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デート話 裏パート

裏パート、別視点です。

 その日のはじまりは、一通のメールからだった。



 メールの着信音に起こされた俺は、送信元を見て「ああ、姉貴か」とため息を吐く。今日は休日で、最近疲れてばかりだった体をゆっくり休めようと思っていたのだ。


 さて、今日は一体何の用だ、と文面を読もうとして――その前に飛び込んでいた一枚の画像に、寝ぼけていた頭が一瞬にして覚醒した。



「遠野さんと……東郷、さん?」



 画像に映っていたのは、間違いなく俺の彼女と、そして一度しか会っていないので確証は持てないが、多分姉貴の彼氏だった。


『今すぐ駅前に来い』


 件名も無しにそれだけ書かれたメールに、俺の頭は暫し沈黙した。



 え、どういうことだ? なんでこの二人が一緒にいるんだ?


 嫌な予感がぐるぐると脳内を駆け巡って、気が付くと俺は着替えて家を飛び出していた。










「お、思ったより早かったね」

「姉貴……どういうことだよ」


 大急ぎで駆け付けた駅前には、姉貴がのんびりとした様子でベンチに座って携帯を弄っていた。その表情に焦りは一切見られない。


 俺の言葉にも、ただ肩を竦めてみせるだけだ。



「どうもこうも、譲とさくがデートしてるみたい」

「っ、なんでそんな余裕ぶってるんだよ!」

「話は追々ね。とりあえずあの二人を追うわよ。アキが早く来てくれたおかげでそんなに離れてないからね」



 混乱するままに言葉を口にするが、今は説明する気はないらしい。携帯のGPSで追えるから、と怖いことをさらりと言った姉貴に引きながら、俺は流されるまま二人の後を追い始めたのだった。



 追いつくまでの間に事の経緯を聞く。


 今日の朝突然東郷さんから送られてきたメール。そしてその中身は俺に送信されてきた画像と一緒だったらしい。そして背景から場所を把握した姉貴は、俺にメールを送りつつ現場まで来た、とのことだ。



「……それで結局、なんでそんなに余裕綽々なんだよ。浮気されたとか思わないのか?」

「まあありえないかな、さくの方が。むしろあんた、さくのこと疑ってんの?」

「そういう訳じゃないけど……」



 すぐさま拳が飛んできそうになり、慌てて弁解する。浮気を疑っている訳ではないけど、だからそのまま放っておけるかというのは別問題である。



「万が一、億が一さくが浮気したとしても、譲はありえない。絶対に」

「……なんで姉貴はそんな男と付き合ってんだよ」



 今までの話を聞く限りでは本当に謎である。



「んでもって、譲も浮気したとしてもさくを選ぶことは無い」

「そんなの分かんないだろ」


 遠野さんを他の男が好きになったって、何らおかしいことはない。可愛いし。



 そう反論すると、先ほどから待機されていた拳が振ってきた。そんなに力は込められていないが地味に痛い。



「別にさくに問題があるなんて言ってないでしょ。譲が、私の親友にわざわざ手を出すはずがないってこと。あいつだって人を選んでるのよ」


 姉貴の愚痴から察するに、ろくな人選でないことは間違いないだろうな。



「……じゃあなんで結局、あの二人がデートするなんてことになってるんだ?」

「どう考えてもこのデートは譲から誘ったに決まってる。そしてさくがその誘いに乗る理由があったってこと。最近のさくの悩みから考えると……まあ簡単ね」

「何だよ?」

「あんたも考えたの? それだからアキは鈍いままなのよ。さくがどうして誘いに乗ったのか、少しは想像してみなさい」


 まったく、自分は分かってるからって偉そうに。



 とはいえ考えてみるものの、一向に答えが出そうにない。どうしても悪い方向に想像が働いてしまって本当に心変わりしてしまったのではないか、と考えてしまうのだ。



 言葉が出ない俺に姉貴は大きくため息を吐いた。




 そのまま早足で進んでいると携帯が鳴る。さっと目を通すと裕也からだった。遊びに誘うメールだったが、今それどころではなかったので「ごめん」とだけ打つ。詳しく文字を打ち込んでいる余裕はない。


