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 あれからというもの、一之瀬君達はちょくちょく話しかけてくれるようになった。


 選択授業で一緒であった桐生さんとは授業中にペアを組むこともある。二宮君のことに関して複雑な心境はあるものの、本人はとても気持ちの良い性格なので、話していても楽しい。

 桐生さんと会話している所を千春が見た時は、ライバルとの間に友情フラグが!? と言われたが、正直私のスペックでは彼女のライバルポジションになるのは無理だと思います。


 しかしながら、一之瀬君と話すと周りの視線が痛いので、個人的には避けたい相手である。特に廊下ですれ違った時に「遠野さん」と名前を呼ばれると、他の女の子が一斉にこちらを振り返るのである。恐ろしや。

 女の子達の嫉妬と天秤にかけてまで仲良くしたいとは正直思わない。




 そうして若干ではあるが変化した日常を過ごしていると、更に可笑しなことが起こった。
















「……ん?」


 朝、教室で教科書を入れようとすると、机の中からがさ、と音がした。

 昨日何かプリントを忘れただろうか、と思い手を突っ込むと見覚えのない二つ折りにされたルーズリーフが出てくる。私はルーズリーフを使わないのになんで入っているんだろう。



「これはまた随分と……」


 紙を広げるとあまり綺麗とは言えないギャル文字というのだろうか、そのような字が羅列されていた。




 “放課後、体育館裏に来い”




 ……おいおい、現実でこんなこと書く人って本当にいるんだ。若干感動するわ。


 さすがにこれを「もしかして、告白!?」なんと捉える程おめでたい頭はしていない。ルーズリーフのギャル文字で呼び出されて伝えられる好意なんてお断りだ。

 となればこの紙が示す内容は1つである。特に最近、誰かさんの所為で不穏な心当たりがありまくりである。


「……まあ、いいか」


 私は手にしていた紙を丸める。


 そもそも行くはずがない。たかが紙切れ一枚である。気づかないこともあるだろう。

 そう、私は何も気づかなかった、何も見ていません。


 大体、放課後なんてアバウトな時間指定、おまけにこっちの都合も考えずに来ると思い込んでいる方が悪いのだ。私は今日はないが、大体の人は普通部活がある時間である。





 ゴミ箱へ向かうと、丁度登校してきた千春と顔を合わせた。



「おはよ、ハル」

「おはよー。なに朝から疲れた顔してんの?」

「この通りでございまして」



 丸めた紙を伸ばし、千春に見えるように広げると、彼女はちらっと目を向けた後、何故か面白そうな顔をした。


「こんな呼び出しするやつホントにいるんだ」

「私も思った」

「それで、行くの?」

「行かないよ」


 そう言うとええー、と何故か残念そうな声を上げられる。


 他人事だと思って!


 千春の声を無視してゴミ箱に紙を放り込む。確かに私も他の人がこんなもの貰っていたら野次馬したくなるけど。というかあえて行ってみて、どこまでテンプレなのか見てみたい気もする。


 しかし、である。そんなことよりもっと重要なことがあるのだ。


 今日は待ちに待った新刊の発売日だ。そんな日に、呼び出しなんかに行くわけがない。本来あった図書当番は星谷さんに代わってもらっているので、後は放課後を待つだけである。

 











「起立、礼」



 ようやく授業終了だ。


 私は担任が教室から出ていくと同時に、既に荷物を詰め終わった鞄を持ち、全速力で外に出た。予約はしていたので売り切れる心配はない――おまけに少々マイナーなので、そうでなくとも心配していないが、早く読みたくてたまらなかった。


 前回読み終わってから、一年間続きが気になって一体どれだけもやもやさせられたか!




 本屋で小説を手にした頃には、呼び出しのことなど完全に忘れていた。
















 次の日、徹夜で新刊を読み終えてほくほくしながら学校へ行った。


 興味のない千春にあのシーンが最高だった、あの人が実は……など、流されていることも承知で熱弁を振っていると、クラスメイトの男の子が呼ばれていると教えてくれた。


 話すのを止め、教室の出入り口に目を向けると、数人の女子がこちらを睨んでいる。誰だっけ、と一瞬思ったが、知らない子だと結論を出す。交友関係があまり広いとは言えないので、同じ学年の大半は知らない生徒である。


 千春を見ると、私が話していた時のつまらなそうな顔とは一変して楽しそうにしている。すごく悪いことを考えているような、いい笑顔である。



「なんでそんなに楽しそうなの?」

「いいから行ってきなさいよ」

「うん、行くけど……」



 教えてくれなさそうなので、苛立たしげに待っている女の子達の所へ向かう。



「遅いわよ!」

「はあ、すみません。それで何の用ですか?」

「どういうつもりなの!」



 その言葉だけで理解しろと?


