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 まさか私まで人質になるなんて思いもしなかった。



 そもそも私は一之瀬君と話したことは一度もないし、ましてや向こうは私の顔も知らないだろう。そう言ったところで、今もナイフを向けている連中が聞いてくれるとは思わないが。


 私達は未だ改装中の立ち入り禁止エリアに連れてこられ、手首を後ろに回して縛られた。従業員が気づいてくれないだろうかとも思ったが、この男達が全く警戒していないところを見ると、それも期待できないだろう。


 星谷さんを見ると、ぎゅっと目を閉じて震えていた。私が出来ることは、彼らを極力刺激しないように黙って動かないことだろう。抵抗した人質の末路など聞かれずとも分かる。









 しばらく大人しくしていると、コツコツと固い床を蹴る音がいくつも響いてきた。最初に見えたのは一之瀬君と桐生さんだ。彼らは縛られてナイフを突きつけられている私達を見て息を呑んだ。



「星谷さん? それと……」


 誰だ? と言いたげに言葉を切った一之瀬君。一方桐生さんは、図書館で会ったのを覚えていたのか、あの時の、と小さく呟いた。


「と、遠野さん!?」


 一番後ろから走ってきた二宮君が息を切らしながらそう声を上げると、はっとしたように一之瀬君が振り返った。



「彰! 着いてきたのか!?」

「そりゃああんなに血相変えて走り出したら着いていくだろ!」



 一之瀬君は二宮君を置いていくつもりだったらしい。魔法の世界とは関係のない彼を巻き込むまいとしたのだろう。

 無論、本人は彼ら以上にこの世界には詳しいが。



「それより、なんで……」

「そうだ、彼女達は無関係だ! どうして……」


 二宮君の視線はこちらに向いている。どうして私まで人質になっているんだ、と言いたいのだろう。一方、一之瀬君達の視線は今にも泣きそうな星谷さんに固定されている。それはそうだ、先ほどまで一緒にいた彼女がこんなことになっているのだから。



「どうしてだと、それを聞くのか? お前らが知り合いなのは知ってるんだ。人質には十分な理由だろう」

「彼女達を解放しなさい」

「御堂、裏切ったというのは本当だったか」


 一之瀬君の後ろから、2年生の御堂涼香がそう言って腕を前に構える。確か彼女は元々敵側にいた、と記されていたのを思い出した。



「……」

「答えないか、まあいい。お前が身体強化に特化した魔法が得意なのは知っている。だが、不意をついて攻撃するなんて馬鹿なことを考えるのは止めた方がいいと思うぞ。このナイフには魔法がかかっている。例えば俺たちが攻撃されたとき、ナイフが人質に僅かでも傷を付けたら……」



 私の首に突きつけられていたナイフが、これ見よがしにひた、と押し当てられる。


「何が起こるだろうな?」


 さっと血の気が引いた。呼吸をするだけでも触れているナイフに切られそうで、しかし抑えようにも体は震えてしまう。



 私が人質になったのは想定外の事態である。小説通りに星谷さんが助かっても、私まで助かる保障はどこにもない。ましてや、ストーリー通りに物事を進めようとする為に、無駄なものを排除する――殺されるかもしれない。



「俺たちの目的は一つ、分かっているだろう」

「俺の、命か」

「勿論。魔王様復活に脅威となるお前さえ殺してしまえば、俺達の地位は確立されたも同然だ」

「裕也、駄目!!」


 桐生さんが一之瀬君を庇うように両手を広げて前に出た。しかし、彼女をどかすように一之瀬君が更に前に出る。


「……俺が行けば、彼女達を解放するのか?」

「さあ。少なくとも早く来ねえとこいつらは死んじまうな」


 ぐい、と星谷さんを捕えていた男が彼女を引き寄せ、そして彼女に見せつけるかのように眼前にナイフを向けた。


「何の魔法が掛かるかはランダムだ。俺たちにも分からない。もしかしたら死んだ方がましなことになるかもな」


 死んだ方がましな魔法ってなんだ。想像するのも恐ろしくなる。



「……分かった」

「裕也、でも」

「俺の所為で関係ない彼女達を殺させるわけにはいかない」

「ぐだぐだ言ってねえで来い! この女達が死んでもいいのか!」


 男の急かす声に一之瀬君が足を踏み出そうとした。

 しかしそれより早く、星谷さんの手がナイフを握る男の手を掴んだのが見えた。





「いやだ、」

「星谷さん……?」

「いや、死にたくない」

「おい、静かにし」

「死にたくない!!」



 星谷さんを押さえようとした男が青白い光にぶつかるようにして吹っ飛ぶのが見えた。呆気にとられてその光景を見ていたのは、1秒にも満たない時間だっただろう。気が付くと私は宙を舞い、視界が天井へと切り替わったからだ。


 私が魔力の爆発によって同じように吹っ飛ばされたと理解したのは、勢いよく床に叩き付けられてからだった。体が嫌な音を立てた。


 痛い、無茶苦茶痛い!