 と、角を曲がった所で遠野さんと東郷さんの後姿を見つけて慌てた。しかし姉貴はそのまま人の流れに乗り、特に隠れることなく歩いていく。



「大丈夫なのか?」

「こんな大通りでこそこそ隠れて歩いた方がよっぽど目立つわよ」



 言われてみればそうなのだが、しかしかといって堂々と歩くのも不安なものだ。

 人ごみに紛れながら、そっと遠野さんを窺い見る。ウィンドウショッピングをしながらぶらぶらしているようで、その足取りは遠野さんを気遣ってか、あまり早くは無い。


 俺、普段遠野さんの歩幅に合わせて歩いてたっけ……。思い出せないということは何も考えていないということに他ならない。ずっと無理させていたかもしれないな。



「咲耶ちゃんは甘い物大丈夫?」

「はい、大好きです」

「ならいいカフェ知ってるんだ。隠れた名店ってやつ」



 二人が話すのを聞きながら、悔しさと虚しさと、そして何やら言葉にできないもやもやが充満する。



 俺だってまだ名前で呼んでないのに、とか。


 他の男の前で大好きなんて言ってほしくない、とか。


 俺ならあんな風にリードすることは出来ない、とか。


 俺よりもずっとお似合いなんじゃないか、とか。




「馬鹿」


 ごん、と脳天に衝撃が走った。先ほどよりもずっと痛い。思わずもやもやした気持ちを一瞬忘れてしまうくらい。


 姉貴も姉貴だが、東郷さんもどうしてこんな暴力女と付き合ってるんだろう。



「さくがあんな腹黒男とお似合いってどういうことだ」



 気付かなかったが、口に出していたらしい。



「……俺なんかよりは、ずっとあの人の方が頼りになるだろ」



 俺はろくにデートスポットなんて知らないし、気の利いた話題も出せない。

 ましてや遠野さんには、今までずっと情けない姿ばかり見せてきたのだ。俺じゃあきっと、彼女には釣り合わない。


 そう言うと、姉貴は「もうここまで来ると殴る気も失せるわ」と頭を抱えてしまった。




「あのねえ、アキ。あんたが超鈍感でヘタレでダメダメな男なんてこと、さくが一番よく分かってるに決まってるじゃない。あの子はそんな駄目な所も含めてあんたのことが好きなのよ、馬鹿」

「姉貴……」

「このデートの目的は単純明快。わざわざ好きでもない男とデートするなんてね、あんたを妬かせたかったからに決まってるじゃない」



 妬かせたい? 遠野さんが、俺を?



「……何でだ?」

「せっかく付き合い始めたのに全然進展しないってぼやいてたわよ、あの子。せめて名前で呼び合いたいって言って呼ぶ練習してたくらい。……まあ、あんた達がいきなり進展するなんて思っちゃいないけど、ちょっとくらい妬かせて気を引きたかったんじゃない?」



 全然ちょっとじゃ済んでいない。


 今朝あの写真を見た瞬間、頭が真っ白になって何も考えられなかった。遠野さんの気持ちが他に向いたのかと思うと居ても立っても居られなくなって、すぐに彼女の元に向かおうとしてしまった。



 それにしても、遠野さんがそんなことを考えていたなんてこれっぽっちも思わなかった。俺だって東郷さんが遠野さんを名前で呼んでいたことに腹を立てたと言うのに。



「……今度から、咲耶って、呼んでみる」

「よろしい。……おっと、あの店に入ったわね」



 満足げに頷いた姉貴を余所に、二人は狭い路地にある階段を下りて行った。あんな所に店があるなんて全然知らなかった。


 続いて階段を下りるとレトロな雰囲気の扉が見えてくる。まさに隠れ家的な喫茶店である。木製の扉を開けると少々明かりが落とされた幻想的な空間が広がっている。「お好きな場所にお座りください」とマスターらしき壮年の男性が静かに声を掛けてきた。


 どこにしようか、と考える前に姉貴が先導するように迷うことなく手前の角にあるテーブルへと足を運んだ。いわく、「ここからなら二人の死角になる」とのことだ。よく分かるなそんなこと。