 リーダー格であると思われる女子が声高に叫ぶと、廊下を通っていた生徒や、クラスメイトが騒ぐのを止めてこちらに注目した。あんまり目立ちたくないなあ。



「どういうつもりと言われても……」

「昨日の手紙、なんで無視したのよ」

「手紙?」



 手紙と言われてもピンとこなかったのだが、昨日の出来事を振り返ると呼び出しのことだと気が付いた。

 しかしあれを手紙と敬称するのは如何なものか。


 千春が意味深に笑っていた意味が分かった。目の前で修羅場が見れるからですね。



「そんなこと言われても、用事があったので」

「部活は休みだったじゃない!」


 詳しいな、この人。後で言い訳出来ないようにする為かは分からないが、わざわざ他部の休みまで調べて実行したのか。ちょっと感心した。



「部活じゃない用事があったんです。それで、何の用ですか」

「あんた最近、裕也君に近づきすぎなんだよ」


 ほらやっぱり一之瀬お前の所為じゃないか。いや、彼自身の所為ではないのだけれど、少しくらい自分の影響力というものを鑑みてほしいものである。


 後ろにいる女の子達も、同調するように喚く。

 なんであんたみたいな子が裕也君に話しかけられてるのよ、とか、大した顔でもない癖に調子に乗って! とか。


 顔のこと言ったの誰だ! お前ら人のこと言えるのか!

 と思ったのだが、見てみると桐生さん達には当然劣るものの、私よりも数段綺麗な子ばかりだった。悔しい。




 「うわ漫画みてえ」とクラスの誰かがぼそっと呟いたのを耳聡く聞きつけたのか、女の子達が一斉に私の背後を睨みつける。ちらっと見てみると、発言したであろう男子が顔を真っ青にして震えあがっている。


 女って怖いよね。

 あと、ここは漫画じゃなくて小説だよ。


 しかしここがフィクションの世界だというなら、この後の展開もお約束になるのでは?


 呼び出しをくらい、複数の女子に取り囲まれる。

 そして追い詰められた時、好きな男の子が颯爽と助けに来て……





「何をやっているんだ!」




 そう、そんな感じで。

 ただ、一之瀬君、君じゃないんだ、君ではないんです。




 普段こちらの校舎に来ない一之瀬君が、何故か朝からここにいる。誰かから聞いたのか、それとも主人公特有の()()なのかは知らないが、珍しく彼は1人のようだ。



「ゆ、裕也君!」

「遠野さん、何があった?」


 自分を呼んだ女子には返事を返さず、まっすぐにこちらに来て私とリーダーさんとの間に割り込む。


「いや、何も……」

「目が赤いな、泣いたのか?」



 私の言葉を遮って一之瀬君がそう言う。よく見れば目元が赤いかもしれないが、どうしてそんな所にすぐ気が付くんだ。


 泣いてません、徹夜しただけです。




「たった1人を取り囲んで泣かせて、君達は何をしていたんだ!」

「いえあの誤解」

「裕也君、違うの! この女が裕也君に付きまとっているから……」

「だから、」

「遠野さんがそんなことをしていないし、彼女と話しているのは俺の意志だ」

「話を」

「そんな、そんなことって……!」


 誰か私の話を聞いてください……。


 一之瀬君の言葉にショックを受けたのか、リーダーさんはよろよろと後ろに後ずさる。



「お、お、覚えてなさいー!」



 何故かそんな捨て台詞を叫びながら、リーダーさんは逃げ去った。後ろの女の子達も慌てて追いかける。数人は私を睨みつけながら。


 何から何までテンプレの人だったな。今度からリーダーさんはテンプレさんと呼ぶことにしよう。ちょっと面白い人だったし。




「今後一切、こういうことは絶対にさせないように、俺がなんとかするから」



 女の子達が走り去った後を見ていた私に、一之瀬君がきらっと効果音が付きそうな笑顔を向ける。何故か周囲から起こる歓声と拍手。




 ……とりあえず、逃げたいです。
















 後から二宮君に聞いた話である。



「えー! こういう呼び出しイベントって小説にもあったの?」

「うん。まあ相手は勿論遠野さんじゃないんだけど」




 聞けば、本来あのイベントは事件以降急に仲良くなった星谷さんが呼び出されるという内容だったらしいのだ。他の3人よりも気が小さく、また学年も一番下だった為に標的にされるのだという。


 あれだけ原作に詳しい二宮君も言われて思い出したというくらい、ストーリーとは無関係の小さなイベントだった。

 一之瀬が詰め寄られている星谷さん(今は私)を助け、今後こんなことが起こらないように対策を行う。この結果は変わっていないらしい。




 しかし、なんで星谷さんではなく私になったのだろう。いや、彼女が上級生から恫喝されるよりは私が適当に流していた方がよっぽど良かったのだけれど。



「遠野さんが加わったことによって何かしらの変化があったんだと思う。まああまり重要な所ではないから代わっても影響がなかったんだけど、遠野さんには災難だったな」


 確かに災難であった。

 私と星谷さんが一之瀬君に関わるようになったのは、勿論6月の事件からである。同時期に仲良くなったというのに、テンプレさんがあえて同学年の私を呼び出したということは、星谷さんよりも私の方が標的にしやすいと判断したからであろう。


 その判断基準は言うまでもない、顔だ。そうとしか考えられない。星谷さんの顔ならともかく、私なら勝てると思ったのだろう。



「でも、裕也も言ってたけど、今後はこんなこともないだろうから安心して」



 本当に今回限りにしてほしいです。


 ちなみに、どうやって今後呼び出しが起こらないようにするのかは知らない。もしかして、また魔法なのか!?









 それからしばらく、私が一之瀬君のハーレムに加わったとの酷い噂が一部で流れた。


 

 ……勘弁してほしい。


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