級生コンビはなんだかんだでよくセットになっていることが多い。


「二人とも、1組目当て?」

「はい、咲耶先輩もですか?」

「うん、どんな感じか気になるしね」

「遠野先輩も宜しかったら一緒に行きませんか?」


 御堂さんからの提案に少々驚く。以前に比べれば少しは話すようにはなったが、こういう提案をしてくれるとは思っていなかった。

 素直に嬉しく感じる。



「じゃあご一緒させてもらおうかな」

「はい、行きましょう!」


 何故だか星谷さんがほっとしたように肩の力を抜いた。

 聞けば、1年生と2年生だけであのクラスに行くのは勇気がいることだったらしい。確かに一之瀬君目当てだと上級生から睨まれそうである。もっとも、御堂さんはいつもそんなことは気にせずに入り浸っているらしいが。







 1組の前は人だかりが出来ていた。

このクラスは一之瀬君を始めとして美形が多い。ましてやその彼らがコスプレをしているのだから、人気があるのも頷ける。


「結構待ちそうですね」

「大丈夫です。整理券がありますから」

「整理券?」


 星谷さんが教室を覗き込むようにしてそうため息をつくと、御堂さんがすかさずポケットから何か紙を取り出した。見ると、3年1組整理券と書かれている。1枚で1グループとあるので、1枚で大丈夫なようだ。


「こんなものがあったんだ」

「今日の朝7時から校門の前で配られていたんです。先着30人でしたから、4時から並びましたが」

「……ちなみに、何番だったの?」

「1番です」


 だろうね。

 相変わらず無表情だが、ちょっと得意げにしている雰囲気が伝わってくる。

 今日は御堂さんの認識が変わる日だなー。




 受付に整理券を出して教室に入ってみると、実に多種多様なコスプレが視界を埋め尽くした。正統派メイドから、よく分からないアニメっぽい衣装、更にこれは配膳が大変だろうというような着ぐるみまでいる。



「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました!」


 きょろきょろとコスプレを見回していると、何やら派手な衣装を着た弥生がこちらへやってきた。いつもは和風美人という感じなのだが、今日はというとミニスカにツインテールとかなりはっちゃけている。


「あれ何の衣装なの?」

「魔法少女うららちゃんの衣装ですよ。最近流行ってるんです」

「へー」


 なんだそれは。星谷さんも良く知ってるな。


「弥生もなんでそのコスプレにしたの?」

「くじの結果よ、別に私が選んだわけじゃないわ」

「それでこんなに混沌としてるのか……」

「まあ裕也のくじはこの上なく“当たり”だったけどね。お席にご案内します」


 会話を切り上げて弥生に案内されると周りの視線が彼女に集まっているのを感じた。普段とのギャップもすごいのだろう、注目度が違う。


 席について注文をする。星谷さんと御堂さんはケーキと紅茶のセット、私はクッキーとコーヒーのセットにした。私も本当はケーキにしたかったのだが、この後のことを考えるとケーキを諦めざるを得なかったのだ。




 待つ間、他のコスプレを観察することにした。

 あ、あのメイド服着ているのはいつぞやのテンプレさんではないか。

 コーヒーを差し出しながら「べ、べつにあんたの為に持ってきたんじゃないからね!」と何故かツンデレな台詞を言っている。……コスプレって恰好だけじゃなくて性格まで指定されるのか?

 コーヒーを頼んだ男子にも評判がよさそうである。


 しかしコスプレ喫茶でツンデレメイドって、やっぱりテンプレキャラだな。これだけ濃いキャラなら小説にも登場してそうである。今度二宮君に聞いてみよう。




 先に来たコーヒーを飲んでいると、突然きゃーと黄色い声が教室を埋め尽くしてびっくりした。いきなりなんだ、と一瞬思ったが、しかし考えてみればすぐに分かることだ。


 やつが来たのだ。


「お待たせしました、ケーキとクッキーになります」


 きらきらとしたスマイルで優雅に皿を置く一之瀬君は、まさかの童話に出てきそうな王子様ルックであった。コーヒー吹きそうになったわ。ていうか王子がウエイターをしている姿がどうにもおかしい。テンプレさんを見習いなよ。


 しかし他の女子は頬を染めて彼の姿に釘付けになっていた。至近距離で王子スマイルを見た二人は言わずもがなだ。

 えっこの衣装でいいの? かぼちゃパンツに白タイツだよ、本当にこれでいいの!?