 席へ着くとすぐにウェイターがやってくる。接客態度も良く、かなりいい店だなと感心していたらいつの間にか俺の分まで勝手に注文されていた。



「勝手に決めるなよ」

「どうせあんたのことだからチーズケーキとミルクティーでしょ」

「そうだけどさ」



 さすがに十何年と姉弟やってきただけあって、俺の好みは全て把握されている。



 BGMも最低限の音量に絞られているこの店は聞き耳を立てるにも最適だった。あまり騒がしい客がいないこともあり、二人の会話はそんなに苦労せずとも聞こえてきた。



 東郷さんが自分の名前を呼ばせようとしていたことに若干苛立ったが、俺も次からは絶対に名前で呼び合うんだと固く誓って苛立ちを鎮める。



「咲耶ちゃんはさ、彼氏君のどこを好きになったの?」



 早々と運ばれてきたミルクティーを口にしていた時に不意にそんな会話が始まり、思わず吹き出しそうになった。


 なんて答えるんだ……と不安と期待を抱きながら耳を澄ませる。



「全部、かな」



 その言葉に続いて語られた内容に、俺は思わず両手で顔を覆った。姉貴がにやにやしているのも気にしてはいられない。


 すごく嬉しい。滅茶苦茶嬉しい。彼女本人の口から聞いた言葉は想像以上の破壊力を持っていた。


 先ほど、少しでも心変わりを疑った自分をぶん殴りたい。



「顔滅茶苦茶赤いんだけど」

「知ってる」

「それで? そういうアキはさくのどこが好きなのかな? ほらほら言ってみなよ」



 かなり楽しそうだ。昔から人をおちょくるのが大好きだったからな。



 遠野さん……咲耶のどこが好きかなんてそんなの、彼女が言っていた言葉と一緒だ。

 全部に決まってる。


 だが、それを姉貴に言う筋合いはない。



「……秘密」

「アキの癖に生意気な」



 不満げに口を尖らせたが、それ以上は追及してこなかった。




「……一応言っておくけど、あの子、結構重いよ?」

「何を言ってるんだ? そんなに太ってないだろ、普通じゃないか?」

「本気で言ってる? ……よね、アキだし。気持ちの問題に決まってんでしょ。愛情が重いって言ってんの」



 愛情が重い? そうか?



「一年の時からずっと二宮君二宮君ってあんたのことばかり話してたし、小説に関わった所為で怪我して、人質にもなって……それでもずっと、あんたの傍にいる。あの子らしいとは思うけど、それを重荷に感じないのかって」



 姉貴の言葉で思い出す、高校三年生のあの一年間を。


 確かに、あの一年で彼女には色んなことが起こった。人質になって、魔力暴走に巻き込まれて、魅了魔法に掛かって、そして最後には俺の所為で再び人質となり命を奪われそうになった。



 本当なら、彼女の隣に立つ資格がないのは俺だ。だけどそれでも一緒にいてくれる。


 それを重いなんて、思うはずもない。




 俺がそう話すと、姉貴はいつもの何か企んでいそうな笑みではなく、柔らかく微笑んだ。



「……まあ、にぶにぶのあんたには、さくくらいの愛情じゃないと伝わらないよね。譲なんかより、アキとさくはずっとずっとお似合いだよ」



 ……そうだといい。















 二人が喫茶店を出るのに僅かに遅れてこちらも会計を済ませる。


 階段を上がり外に出ようとすると、予想以上に咲耶達が近くにいたのに驚いて階段の影で足を止めてしまった。


 そおっと彼らの様子を窺うと、そこには二人に話しかけている裕也がいた。



「裕也……?」



 偶然ここを通りかかったのだろう、とは思うもののあいつの偶然という言葉は基本的に信用ならないことを知っている。物語に関係あろうがなかろうが、以前から何かと良いタイミングでも悪いタイミングでも、図ったように現れるのだから。



 鈍い鈍いと言われる俺でも分かる、周りの女性の視線が彼らに釘付けになっていることを。何せ二年もあいつの傍にいたのだ、こんなことは日常茶飯事だった。


 けれど今回はそれに加えて姉貴曰く顔だけは良いという東郷さんも一緒である。

 彼らに向けられる視線の中に、咲耶に放たれる悪意が混じっているのを嫌でも理解した。



 そんな時、突然東郷さんが咲耶を引き寄せた。




「咲耶ちゃんは今日、俺とデートなんだ」


 ふざけんな、咲耶に触るな!