 今まで生きてきた中で一番の痛みが全身を襲う。車に轢かれたら、きっとこんな痛みなんだろう、とどこか冷静な頭で思った。



「遠野さんっ!」

「すぐに治癒を!」


 ぎゅっと目を瞑って痛みに耐えていると、不意に暖かい風に包まれたような感覚がした。

 すると次の瞬間には、まるで何もなかったかのように痛みがさっぱりと消え失せているではないか。


 一体何が起こったのだろうか。

 上半身が起こされて、私は閉じていた目を開く。


「遠野さん、大丈夫!?」


 視界いっぱいに映ったのは、二宮君のドアップでした。


「に、に、にのみや、くん」


 近い、近いです!

 どうやら私は二宮君に抱き起されているらしい。一気に顔が熱くなるのを感じた。



「まだ痛い所はある?」


 二宮君に動揺していたが、彼の隣には一之瀬君の幼馴染である早川さんがいた。彼女の声に現実に引き戻され、自分の体を確認してみる。

 頭痛はするものの、先ほど感じた激痛はなく、どこも怪我をしていないようだ。


「あの、私どうなって……」

「爆発に巻き込まれたの。回復魔法を使ったから、もう治っていると思うけど」


 早川さんからさらっと回復魔法なんて言葉が出てきたことに驚いた。





「星谷さんは?」

「彼女は、まだ……」


 二宮君が言葉を濁して示した方向を見ると、星谷さんが立ちつくしていた。彼女は完全に正気を失っているように見え、頭を押さえて叫んでいる。


「いや、殺さないで!」

「星谷さん!」


 一之瀬君が魔力を暴走させる星谷さんに必死に呼びかけている。しかし彼女には聞こえていないのか、まるでひとつの台風のように暴風を纏い、周囲を破壊し続けている。


 あれが、魔力……


 人間が青白く発光するなんて常識ではありえない。しかしそれは実際に私の目の前で起こっていることだ。


「もう君を傷つける人はいない!」



 一之瀬君が同じように光を発するのを微かに見ながら、私の意識は堕ちた。















 あれから少ししてから、私は目を覚ました。

 怪我は治ったものの、治療魔法をかけられたときに慣れない魔力を受け、また傷を修復するのに体力をごっそり削られた為に倒れてしまったらしい。


 私が気が付いた時には既に殆ど終わっていた。星谷さんの魔力暴走は一之瀬君によって抑えられた。その後気を失った彼女は、一之瀬君達が所属する魔法関係の組織の病院に運ばれたらしい。私はといえば怪我もなく、魔法が使える訳でもないので水族館の医務室に寝かされていた。


 私と同じく魔法とは無関係の二宮君は、一之瀬君達とは別れて私に着いてくれていた。

 あれだけ大騒ぎして館内の一部を壊してしまったのだから、水族館は大丈夫なんだろうかと聞いた所、来場客や従業員には人の意識を逸らす魔法などを使っており、大した混乱にはなっていないとのことだ。