 私ももし二宮君だったら……駄目だ、爆笑する所しか想像できない。




 顔を引き攣らせながら、さっさとどっかへ行ってくれとひたすら祈るしかなかった。









 結局二宮君は表に出てこないまま1組を去ることになった。

 あと、桐生さんは探したのだが見つけることはできなかった。今は休憩中なのかもしれない。

 私はというと茶道部の手伝いの時間である。



「咲耶ー、着替え終わった?」

「大丈夫だよ」


 私は鏡で全身をチェックする。……うん、ちゃんと帯も締められたし、ばっちりだ。


 今私が着ているのは浴衣であった。

 普段はみんな制服で部活を行うのだが、文化祭は毎年浴衣を着ることになっている。まだ暑さも厳しく、浴衣を着ると汗が出てきそうだ。


 それでも、二宮君に浴衣姿を見てもらうことが出来るチャンスが再び巡ってきたのだ。本当は1年と2年の時は誘おうとしていたのだが結局言い出せず、夏祭りの時はあの通りである。

 ケーキを食べると帯を締める時にお腹周りがきつくなるので、これも浴衣のためだと我慢した。


 ……しかし、クラスであれだけインパクトのあるコスプレ衣装を見ていたら、せっかく浴衣を着ても印象が薄れてしまうのではないだろうか。



 そっと茶室を覗くと、思っていたよりも多くのお客さんが座っている。その中に二宮君の姿を見つけて嬉しくなると同時に緊張する。一学期の終わりから部活には来ていなかったので失敗してしまわないか、と不安になった。二宮君がいるという前に文化祭で失敗はできない。




 お点前が始まり、裏にいる私達も慌ただしくなる。

 茶室では何人かがしっかりとした作法でお茶を点てているが、彼女達が全員分のお茶を点てるのは時間的にも無理なので、裏で手の空いている子が残りのお茶を点てるのだ。



「咲耶、お茶運んで!」

「今お茶点ててるから他の人が行ってよ」

「そうじゃなくて、ほらなんて言ったっけ? あの咲耶の好きな男子の所だよ」

「こっちは私達がやっておくから行っておいで!」


 なんで皆、私が好きな人のことを知っているのかと疑問を口にするのはもう諦めた。

 再び茶室を見ると、確かに二宮君の前の人までお茶が置かれていた。慌ただしくお茶を持つと私は皆に急かされて茶室に入った。

 多くの人の視線に緊張しながら、二宮君の前まで足を進める。彼の前でゆっくりと座ると作法に気を付けながらお茶碗を差し出した。


 ちら、と二宮君を見るとしっかりと目が合ってしまって驚いた。

 さらに微笑まれてしまって思わず声を出してしまいそうになる。が、それをぐっと堪えて、何事もなかったかのように立ち上がった。顔赤くなってないだろうか。


 やや早足になりながらようやく茶室から出て裏に戻ると、ようやく深呼吸をできた。



「咲耶、顔赤いけど」

「やっぱり!?」


 思わず熱い顔を手で押さえる。

 さっきの星谷さんや御堂さんはこんな心境だったんだな、と実感した。


「よかったねえ」

「ほら、私のことはいいからさっさとお茶点てなよ」

「はいはい」


 他の部員がにやにやしながらこっちを見てくるのにため息を吐きながら、お茶碗を手に取る。



 その後、やけに表へ出される回数が増え、何度も二宮君の前を行き来することになった。




続きは明日更新です。

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