 おまけに真に受けた裕也まで彼女に詰め寄っている。



「……姉貴」



 俺の視線を受けた姉貴は、言葉もなく一瞬で俺の言いたいことを把握した。



「行って来い!」


 姉貴の号令に俺は一気に飛び出して、人混みをかき分けて彼女の名前を呼んだ。




「咲耶!」







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 家に帰ると鍵が開いていた。まあ、想定内だ。


 明かりが漏れる扉を開けると、そこには無断で俺の買ってきたプリンを食べている千春がいた。



「ただいまー」

「……ん、お帰り」



 最後の一口を食べ、プラスチックのスプーンを口に含みながら返事を返される。俺はそのまま彼女の反対側へと腰を下ろした。



「随分楽しそうだったわね」

「妬いちゃった?」

「アホか」



 皮肉げに言いながらも、千春の機嫌は悪くなかった。



「結局、あんたは何がしたかったの?」

「ん?」

「譲が理由も無しにあいつらの仲を取り持とうとした訳。考えても分からなかったから」



 首を捻りながら、彼女は不思議そうに言う。


 確かに、結果的に見れば遠野咲耶と二宮彰の仲を進展させる手助けをしたように見えるだろう。少なくとも千春にはそう見えたはずである。



「わざわざ場所を特定できるように撮った写真、私達が追いつけるように殊更にゆっくりと歩いて、さくに見つからないように照明を落としたカフェを選んで……そこまでして尾行させたかったの?」

「よくそこまで分かったね」

「舐めんなよ」



 さすがは俺の彼女。




「……まあ、ハルが咲耶ちゃんと弟君のことで愚痴ってたからちょっと手助けしてやろうかな、と思ったのが少し。でも大部分は……」



 言葉を切って、千春の目をじっと見つめる。



「可愛い可愛いハルに嫉妬してほしかったからかな」

「……馬鹿」



 冗談っぽくなってしまったが、本音だ。しかし察しのいい彼女は本気だと理解したようで、ふいっと顔を逸らした。思わず顔がにやける。



「ハル、最近弟君とばっかり一緒に居ただろ」

「そうかな?」

「そうなんだよ。だから、ハルを一人占めする弟君にはちょっと痛い目見せたいなあって思ったのも理由の一つかな」



 だからこそ、わざと人前で咲耶ちゃんの肩を抱いたり殊更に馴れ馴れしく接した。


 俺からハルを取った罰だ。せいぜい存分に妬けばいい。




「……つまり結局、自分の為にさくを利用したと」

「まあいいじゃん、結果オーライってやつだろ」



 俺は目的を達成できて、咲耶ちゃんと弟君の仲は進展したんだから、何の問題もない。




「さくがあんなに追い詰められるところまで想定してたの?」

「いやいや、まさか一之瀬裕也が現れる所までは流石に俺だって想像してなかったよ」



 あんなタイミングで現れてすぐさまあの場を引っ掻き回していった。弟君が出て行くには最高の舞台を用意して。



「とにかく、さくに迷惑かけたことは事実なんだからちゃんと反省すること」

「はいはい、分かりましたよ」

「全然反省の色が見えないわね……罰として、今日行ったカフェのケーキを奢りなさい!」



 びし、とこちらを指さしながら千春はそう宣言する。



 ちなみにどうして咲耶ちゃんに迷惑かけた罰が、千春が得をする内容なのかとは聞いてはいけない。


 要は、素直になれない彼女がデートに誘っているのである。



 だから俺は、千春の隣に移動すると気障ったらしく片膝をついて手を取った。




「仰せのままに。お姫様」




書き終わってから最初に思ったのは「今回一度も譲が殴られてない!」でした。

まあその分彰が被害を受けていましたが。


この話を書いて実感したのは、本当に譲って何考えてんのか分かんねえということです。千春視点だとあんなに書きやすい人だったのに、本人視点になった途端何も書けなくなりました……。


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