 魔法って怖い。


 彼らが所属する組織は、魔法が世間に知られ混乱する事態が起こらないように、このような魔法関係の事件を秘匿する役目を担っているらしい。










 水族館からの帰り道、怪我をした私を心配してくれた二宮君が、家まで送ってくれることになった。


 この時に二宮君が言っていたのだが、星谷さんは幼い頃に家に侵入した強盗に人質にされ、殺されかけたことがあったらしい。

 幸いすぐに犯人は捕まったのだが、今回はその時の記憶がフラッシュバックしたのだという。


 私は気を失っていたから彼女が正気に戻ったのを見ていない。

 星谷さん、大丈夫だろうか。



「本当にごめん!」


 彼はしばらく無言で歩きながら、何度かこちらを窺うようにしてから、突然、私に向かって頭を下げた。

 一体何のことを謝られているのか分からずに、首を傾げると「怪我のこと……」と頭を上げながら申し訳なさそうな顔をした。



「俺が、巻き込んだ所為であんな怪我をさせた」

「どうして二宮君の所為なの? 私が勝手に首を突っ込んだんだよ」


 私が身勝手に動いた所為で彼に罪悪感を抱かせてしまった。何も行動を起こさない方が良かったのだろうか、これからもただ見ているだけでいた方が良いのだろうか。

 一瞬そう思ったが、ただ指を咥えて見ていることが出来ないのは自分で分かっている。





「二宮君。私ね、本当のことを言うと、二宮君の言うことを信じられていなかったんだよ。だって、魔法だよ。非現実的すぎる。

 でも、二宮君のこと信じたかったから、確かめたかったから、今日ここでノートの通りのことが起きて、魔法を見ることができたら信じられる、そう思ってきたの。

 謝るのはこっちだよ。今まで、ごめんなさい」



 今まで信じた振りをしていたのか、そう責められるのが怖くて言い出せなかったことをようやく口に出した。

 やっと、信じられる。あのノートが、二宮君の言うことが、現実に起こることだとこの目ではっきりと見ることができた。


「あれが、魔法なんだね……」


 唐突に起こった衝撃、青白い光、一瞬でさっぱり消え去った痛み。どれも現実味がなく、それでいて現実だと体が知っている。


「俺も魔法って実際に初めて見たんだ。ちょっと感動してる」


 二宮君もあの時のことを思い出しているのか、凄かった、と呟いた。彼も事件を間近で見たのは今回が最初だったようだ。



「あのさ」


 それだけ言って二宮君が歩く足と止めた。私もつられるようにして数歩遅れて止まって彼を見上げる。


「俺、遠野さんにすごく感謝してるんだ。あんな話を笑い飛ばそうともしないで真剣に聞いてくれて。当たり前だよ、前世なんて、魔法なんて言われて簡単に信じられる訳ない。俺が逆の立場だったら、きっと真面目に聞くことすらしていないと思う」


 私も、相手が二宮君ではなかったら、信じようなんてこと端から思わなかっただろう。


「こんなにも真剣に考えてくれて、信じようとしてくれて、ありがとう」


 そう言って優しく微笑んだ彼を見て、心臓が早鐘を打つ。他の人からは否定されるかもしれないが、私にとっては最高に格好いいと思った。


 顔を赤くして黙った私をどう思ったのか、二宮君が心配して覗きこんできた。



「顔赤いけど大丈夫なのか? もしかしてまだ痛みがあるんじゃ……」

「大丈夫、怪我なんてなかったんじゃないかって思うくらいなんともないよ」


 これ以上顔を見られたくなくて、速足で歩くのを再開させる。二宮君は未だ納得がいっていないようだったが、先を急ぐ私の隣に並んだ。







「遠野さん」


 家まであと少しという所。ここまででいいよ、と言おうとした言葉は先に口を開いた二宮君に遮られた。


「どうしたの?」

「これからも、今日みたいなことがあるかもしれない。学校で起こる事件だってある。怪我はなくなったかもしれないけど、爆発に巻き込まれて痛かっただろ? 今日は早川さんがいたからすぐに治してもらえた。だけど、これからもそうとは限らない」


 彼がこれから何を言うのか予測できてしまう。けれど、そんなの。



「協力してくれるって言ってくれたのは本当に嬉しかったけど、もう俺に関わらない方が――」

「絶対にいや!」


 二宮君の言葉を止めようとして出した声は自分でもびっくりするくらいの大きさだった。

 彼も目を見開いて驚いている。それはそうだろう。彼にとっては私のことを考えて言った言葉であったのに、それを力一杯否定されたのだから。

 けれど、私も引くわけにはいかない。


「この前言ったよね、もし二宮君が一之瀬君を裏切ろうとしたら、絶対に止めるって。私、今度こそちゃんと二宮君を信じて、支えたい。だからその、一緒にいたら駄目かな?」


 言い切ってから、かなり大胆なことを言ってしまったと自覚した。でも、今更遅い。むしろ、私の気持ちが伝わっても構わないとさえ思った。


 二宮君は、私の言葉を聞いて動揺したようだったが、ややあって、


「遠野さんって、本当にいい人だな」


 と笑った。全然伝わっていなかったようだが、でも今はこれで良い。



「面倒なことに巻き込むかもしれない、愚痴も沢山言うかもしれない。それでもいいのか?」

「勿論、どんと来い!」


 私が張り切って胸を叩いてそう言うと、彼は思わず言ってしまったというようにぽつりと呟いた。



「遠野さん、男前だなー」




 ……たぶん褒められているんだとは思うが、それは嬉しくない。




咲耶が信じる信じないで、もだもだやっているのがじれったいかと思われますが、これで終わりです。現実に魔法があるんだなんて言われたら相当信じないだろうなと思った結果、ここまで引き擦りました。


二宮君の鈍感力はハーレム主人公並みです。しかしモテないのでハーレムにはなりません。

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